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今年は遅めに来たような気がする野球の季節
例年ならこの時季は、スポーツシーンは野球一色のはずである。
しかしながら、今年は4年に1度の祭典サッカーW杯があった。
しかも、南半球で冬開催ということで、6月から7月というイレギュラーな時季になったこともある。
そんな私も、W杯開催中は朝も夜も関係なくテレビにかじりつきサッカーのための生活をおくってきた。
そんな、日本中がそして世界中が熱狂の渦にある間も、プロ野球は淡々と行われていた。
そして、サッカーW杯が終わった。
プロ野球から離れてしまっていた私は、正しく浦島太郎状態である。
チームの成績や個人成績もほとんどわからない。
そして、先週あたりからやっと野球を観戦する体になりつつある。
にしても、昨日のプロ野球は見所満載だった
昨日の劇的な試合の連続からもう野球モード全開といったところだろうか。
セリーグ3試合の劇的なサヨナラ劇。
47歳工藤投手の元気な姿。
10年にひとりとも言われた中田の遅すぎるプロ第1号。
正直、1日で楽しむには贅沢過ぎる。
スポーツニュースを何度観てもニヤついてしまうくらいだ。
もう充分、野球モードに体が戻ったことをわかって頂けるだろう。
やっぱり夏は野球と生ビールに限る。
実力伯仲のパリーグは今もっともスリリングなリーグ
昨日だけに限ったことではない。
今シーズンのプロ野球はなにせ混戦の様相であることが盛り上がりに一段と火をつけている。
特にパリーグの混戦ぶりは、まるでサラリーキャップ制度でも導入されているかのような激戦モードである。
各チーム90試合近く消化した時点で、まだまだ1位から6位までどう転がるかわからない状況である。
まして、3位以内が条件となるプレーオフに関してはどこのチームにもまだまだチャンスがある(正直楽天イーグルスは黄信号だが)。
生粋の関西人で、阪神タイガース文化の中で育った者が言うのもなんだが、ここ10年のパリーグは面白い。
戦力均衡もさることながら、キャラクター濃い選手が目白押しである。
特に各チームいる絶対的なエースピッチャーは皆大リーグにも劣らない存在感を示している。
交流戦が始まって以来、セリーグに煮え湯を飲ませ続けてきているのは、このエース投手たちの存在あってに他ならない。
早くもプレーオフ進出チームが決まったかのようなセリーグ
そして、毎年人気実力ともパリーグに押され気味セリーグ。
前半戦終了時点で、もうプレーオフに進出チームは決まってしまったようである。
ここ10年の上位と下位の実力さ(経済格差ともいえるか)は深刻である。
我がタイガースがその上位組に位置していることは、昔のタイガースを知る者にとっては喜ばしいのだが、この2分化現象はセリーグの魅力を半減させてしまっているような気がしないでもない。
そこが近年のセリーグとパリーグの差なのではないか。
だから、人気も拮抗しつつある。
そういう意味では、“人気のセ”とか“実力のパ”などという言葉が、過去の遺産になっていることを1プロ野球ファンとして喜ばないといけないのかもしれない。
オールスターは夏の風物詩、意味がないなんて寂しいことは言わないで
今週末は、オールスター。
顔ぶれを見てもフレッシュな選手が多く楽しめそうだ。
交流戦が始まって以来、オールスターの意義を問われ続けているが、やっぱりオールスターは、選手の目標のためにも、ファンの楽しみとしても不可欠なものだと思う。
それは、MLBのオールスターを観ても、改めて実感させられる。
まぁ、あちらさんは、ワールドシリーズのアドバンテージが懸かっているという裏事情もあるのだが。
日本も2戦制なんて中途半端な形にしないで、1発勝負か3戦制にして、日本シリーズの開幕戦を決める形をとってもいいのに。
まぁ、勝負は交流戦でついているということでしょうか。
今年は1位から5位までパリーグ独占でしたもんね。
秋まで、プロ野球満喫させてもらいます。
ワールドカップでサボった分まで。
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野球
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本当に辛い1日がきてしまった……
とうとう、この日がやってきてしまった……
タイガース金本選手の試合連続フルイニング出場1492で終止符を告げた。
タイガースファンの私、プロ野球ファン、そして世界の野球ファンにとっても辛い特別な日になった。
この日が来ることはわかっていた。
でも、受け入れがたい現実に、今は感想を述べるのも正直きつい。
それだけ偉大な記録であり、これからも破られることは何十年、何百年はないだろう。
プロとして、野球人として、人間として心から畏敬の念を感じる。
そして、彼のプレーを観る世代に生まれたことを感謝する。
私はこの試合は観戦できなかったのだが、スコアボードに彼の名前が告げられなかったことを現場にいた人は、どのような心境でそれを見守ったのだろうか。
おそらく、勝負云々を超越した気持ちに苛まれたに違いない。
大阪では、号外も配られたそうだ。
自ら身を引く勇気と潔さ
でも、自らの引き際を自分で悟り、自ら英断を下したのも彼らしくて潔くてかっこよかった。
もう彼は、ひとりの人としての領域を超越している。
首脳陣はメンバー表を提出する最後まで彼を説得にあたったらしい。
でも、彼はチームに迷惑をかける状況で自分の記録を更新することを良しとしなかった。
自分の道は自分で決める。
あのカル・リプケンも自らの意思で記録に終止符を打った。
その潔さに“鉄人”という概念を超えて、“哀愁”や“男気”のようなものを感じてならない。
生きるか死ぬかの世界に怪我という言い訳はない。まるで武士のようだ
思えば長く長く、険しい道のりだったことだろう。
凡人の私では理解しがたい努力と苦悩の連続だったに違いない。
左手こうの骨を折っても、片腕で野球を続けた。
「肉離れや捻挫は怪我とは言わない」という名言も記憶に新しい。
そして、彼はただ試合に出続けただけの選手ではない。
結果も記録も記憶も、すべての面において文句のつけようがない。
ただ出続けたわけじゃない
私にとって印象的なのは、彼の全力プレーを怠らない姿勢である。
ただ単にチンタラプレーをして成し遂げられた記録ではない。
特に印象的なのは、彼の走る姿である。
彼のようなベテランプレーヤーやホームランバッターというものは、凡打を打つと一塁まで軽く走る。
ただ、彼はチャンスがある限りは、一塁まで全力疾走を怠らない姿勢の持ち主だ。
守備でも集中力をとぎらさず、走塁でもひとつ前の塁を奪う気概、そして文句のつけようがないバッティング。
その3拍子すべてを兼ね備えてのこの記録は、ただの1492という数字だけの概念に収まらない。
ひとつでも欠けていたら、その快挙は雲がかったのもになるだろうし、全力プレーという姿勢がなければ、その意味は半減してしまう。
ただ、彼はそのすべてを満たしての大記録を果たしたのである。
全力を継続する力
私の中で彼の忘れられない言葉がある。
「オフシーズンなんてものはないんですよ」と。
単なる
365日中の144試合ではない。
彼は365日がプロなのである。
今の時代サラリーマンも公務員も首相にだって休みはある。
だが、彼は365日をしかも10年以上休みなく闘い続けたのである。
試合に出続けたらから“鉄人”ではない。
怪我に打ち勝ったから“鉄人”ではない。
と、私は彼に関して思う。
絶え間ない闘いをいっときも切らさず、プロであり続ける姿勢こそが“鉄人”である所以である。
簡単に言ってしまえば(という言い回しが失礼だが)、その生き様が“鉄人”だと思う。
だから、野球ファンに限らず、アスリートも一般人も彼に惹かれるのではないだろうか。
彼のモチベーションはあって然るべきもの
今回自ら身を引いたのは走・攻・守のひとつが、怪我で欠けてしまったことはいうまでもない。
ひとつでも、チームの足を引っ張る要素があるのであれば、身を引く。
これは、彼にとっては至極当然の話だったのかもしれない。
そして彼は、きちんと実行に移した。
誰もそれを望んでいないことを解かっていながらも……
今回の記録が途絶えたことで彼のモチベーションを心配する声もある。
私はそうは思わない。
だって、彼はプロ中のプロなのだから。
肩の傷が癒えるまでは、ベンチから代打要員として使われることになるだろう。
正直、彼が守備中にベンチに座っている姿は観たくない。
ただ、本人はもう切り替えていることだろう。
そして、連続試合出場はこれからも続く(当分は代打ということになるでしょう)。
でも、連続試合出場も彼は「駄目だ」と判断したら潔くまた身を引くのであろう。
それもプロとしての決断だろうから尊重せねば。
ギネスとか小さい問題ではない。彼の功績はもっと偉大だ
今回途絶えた大記録はギネスに申請すると球団発表している。
でも、彼の記録はそんななんでもありのものでは収まらない。
むしろ、申請を却下してほしいくらいだ。
そんなものに載せなくても、今の時代を生きた日本人の記憶にちゃんと刻み込まれているのだから。
闘いこれからも続く。私には彼の終わりは全く見えない
そして、今はまだシーズンが始まったばかりだ。
そして、彼はまだ42歳だ(彼にだけ使える言葉だ)。
彼の闘いはこれからも果てしなく続く。
私は、タイガースファンとしてだけではなく、ひとりの人間として彼の闘いを見守り続けたい。
引退? 想像もつきません。
あと10年は彼の雄姿を見守り続けるんだから。
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野球ファンとして、言葉を失うほど無念である
私は大阪生まれ大阪育ちの人間である。
だから、幼いころから虎や牛を追っかけてきたことは言うまでもない。
それでも、この話題に触れないわけにはいかない。
木村拓也氏の突然の死去。
あまりにも早過ぎる……
心からご冥福をお祈りしたいと思います。
彼の現役時代に思いをはせる
虎ファンにとって、彼はずっと嫌らしく、そして羨ましい存在であった。
日本一のユーティリティプレーヤー。
そんな代名詞が彼にはピッタリだった。
昨シーズン、ジャイアンツで急造の捕手を務めたのは記憶に新しい。
実は、高校時代は俊足・強肩の捕手でならしていたらしい。
なんでも、投手以外のポジションをプロ生活の間にすべて守ったという。
これは、野球経験者(私もそうだが)にとって、口にするほど簡単なことではない。
内野、外野の違いはもちろん、センターラインから左右変わるだけでも、景色や打球はすべて変わってくる。
それがプロ野球で生き残るための策だったとはいえ、とてつもない努力を積み重ねたことが窺える。
ましてや、捕手などは特殊中の特殊なポジション。
体の小さいハンデを乗り越え、しかも常勝ジャイアンツで生き残るには想像を絶する葛藤もあったことだろう。
木村拓也選手といえば、ジャイアンツよりもカープの印象が強い。
前田選手や金本選手のようなスター選手に隠れながらも、空くポジションごとにそこへ滑り込み、そして嫌らしい打撃と走塁をもみせる。
野球はひとりではできないということを、嫌というほど示してくれた。
事実、ドラフト外で入ったファイターズも含めてもカープ時代の実績やキャリアが燦然と輝く。
2度もお払い箱をくらいながらもしたたかにプロ野球の世界で生き残ってきた。
そこには、彼にしか分からない工夫や鍛錬があったに違いない。
どん底からの日本代表は少年に夢を与えたに違いない
そんな彼も2004年のアテネ五輪の日本代表に選ばれている。
スター揃いの中で、その潤滑油的な役割をこなし、誰かがアクシデントに陥ろうと準備を怠っていなかったことを今でも思い出す。
結果は銅メダルと不本意なものだったかもしれないが、彼の役割は見ているこちらが思うよりもチームにとっては重要な存在だったに違いない。
彼の去り際は潔く、そしてかっこよかった
昨年、チームが日本一に輝くの見届けてからから、突然の引退を発表した。
若手が台頭し、ポジションが次々と埋まっていくのを見て、「もう、自分の居場所はない」と悟ったのかもしれない。
いや、ドラフト外からここまで数々の苦汁を味わいながらも、プロの世界で生き残り続けた自分に納得したというほうが正しい。
プロ野球の世界は、素人の私たちが思う何倍もシビアで厳しい世界である。
彼のような選手は、1年1年が勝負の年である。
そこで20年近く闘い続けてきた自分を讃えるような気持ちだからこそ、潔く身を引けたのではないだろうか。
そして、ジャイアンツで守備・走塁コーチの就任。
引退したとはいえ、第2の野球人生が彼には待っていた。
これは、長らくギリギリの世界で生き残ってきた彼への野球の神様からのご褒美だ。
引退して、ユニホームを着られる選手は、ほんの数握りの限られた者だけなのだから。
そんな順風満帆とも言える彼の人生にも残酷な結果が待っていた。
本当に人生とはわからないものである。
多くの努力が報われてきた彼に、こんな辛い最期が待っていたなんて……
昨日の伝統の1戦は複雑な気持ちで観ていた
昨日ジャイアンツはライバル・タイガースと甲子園で戦っていた。
その選手たちの目は、なにか決意めいたものを感じた。
ペナントレースのただの1試合ではないという覚悟が見えた。
我がタイガースが負けたにもかかわらず、私にはなんの悔しさもわかなかった。
木村氏の逝去を背負ったジャイアンツナインには、甲子園という大ホームも意味を成さなかった。
それだけ、昨日のジャイアンツ選手は悲壮感と覚悟があった。
もし、タイガースがジャイアンツに勝っても私は複雑な気分の勝利だったような気がする。
初めてだった。
ジャイアンツの背中を何か目に見えない力が押しているように感じたのは。
やっぱり早過ぎる、惜しくてなりません
最後に、木村拓也氏の急逝、本当に無念で悔しくてなりません。
1プロ野球ファンとして。
しつこいようですが、ご冥福をもう1度お祈りしたい。
木村拓也氏のプロでの生き様を多くの若手選手に見習ってほしい
今、プロ野球には木村拓也氏が現役時代のときのように、レギュラー当落線上をさまよっている選手は多い。
そういう選手たちは木村拓也氏から得るものは多いだろう。
第2の木村拓也が出てくるかを楽しみにしながら、今年のペナントレースを見守ろう。
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このタイミングというのも彼らしいのかもしれない |
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涙するほどの葛藤と戦っただけでも充分やないか |



