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今日はちょっと小雨も降る朝。いつも通る道沿いには紫陽花の木が。その季節は過ぎ、枯れ果てていく紫陽花の萼。ちょっと目を礎群れていたこの頃。
午さがり似ぬと目をやると、紫陽花の小さな新しい命が。その色はちょっと濃い水色、そして別の紫陽花は紫色。
一枚目の画像は、役割を負え次のステップへと向かっている枯れた紫陽花と、新たに開いた小さな萼。
その新たに生を受けた紫陽花のズーム。これはちょっと離れたところに小さく咲いていた命。ひとつひとつの萼、その形状は色々ですが、一つのまとまりをかたどって、象っていく小さな命。
しかしながら季節はもう盛夏。蝉の鳴き声が日中の気候を物語るもの。蝉の羽根音、それは幾多の盛夏の記憶を呼び起こすもの。
その紫陽花のちょっと奥の柿の木。その高木に止まり、羽音を鳴り響かせている蝉も、地上での命はわずか数日。
「生きている不思議」と「死んでいく不思議」。そんな事柄を感じた、三十数度の真夏の昼の一時期。
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