aurora'62の気まぐれなる独り言

独りよがりオジサンの超々「自己満足」写真による雑記帖です。

レトロなものを探して(岡山)

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

私は、ここ2年ほどは車通勤しており、朝はカーラジオで地元RSKの「朝です、全員起立」という番組を聞きながら運転しています。

11月16日の放送、「街歩き」の時間では、街歩きの達人で『おかやま街歩きノオト』の著者でもある福田忍さんが出演されており、市内の公園にもう一か所「ラジオ塔」があるということをお話されていたので、11月19日に私も現地に行ってきました。

パッと見、灯籠のような感じではありますが、ウ〜ン、確かにラジオ塔!氏によれば、もともとは他の公園にあったものを移設したものとのこと。上伊福西公園のラジオ塔は今夏訪ねたところですが、イトーヨーカ堂近くの公園にもあったなんて…。

過去にここのそばを通ったこともあったのですが全く気が付きませんでした(というか、不勉強ゆえ、当時はラジオ搭なるものの存在すら知らなかった…。)。これで、岡山県内のラジオ塔は3基ですか…。こうなりゃ高松稲荷のラジオ塔も見に行かねばなりません…。

福田忍さんのブログ↓
http://machinooto.exblog.jp/

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

今年6月27日の日経新聞の文化欄に「ラヂオ搭 時代が聞こえる」というタイトルでラジオ搭の記事があり、岡山にも現存しているとあったので、早速その記事をハサミで切り取って、私の撮影メモのノートに張り付けておきました。ネットで調べたら確かにありました。

でも、クルマを止める所もなさそうだし、行く便がない…。そうこうしていたら、先日NHK岡山放送局のローカル番組でも取り上げられていました。私が拙ブログでネタにする前に先を越されてしまいましたが、この日は移動手段としてチャリを持ち込みましたので、インターハイを見に行く前に立ち寄ってきました。

町内会の方のご尽力により、ラジオを設置するところに鎧戸が取り付けられ、ラジオから流れるラジオ体操の放送で、今年はここでラジオ体操がされているとのこと。こういった戦前の放送遺産が再び使われて、住民同士のつながりが深まるということは非常にいいことだと思いました。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

この日は急に思い立って、高島駅まで輪行をし、そこから用水の風景を見ながらポタリングしてきました。

きっかけは確か平成20年あるいは21年?岡山商工会議所の庭園都市推進委員会が作成した『水路散策之図』というパンフレットで、高島地区なら近いし、そこからはゆっくりペダルを漕いで帰ればいいかと考え、実行した次第です。

まずは高島交番のところから、中田川に沿って北上。雁木があったり、また家の一部分だけ川にせり出した部分があり、尋ねる人もおらずどういう名称かよくわかりませんが、こういった作りは川風で天然クーラーになるんではないでしょうか?

そんな風景を見ながら、これも是非とも現物を見たかったポイント、それは高島小学校の横にある一本橋【画像6〜8】。現在は道路の柵ができており、完全にトマソン物件となっていますが、なんだか芸術的な美しさ…!!

このあと、素戔嗚神社に立ち寄って、中原橋から旭川を渡りました。(続きます)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

ここは三石駅の上郡寄りの部分にあり、駅を出て少し歩いたら着くことができます。人間の通路と、水路とになっており、上り線側から下り線側に行くと上りこう配になっているために天井が6段階高くなっているそうです。

歩いて通れば、単にレンガ造りの古いトンネルか?と思うのですが、本来の用途は鉄道の線路の土塁に通路や水路を通すためのアーチ橋で、明治の頃の構造物がまだ現役で使われているのですから恐るべしです。当時の方たちがいい仕事をしてくださっていたおかげ!感謝しながら鉄道を利用しようと思います。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

前回は三石避溢拱渠(みついしひいつこうきょ)を御紹介しましたが、今回はそこよりも少し三石駅寄りの野谷架道拱渠です。

ここは線路北側の住宅地と線路南側(今は運動公園がありますが)との通路的なもので、人間が通るだけの規模的には小さなものです。1枚目が上り線の坑門、3枚目が下り線側の坑門です。4枚目画像をご覧いただきたいのですが、右側が山陽鐡道開業当時の上り線、左側が後年の下り線で、三石避溢拱渠と同様、下り線側は赤レンガが使われています。

6枚目以降は三石架道橋です。架道橋とは道路の上を線路が通過する橋とのことですが、ここは県道を通すアーチ橋なので、先ほどの野谷架道拱渠に比べたら規模も大きく堂々とした作りになっています。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]



プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事