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前記事は蒜山高原ウオークでした・・
高原歩道は、秋花の咲く道、コースを無数の花が彩ります。
代表的な花を撮ってみた・・✿
歩道と野草
ワルナスビ
コスモス
コスモスと上蒜山 の風景
シオン
マツヨイグサ
ゲンノショウコ
彼岸花
大山と鋭鋒・烏ケ山
[蒜山三座]
岡山県真庭市、鳥取県倉吉市の境界にあり、伯耆大山東の死火山。
ブログのアーカイブは、ホームページからご覧になれます。
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中国・四国
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大山隠岐国立公園にある蒜山高原は日本離れした雄大な高原!
イメージ写真は 上蒜山(1202m)の山容
県境の山・蒜山(ひるぜん)三座(約1100m)の山麓に高原が広がります。
高原歩道は、秋花の咲く道、車道と平行し、風光明美そのもの。
記念写真を撮りました。
ススキと最高峰・上蒜山(1202m)の山容を望む・・▲
行程半ばに、「ひるぜんレジャーランド」があり、大勢が休憩しています。人が多いのは、ホルン演奏のイベントがあるからでした。
上・中蒜山の二座は、はるか遠くになり、三角形の山容となっている。
コスモスと上蒜山 の風景・・✿
ゴールの「ヒリゼン 高原せんたー」近くから、大山や鋭鋒・烏ケ山が望まれる。
コースを無数の花が彩ります。次回記事にて紹介します。
[蒜山三座]
岡山県真庭市、鳥取県倉吉市の境界にあり、伯耆大山東の死火山。
少しは涼しくなりました。皆様のご健勝をお祈り申しあげます。
ブログのアーカイブは、ホームページからご覧になれます。
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雨の中、萩、津和野に行ってきましたよ・・ヽ(^o^)丿
まずは、萩から・・・・
毛利氏の拠点だった萩城、その入口と背後に指月山・・▲
城内を一巡したら、こんな書院がありました・・・WWW
内堀と天守台・・(*^_^*)
吉田松陰の主宰した松下塾に移動すればウメが咲いていた・・❁✿
そこは松陰が幽閉された杉家跡ですよ・・
その道標、
次は、津和野のメインストリートに移動。まず、目についたのは、この教会・・(^0_0^)
大岡家老門、今は町役場!!
鷺舞のブロンズ像・・鷺舞は国の民族文化財
川べりから、雨に煙る津和野の田園が見えました、
元の方に戻ると、多胡家表門、
小京都と呼ばれるだけに両脇に清流、
大きな鯉が人に慣れて泳いでいました・・(@_@;)
メタ鯉などと呼ばれています、
この後は雪の多い中国山地の最高地をへて帰宅しました。
ブログのアーカイブのある、私のホームページをご覧いただきますと、奇麗な写真集がございます。
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世界遺産・厳島神社に行ってきましたよ・・ヽ(^o^)丿
厳島神社へは、宮島への船旅となります。
船中から峻険な宮島の全容が見えます。
宮島桟橋から、神社に向かいます・・・(^0_0^)
大きな石鳥居潜れば、神域となります。
大鳥居の優美さを実感できますよ・・・WWW
華麗な本殿の回廊、
振り返れば、五重ノ塔が望まれます、
拝殿はこの厳島神社の中枢なのです、
先端に行くと、満潮の海に立つ、大鳥居が、いかにも、この世界遺産・厳島神社のシンボルらしく見えますね・・(@_@;)
ここは観光地だから、人力車も待機していました。
世界遺産ですから、自然保護は完璧、
鹿の大群と遊べます、
背後の丘から、境内の全容が俯瞰できました・・
すぐ横に五重ノ塔が豪壮華麗な様を見せます、
ブログのアーカイブのある、私のホームページをご覧いただきますと、奇麗な写真集がございます。
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鬼の舌振と帝釈峡
これも、伯耆大山登山、借敗の記事の続きですよ・・・、足立美術館訪れた後、中国地方の名渓谷として、有名な鬼の舌振(したぶるい)と帝釈峡に寄って行きました。
島根県から広島県へは、木次線が通じていて、国境は分水嶺越えをするほどのことも無く、その途中で見られるのです。
安来市から西の宍道湖より、斐伊川沿いに南下すること約25km鬼の舌振の入口です。
見たところ、断崖を上下の恐ろしい、へつりが続きます。でも、歩道がしっかり付いています。
巨石と激流の光景は、奥秩父や紀伊半島の谷にも劣らないほどだった!!
眼下には、泡立つ激流、危険な感じの谷ながら、傾斜は緩く、さほどの体力や技術は要りません。
車なので、元に戻る以外はなかったのですが、標高が低く、青い水と残り紅葉が見事なハーモニーだった(―_―)!!
ついでながら。出雲と芸州の国境を越えて、更に約50km、中国道を潜れば、帝釈峡はすぐでした。
この渓谷は、石灰岩の奇勝として知られます。
入れは,大人しい川だけど、この様な、鬼の唐門と言う、空洞のある巨岩に出合います。
何の写真なのだろう? そう思うでしょう。
澄んだ淵と、細波の静かな光景が、何よりも心を落ち着かせる。
雄橋まで行き、折り返し、これは、川をまたがるトンネル状のでっかい奇岩。
裏に回れば、その豪快な岩の景色が、また、面白い。
ミズナラ、ニレ、エノキの原生林と渓流が、よく調和した光景が、感動となって残ったのです。
ここで、旅は終り、中国道の東城インターから、大阪へと戻りました。
中国道は、山陽道が出来たためでしょう、渋滞は一切なく、22時頃に帰着できました。
記事投稿が遅れましたので、山の色合いは、多少の変化が生じているかも知れません。
ブログのアーカイブやGoogleの写真集は、ホームページからご覧いただけます。
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