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またもや…ではありますが、久し振りの更新です。

本日は、亡き父上の七回忌法要でした。

「光陰矢の如し」とはよく言ったもので、あれから6年も経ったとは。
考えてみりゃ、小学校1年生だった一番下の姪っ子が、今では中学生ですからね。

まぁ、それはともかく。

当時と明らかに違うのが、それぞれの生活拠点が各地に散り散りになった関係で、
参列者が少なくなった事。

それでも、参集した一同で、菩提寺の本堂で御本尊に向かって手を合わせ、皆共に
大きな声で一心に、清々しい気持ちで読経する事が出来ました。

雲一つ無い晴天、お墓参りは汗だくになりながらでしたが、終始穏やかな気持ちで
法要を修める事が出来たと思います。

**********

午後からは、長年愛聴しているFMくらしき『拝、ボーズ!!』の公開収録に参加。
今回のテーマが「仏事知ってるつもり」。

番組に寄せられた仏事に関する質問に、パーソナリティーである真言宗僧侶のお二人、
天野こうゆうさん・桂米裕さんが答えてゆく、という名物コーナー。

奇しくもその中に、法事に関する質問がありました。

「法事は(お寺やホールでの行事を省略して)お墓参りだけにしてもよいのか?」

答えは「お寺やホールの行事が本体で、お墓参りはオマケのようなもの」との事。

法要は、亡くなったご本人は勿論、有縁無縁の精霊・魑魅魍魎共も全て引っくるめて
供養し、善き方へ送り導く…という意味合いを持つ、重要な行事です。

お寺の本堂やホール等で修される作法は、亡くなったご本人を供養するためのもので、
その様な格式の高い場所へ上がる事の出来ない、言わば位の低い霊達を供養するのが、
法事の最後に行うお墓参りの際の作法、との事です。

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午前中の、菩提寺での法要。

読経している最中、本堂中央に安置された父上の位牌を何の気なしに観察していると、
黒地に金文字で記された戒名が時折、キラッ、キラッ…と、瞬く様に光っていました。

風も無く、天蓋の装飾が揺れていた訳でもなし。
ましてや、位牌が動いた訳でもなし。

余程注意を払っていないと気付かない、小さな「何か」。

我々凡人からすると、意味など無いように見える、古より伝わる作法・修法の数々は、
きっと、我々からは計り知れない、大きな意味を有しているのだろうと思います。

閉じる コメント(2)

こんにちは(^^)
私がブログにお邪魔するようになってからの出来事でしたね
そんなに年月が経っているのですか…
そういう小さな印を気付けるなんて羨ましいです

来月父の13回忌法要を予定していますがその時に何かを感じられるといいなぁと思いました
実家から離れているので墓参も怠りがちです
きっと怒っているでしょうね(^^;

2016/5/25(水) 午前 11:11 jog

> jogさん
本当に、時の流れは速いものです。
お父様、どんなサインを送られるかは分かりませんが、きっと喜ばれる事と思いますよ。

2016/5/25(水) 午後 10:12 スカイドン


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