あざらしのブログ

動物園・水族館を巡るついでに旅行を楽しんでいます。

東日本大震災

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2週間

あの地震から2週間が経ちました。
横浜にいる分情報もタイムリーに入ってきて、GoogleとNHKが組んだために安否確認サイトも充実し、我々も確認がしやすくなってきました。
また2週間経ち、ようやく冷静さも取り戻してきました。(被災者じゃないだろ、というツッコミはなしでお願いします…^^;)
 
 
私が学生時代8年間入り浸っていた漁師一家からは震災翌朝に直接連絡きましたし、震災翌々日に息子さんを介して無事が確認できた元・大学の先生夫婦、アパートの大家さん夫婦もいました。
もちろん沿岸エリアだけでなく、内陸での土砂崩れや橋の崩落に巻き込まれた先輩達もいるのですが、やはり翌日には連絡がきました。
あの時は連絡がついただけでも奇跡的だったなぁ。。
 


 
一番確認に手間取らなかったのが、大学の教学センター安否確認係の電話。
こちらが確認したい人の名を告げれば、大学内や近隣で〝間違いなく〟生存している職員・学生の名を教えてくれました。
それで恩師や後輩達の安否は確実に確認できました。
津波で壊滅したエリアを見れば、ウチの大学の学生達が一時的に孤立していたことは容易に想像できてたし(報道には「孤立か!?」となっていましたけど、そりゃ孤立しますって。その位辺鄙なところにあるんですから!)、自衛隊が入って道が確保されたと同時に、全員が東京にある大学本部へとピストン輸送されると大学HPに掲載されました。
後輩達全員が関東に入ると同時にメール連絡してきてくれて…
生きてると確認してたとはいえ、どんなに安心したか…
 
何人かの学生が波にのまれて亡くなった、また行方不明だと聞きました。
でも幸い春休みに入っていたから数人で済んだんだと思います。これが4〜7月、9〜2月の土日だったら間違いなく数十人単位で亡くなってたはず。。。
 


 
GooglePersonFinderはかなり役立ちました。
登録されてなければ自分で登録し、とにかくアタックしまくりました。
 
大学の先輩や後輩、職員等の大学関係者、大学時代にお世話になった町内の食堂や美容院の方々。。。
壊滅エリアに在住または働いていた人達が多く、本当に気掛かりでした。
 
 
特に陸前高田に住む後輩なんて、自宅も職場も間違いなくヤバかったので…奥様から書き込みがあった時は涙が止まらなくなり、思わず他の後輩達にメールしまくりました。皆色々なルートで探しまくってましたから。
すぐに逃げたから大丈夫、市内の親戚の家に避難中、とのことでした。8割が壊滅と言われた市内で無事でいてくれたこと、本当に奇跡だと思っています。。。
 
 
大学&院時代に5年に渡ってお世話になった、某養殖場。社長および職員の方々の安否は…?
こちらも壊滅エリア。何しろ漁港は真ん前でしたから!!
先輩や同期、後輩…実験で関わった卒業生一同、心配していました。唯一私だけが社長の連絡先を知っていたのが功を奏しました。
社長本人からの書き込みで出張中だったことが判明し(連絡先で本人だと断定)、社長に直接聞いて職員の方々の無事も確認できました。もっとも施設は完全に流されてしまったそうですが…
ここ4年で中国に進出し事業拡張したばかりですし、何とか数年掛かってでも再興してほしいです。。。
 
また、上記養殖場の職員であるI先輩の安否が私の書き込みがきっかけでご親族に伝わり、心から嬉しく思っています。
 
 
美容院のYお姉さんもニュースを見る限りでは自宅兼職場が浸水したはず…当然電話も通じないし、彼と右往左往していました。旦那様のご友人と思しき人から全員無事だと連絡が入った時は彼に即連絡しました…
その後、私が静岡に滞在中にメールが来て、即電話でお話でき…
自宅は浸水したために建て直すそうですが、「生きてるから大丈夫!家建て直して、泊まれる部屋作って待ってるから!」と言われた時には、本当に三陸の人って強いと思いましたよ。。。
 
 
また、このYさんに、(特に彼が)お世話になったバイト先の従業員・NさんとHさんの安否確認を依頼しましたところ、Nさんはお仕事中で無事だったこともわかりました。自宅は間違いなく流されたはずですが…
Hさんの無事は確認できていませんが、お仕事中であれば絶対に無事なので悲観はしていません。何しろ支配人の無事は確認できているんですもの!!
 
 
学生時代、半年間ひたすら通い続けた釜石の耳鼻科&眼科の先生夫婦。
ココで耳の手術して1週間の入院もしました。無理矢理退院しようとしたものの、重度の貧血でウッカリ死にかけましたっけ(舌根沈下で喉が塞がれたそうな…記憶ないけど)。
これまたニュースを見る限りでは間違いなく病院が波にのまれてるんです。でも4階に駆け上がり無事だったという書き込みがありました。
これまた奇跡ですわ。。。
 
 
さて、岩手を離れ…
博士論文の審査員をして頂いた東北大学農学研究科の女川実験所のK教授。
学会の時もいつも優しくて、本当にお世話になっていました。
女川もこれまた壊滅エリア。。。
しかし、たまたま仙台にいたらしく無事だったそうです。
女川実験所はやはり壊滅状態らしく、全員無事だったのは訓練の賜物だ、とHPに出ておりました。
 
 
岩手に戻り…
数日前にようやく無事を確認できた大学の掃除のおばちゃん夫婦。奥様の実姉様からの書き込みで判明したんです。
旦那様とはバトミントン仲間でしたし、呑みに行ったり深くお付き合いさせてもらってました。
本当につい数時間前に連絡があり、「無事だよ、心配してくれてありがとう」と。もちろん予想はしていましたが、「三陸は大変なコトになってる」とも言っていました。
 


 
数十人、いや100人以上かも…の確認を取っていたため、卒業生同士の人海戦術もありました。
 
例えばmixi。あまりに久々だったため、自分のメルアドが変わってました。。。再登録し入りこみ、学年問わず情報交換。
それぞれのバイト先のマスターや大家さん。在学生からも様々な情報を得ました。
 
 
そして3期上の先輩が立ち上げたブログ。
こちらも学年問わず情報交換の場と化し、危険エリアに住んでいた先輩や後輩、大学職員や地元の自動車修理工場一家等々の安否が確認できましたし、今後のボランティア活動についての相談の場にもなっています。
 
 


 
最近、大船渡に住む恩師達と電話でお話する機会がありました。
携帯電話は大学のあるエリアは通じないものの、市中心部までは通じるようになってきたらしく、忙しい中わざわざ連絡してきてくれたのです。
 
早期退職されたA先生は危険エリアに住んでいたものの自宅・車ともに全く被害がなく、大津波警報が消えるまで避難所にいたそうですが、翌日には自宅に戻れたそうです。
今は、浸水被害に遭った近所の方々に自分達の服を配ったり、車で物資の調達をしに行ったり、忙しく働かれているとのこと。
「今来たって邪魔だから、あとで来い!」と笑いながら言っていました。
うん、確かにそうでしょうな。今は自衛隊や医師・看護師・臨床心理士等々の専門家が必要な時期でしょうし。
 
そして私にとっては父以上の存在・一番の恩師であるO先生。自分の携帯電話がどうにもこうにも繋がらないらしく、大学で支給された携帯電話で昨日連絡してきてくれました。
(今思えば倒れる1時間位前でした^^;)
「知ってると思うけど大変だぞ〜こりゃエライコッチャだ!忙しくってさ!」
昨日は「そのうちボランティアに行くから」とだけ伝えました。
この時期は学会があり、本当は明日あたりから会う予定だったのですが…それどころではないことは明白です
 
 


 
震災から2週間経ち、現地は復興に向けて立ち上がり始めています。
私もまだ安否確認できない人もいますが、あの被害状況の割に嬉しい報告が多くて本当にビックリしています。運がいいとしか思えません。
でも、現地にはまだまだ安否確認できずヤキモキしている人が多いでしょうし(何しろ電気復旧は一部のみで、またガソリン不足なので情報も少ないそうです)、たった1人になってしまった人や震災孤児もいるでしょう。
 
また、岩手〜宮城の三陸沿岸一帯は漁業の街です。小さな漁港が沢山あり、それぞれ定置網の網元がいたり、牡蠣やホタテの養殖をしていたり…
船が流されたり、重油が流れ出て海が黒くなっているという話も聞いています。
船がなければ漁もできないし、それ以上に海が汚れてしまったら養殖もしばらくはキツイと思います。
きっと街の復興だけでなく漁業の復興にも時間が掛かるでしょう。もしかしたら廃業してしまう人もいるかもしれない。。。私が心配したところでどうにもならないのですが…そうならないことを期待するしかありません。
 
 
さて、ウチの大学は数年間大船渡には戻らず、相模原校舎で授業を行なうそうです。確かに住民の生活の立て直しが先ですし、大学の判断もわかります。
でも学生は600人程度、教職員も含めたらもっとです。決して多くはない岩手沿岸の人口を考えると…スーパーやホームセンターの売り上げだけを考えても大船渡市だけでなく釜石市、陸前高田市、気仙沼市まで影響出るんじゃ…。
3〜4年は相模原にいるそうですが、なるべく早期に三陸に戻って欲しいです。
それくらい、大学は地元と密着していました。
だからこそ、卒業生達は今でも地元民と連絡を取り合っているし、結構な人数が数年に一度は回帰してるんです。その繋がりを絶ってはいけない気がします。
 
掃除のおばちゃんが「学生がいないのは淋しい!早く帰ってこれるようにしなくちゃ!」と言ってました。
早く大船渡に学生が戻れるよう、私が出来ることは小さいですが、模索しながら、卒業生同士で相談していきたいと思います。
 
 
取りとめのない文章になってしまいましたが、ようやく冷静になったので書いてみました。
地震が起きて以来、見慣れた大船渡や陸前高田、気仙沼の景色をTVで見ては涙が浮かび、安否が確認できないと気落ちし…
そんな繰り返しだった数日間。
あっという間に大地震から1週間が経ちました。
 
 
たまたま静岡にて、ぼちぼち転職のキッカケを掴もうと面接に参加することになっていて、17日に静岡にやってまいりました。
用事はものの数時間で終了し、本日から4連休です。昨日だけでなく本日もドサクサ紛れに有給休暇を取得しました。
 
 
昨夜相方に、「ずっと張り詰めてたんだから、気分転換に動物園に行って来い」と言われ、昼前に静岡市立日本平動物園に行ってきました
相変わらず独りで。
写真はたくさんあるのですが、実は現在会社のメールをチェックするために仕方なくネカフェにいます故、詳しいことはあとで。
 
 
10月に出掛けた時より改修工事が進み、大分全貌が明らかになってきました。
ワクワクしてきます^^
昼食も取らずに3時間くらいブラブラし満足して、ぼちぼち相方のアパートに帰宅するところです。
本当に癒されました。思った以上に気分転換になりました。
(これで会社後輩から、上司からの伝言メールが何回もこなければ最高だったのですが…まさか動物園で何度も電話やメールするとは思わなかった。。。)
 
 
本当は浜松市動物園に行きたかったのですが、駅から遠いんです。徒歩は無理で、公共交通機関も微妙だった記憶が…相方が出勤で車を使うために今回は諦めました。
今、浜松市動物園には、円山ツインズの片割れ・おびひろ動物園から移動してきたキロルがいまして、ぜひとも見たかったのですが…次の機会におあずけです。
浜松はしばらく行っていないな〜
 
さて、明日から1泊2日で、あざらし初の山梨県に行く予定です。
地震のこともあったので取りやめようか1週間悩んだのですが、こんな時だからこそ行こう、と思い直しました。
 
何か気分転換しないと心が擦り切れてしまうので…
 
そんな訳で行ってきます。計画停電だけが気掛かりです
 


 
 
安否確認ですが…
 
必死になった分、何とか確認が取れてきました。
大学内にいた恩師や後輩達、超危険地域にあった教員住宅に住むご家族も含め皆無事です。
宮城に住む後輩はまだ水もガスも無理だそうですが、昨日ようやく電気が通じ、わざわざ連絡してきてくれました。
福島の先輩は自宅が全壊して避難所にいますが、地震当日に連絡をくれたし。。
でもでも……何とたった今さっき確認できた家族もいましたし、壊滅と言われた地域で間一髪助かった先輩&後輩もいます。
本当によかった…
 
もちろんまだ確認の取れていない人もいるのですが、きっと大丈夫、そう思うことにしました。
大学時代に名物オヤジだったオッチャン夫婦が亡くなったり、もちろん数人は亡くなっていることを確認しているのですが
でも、結局信じることしかできないんですよね。という訳で、まだまだ必死に探しますが、悲観しないようにします。
 


 
あと、私が必死になって探してて何とか無事が確認できた大学の先輩がいるのですが、GooglePersonFinderにてご親族の方々が必死になって探されていたことを知りました。
 
ご親族よりも私が先に無事を知ることになったのは、私がその会社の社長(コチラも先輩)のことも探していて、たまたま同サイトに本人から「生きている」と書き込みがあったから。そしてその社長の連絡先を私が知っていたからです。
 
私が、「社長と連絡が取れ、無事が確認できた」と書き込みしたことがキッカケで、ご親族に社長の携帯電話番号を知らせることが出来、ご親族自らが、本人はもちろんのこと、奥様とお子様の無事も確認できたそうです。
昨日お礼のメールがきましたが、私は何もしていなくて、ただお世話になった先輩が心配でたまらなかった、というだけ。でも、私の書き込みがキッカケになったのは本当に幸いでした。
 
ご親族にとっては私なんて見ず知らずの通り掛かりの人でしかないでしょうが、それなのに私の言葉を信じて連絡を取ってきてくれて…本当によかったです。
 
 
自分が被災した時に、親族以外に誰か私を探してくれるだろうか?今さらですが、そんなことも考えるようになりました。友人達は大事にしよう、そう思った1週間でした。

安否確認

大学時代の思い出の地・大船渡で暮らす、お世話になった地元の方々、大学時代の恩師達、大学院に在籍する後輩達の安否確認に、PCとTVの前に張り付いて奔走すること2日間。
あまり寝てません。というか眠れません。
そんな訳で、明日から臨番計画停電が実施されることもあり朝早く出勤するにも関わらず、まだ起きてる次第です。。。
 


 
土曜朝はダメ元で一番お世話になった漁師家族の奥様の携帯電話に連絡し、奇跡的に繋がり本人と話すことができて、家族全員の無事を確認。今は避難所にいて「落ち着いたら連絡する」とのことでした。
 
さらに昼頃には大学本部の安否確認係に連絡し個人名を伝え確認を取り、6年間の長きに渡りディープな関係を築いた最愛の恩師&一緒の釜の飯を食べた研究室の後輩達の無事も確認できました。本当に良かった
その他、大学キャンパス内にいた学生および教職員に関しては無事との話も聞きました。
私も参加するかスゴく迷ったのですが、大学の方でも本部にて説明会があり、安否に関する情報や今後の方針が発表されたとのこと。たまたま出張中だった先生方が説明会に参加されていたようですが、やつれた顔が印象的だったと参加した人のコメントがありました。
 
 
その他、今日になって、普段全く見ることのなかったmixiに久々に入りこみ(よくよく考えてみればアドレスが変わったから入れないし!結局新規登録しました)、出身学部のコミュニティにて様々な情報を得たり。
こういう時って卒業生ネットワークって本当にスゴイと感心しましたよ…>_<
 
その他、先輩や後輩の立ち上げたブログがチェーンメールで数種類廻ってきたり。
特に先輩のブログでは、岩手だけでなく宮城や福島在住の卒業後連絡を取ることのなかった先輩の安否が確認できたりし、本当にビックリです。
 
2日間に渡り岩手日報等、地元新聞社HPにある避難者名簿をチェックしたり。災害伝言版等を利用してみたり。
 
また、土曜昼に海外赴任中の友人に情報を送り、その後その友人夫婦が別ルートで情報をGETし(息子さんから!)、早期退職した仲良しの先生の無事を確認。今日夕方になり、彼らのアパート大家さんの無事も確認できたとか。
 


 
しかし、通常3年間のところ、ついつい楽しくなってしまってウッカリ8年も暮らしてしまった私は、地元民にも知り合いが多いのです。
 
実験でお世話になった養殖場を経営する先輩、またそこに勤務する先輩。どう考えても会社&住居が壊滅状態であることが予想され、当然全く状況もわからず。
 
いつも通ってた美容院のおばぁとお姉様、そのご家族やワンコ。それに歯科医院、皮膚科の先生達。やはり住居および病院が危険地区にあります。
 
上記の恩師の奥様。近所に住まれていた上記の漁師のお母様が無事だったのでたぶん無事だろうけど、全く情報はありません。
 
よく行ってた飲み屋のマスター。お店は波にのまれ壊滅状態で、当然安否は不明です。
 
お隣・釜石でお世話になっていた釜石スバルのオジサマ。
商店街にあった、半年に渡る通院&入院した耳鼻科の先生。映像で見る限り、病院は間違いなく波にのまれていました。。。
 
これまたお隣・陸前高田市に住む大学の後輩。
陸前高田は壊滅と言われる地区です。。。後輩達の誰がアプローチしても全く連絡がつかず、当然伝言ダイヤルも無意味。避難者名簿にも載っていないし…一番心配です。
 
博士論文を書き上げた時に審査してくれた東北大学の某先生。これまた壊滅では?と言われつつ情報がほとんど入ってこない女川町にいらっしゃるはずです。
 
 
この他にも宮城に住む後輩やいわきに住む友人の奥様の実家やら、挙げたらキリがないのですが、今の私には心配するしかないのです。
 


 
私が在学中にも震度6の地震はありました。校舎にヒビが入り多少の地割れもありました。アパートでガス漏れもあったし、漁港では液状化現象も起きました。
多数の顕微鏡が割れ、試薬瓶は割れ、標本室のホルマリンはこぼれまくり、ある意味大惨事でした。
でも津波に関しては数10cm程度で、大したことなかったんです。
 
しかし今回は予想を超える本当に本当に巨大な津波で、津波避難所だった町の公民館も波にのみ込まれているんです。。。
もう悪夢としか言いようがなく…
 
岩手宮城沿岸部は、実験の都合でしょっちゅうお出掛けしたり、日曜には気ままにドライブしたりで、どこもかしこも本当に馴染み深い思い出が詰まった地です。
 
 
 
ライフラインが復旧し、災害ボランティアの受入が可能になったら…
もちろん行く気満々です。大学の同期や後輩ともそんな話をしていましたし、上記先輩のブログでもそんなお話がありました。
 
 
きっと見たくない光景ばかりでしょうし、知りたくない現実なんでしょう。
だって、まだ限定的な情報しかなくて全貌が明らかになっていないにも関わらず、TVを見ながら辛くて訳わからなくて1人泣いてたんですから。泣いたって仕方ないのに。
それを予想したのか、相方の妹達から「ウチにおいで」と連絡があり、昨晩から今晩まで丸1日相方の実家で過ごしました。どんなに気が紛れたことか…
といっても結局1日中、相方とTVに釘づけで、私は友人達と電話やメールをしまくり、mixi等を駆使したりでしたが。
 
 
でも、大したお金もない私に寄付金なんてポーンと出せる訳でもなく、出来ることと言ったら肉体労働くらいなものなのかな…と思います。
ライフラインの復旧には相当な時間が掛かるでしょうし、一体いつになったら受入可能になるのかも全くわかりませんが、その日を待つことにします。
 
 
まだ、これから避難者情報や死亡者不明者情報がどんどん出てくるでしょう。それが喜びなのか悲しみなのかわかりませんが、心配しながらとりあえず待つしかできない今、私もとにかくひたすら待ち続けます。。。
 
 
 
 
被災地にご家族がいらっしゃる皆様全員が、喜びの再会ができることを祈ります。
私が大学&大学院時代、8年間を過ごした街・大船渡が津波にのみ込まれました。
3年前まで住んでいた岩手沿岸部が廃墟と化しています。
 
私は横浜鶴見の職場4階で地震に遭いました。横浜であの揺れ。それも長時間にわたる停電。尋常じゃないことだけは瞬時にわかりました。
同僚の携帯電話でTVを見ていたら、私の第二の故郷・岩手のとある街が波にのみ込まれているシーン。。。
血の気が引きました。
 
あ、あそこ知ってる。
あ、あそこにはよく行ったんだ。
あ、あそこはいつも通ってた病院の辺りだな。
あ、あそこは実験のために毎年通った会社だ。
 
何もかも知っている、知り尽くした街が…完膚なきまでに叩きのめされて瓦礫の山になっている。
大学の関係者や、まだ残っている後輩達、そしていつもお世話になってた地元のおばぁやおじぃ達は大丈夫だろうか。。。
とりあえず、通じないことはわかってても電話やメールをしてしまう。しなければ気が済まない。
 
一昨日あった震度6の時に地元の漁師に連絡したら、「大丈夫大丈夫。そんなことより、一体いつになったら遊びにくるんだ!早く来なさい!」なんて話したばかりなのに。もし今回の地震時に漁港にいたら…と思うと。。。
 
大学時代の同期や先輩達と連絡を取り合って、わかったことは①1人の友人宅が津波で流されたけど本人は出張で東京にいたから無事だった、②街のアソコまで波がのみ込んだから、あのアパートや民家は当然流されたよね、ってこと。
 
 
私も24時過ぎまで停電で、職場にいた方が安心だったので、1時間程前に帰宅したばかりです。
ようやくTVを見て、徐々にわかる被害状況。。。
街の某地区が壊滅的な状況??そこにはお世話になった方々が何人も住んでるし、先生達も住んでるのよ。
 
友人達と、「当然岩手の誰とも連絡がつかないし、状況もわからない。もう生きてるだけでいい。とにかく生きててほしい」「我々が過ごしている時にこういう状況に陥らなくて本当にラッキーだったとしか言いようがない」
そんな話をしながら。。。
徐々に分かる被害状況を見たいような見たくないような…ものすごく複雑な気持ちでいます。
 
 
岩手だけでなく、福島の内陸で被災した先輩が避難所から「何とか生きてるよ。家はぐちゃぐちゃでしばらく住める状況じゃないけど」と連絡してきてくれましたが、本当に生きててよかった。。。それしか言えません。
 
 
まずは生きててくれればいい。
無事でいてほしい。
 
連絡がくるまで、しばらく心がフワフワした状態で過ごすことになりそうです。

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