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時は行き行きても、繰り返し、その生と散り際を咲かせる桜花。
それは、いにしへより連綿と続いている季節の象徴か。
時の行き交い、その端境とスタートとにふさわしい「桜花」。それには古来から時を重ね、そしていまでも琴線を揺さぶる続いてきた想いがあります。 夢のうちもうつろふ花に風吹きてしづ心なき春のうたた寝(式子内親王・続古今)
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(紀友則・古今)
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去る3月13日、福岡では「桜」の開花が宣言されました。
福岡管区気象台の地と、水が近くにあることや気候、樹齢などが似ているのか。家のマンションの入り口付近の桜の樹木、その枝先に一つ開く花びら。
古来から心を寄せられ、そして想いを語り続けられてきた「桜花」。
画像は、昨日開花したばかりのその桜。今年の入学式は、桜色のスクリーンがない背景で行われるのか。
わたしが小学校に入学したのは数十年前のこと。その時にある校庭に咲く桜の記憶。
ちょっと誇らしげで、そしてうきうきとした感じは記憶の片隅に。そして母の美容室や着物の準備に、時間がかかったのも遠い記憶。
最初の桜花の記憶、それは保育園かその前か。うっすらとした淡い紅色の記憶の欠片。
時の行き交い、その端境とスタートとにふさわしい「桜花」。それには古来から時を重ね、そしていまでも琴線を揺さぶる続いてきた想いがあります。
夢のうちもうつろふ花に風吹きてしづ心なき春のうたた寝(式子内親王・続古今)
ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ(紀友則・古今)
今年の「桜花」が葉桜へと至る時期かどうか、下のこどもが踏み始める「一年生」という新たなステップ。
流れてそしてあっという間に過ぎてきた、「宝物」のような日々とその時々の笑顔・・・・
その想い出はまた一つ、忘れられない心象を刻みそうです。
人麿なくなりにたれど、歌のこととどまれるかな、たとひ時移り、事去り、楽しび哀しびゆきかふとも
この歌の文字あるをや、青柳の糸絶えず、松の葉のちり失せずして、まさきのかづら長く伝はり、鳥のあと久しくとどまれらば、歌の様をも知り、ことの心を得たらむ人は、大空の月を見るがごとくにいにしへを仰ぎて、今をこひざらめかも。(古今集) |
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わたしがこどもの頃は、漫画を読むということはちょっとしかめっ面をされることでした。小さい頃は、当然ながら漫画は買って貰えず。 ○年生の学習とか、小学○年生とかいうものは買ってもらえていました。学習なのか科学なのか記憶は曖昧ですが、学研のおばちゃんなどが月々家に届けてくれていたもの。 付録として日光写真などの小さなキットみたいなものが付いていて、それも楽しみにしていたもの。届くとすぐに紐か何かをほどいて広げていました。 中学生すぎとなると、中○時代とか中○コースというものになり、中学の初めの頃まで見ていました。高校生のものとなると「高三」となるところが、「蛍雪」となりあったのは蛍雪時代と蛍雪コース。 高校三年生とは、とてつもない暗い時なんだと嫌な予測を感じたものでした〜 笑 うちのこどもは、一歳か二歳の頃からベネッセのものを読んでいますが、その始まりはこどもちゃれんじのしまじろう。 しまじろうパペットは、片目をガジガジと歯でこさぎとられて、家の何処かに転がっています。 笑 いつの間にか進研ゼミシリーズへと成長し、いまはチャレンジ5年生。 過日届いたのは、12月号でまさにクリスマス間近という感じのビニール包装。 付録はキラキラ雪の結晶や、抽選では世界に1つの消しゴム作りキットなど、わたしもしたくなってくるようなものですが・・・・ 中身には、応用力UPとか苦手克服とかも。いまの時代の小学生もなかなか大変なようです。 手配りからゆうメールへと配送方法も変わり、郵政民営化からも相当な時期が過ぎて、冊子小包からゆうメールへと名前も変貌。 おまけのなかでもなぜか鮮明な記憶がある日光写真。それは平尾に住んでいた小学校一二年生の頃に届けて貰ったもの。 いまでいう福岡市中央区でも一歩道を入れば砂利道だった時代のこと。太陽に何分か翳し、写った日光写真を父母に見せていたことは遠い昔。 その喜んでいた自分を、いまのわたしのような気持ちで父母は見ていたのか。 その記憶は日光写真のように薄れつつありますが、この画像のような雑書を見ると、鮮やかに蘇る瞬間もあります。 |
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先週、作家の丸谷才一氏が亡くなられました。同氏の視点をタイトルとした、過日の記事の再掲です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 著者の大岡昇平氏は、第二次戦後派に区分される作家。スケールの大きな作風が、第二次戦後派の特徴の一つ。 作家としては少し遅咲きですが、その経歴は古く富永太郎とは弟を通じての接点、小林秀雄が個人教師という文芸家との関係。京都帝国大学時代には、河上徹太郎、中原中也と、後世に名を残す「白痴群」という同人誌を出していました。 第二次大戦時に招集を受け、その俘虜としての体験を著した「俘虜記」がその作家生活の始まり。「野火」の発表は、昭和26年のこと。その後、「花影」「酸素」「レイテ戦記」などの驚くほどの多々、そして緻密な作品群を残しています。 第二次大戦の敗戦が濃厚になった、フィリピンのレイテ島がその舞台。結核のために軍を追われ、野戦病院も食糧不足から受け入れされずに、島を食料を求めて彷徨うなかでの出来事を記したもの。 その文体は、内容とは相反して、レトリックに満ちた散文的な「優雅さ」を持っています。 丸谷才一氏が、野火の多々の文章を引用しそれを証していますが、次は悲惨な状況に中での一文。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私が生まれてから三十年以上、日々の仕事を受け持って来た右手は、皮膚も厚く関節も太いが、甘やかされ、怠けた左手は、長くしなやかで、美しい。左手は私の肉体の中で、私の最も自負してゐる部分である。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 米軍とともに、現地の人々が出す「野火」は、近くに人が居て食料がある証でもあり、しかしそれは危険な信号。 彷徨するなかで、苦しむ激しい飢餓。そのなかで出てくる「猿の肉」は、本当に猿の肉だったのか。 野上弥生子氏「海神丸」、武田泰淳氏「ひかりごけ」でも著された、「カニバリズム」にもつながるテーマ。「食べなかった」という代償は、離人症という精神の病なのか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 草の中を人が近づいた。足で草を掃き、滑るように進んできた。今や、私と同じ世界の住人になった、私が殺した人間、あの比島の女と、安田と、末永であった。 死者達は笑っていた。もしこれが天上の笑いというものであれば、それは恐ろしい笑いである。 この時、痛い歓喜が頭の天辺から入ってきた。五寸釘のように、だんだんと私の頭蓋を貫いて脳天に達した。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 思い出した。彼らが笑っているのは、私が彼らを喰べなかったからである。殺しはしたけれども喰べなかった。殺したのは、戦争とか神とか偶然とか、私以外の力の結果であるが、確かに私の意志では喰べなかった。だだから私はこうして彼らとともに、この死者の国で、黒い太陽を見ることができるのである。 しかし銃を持った堕天使であった前の世の私は、人間を懲らすつもりで、実は彼らを喰べたかったのかも知れなかった。野火を見れば、必ずそこに人間を探しに行った私の秘密の願望は、そこにあったかも知れなかった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 優雅でレトリカルな表現に徹していますが、戦争に伴う悲惨さと心の傷などが、凝縮されています。 「野火」は人の痕跡であるとともに、神の存在の形象。 この物語も、神との「邂逅」の一つの形です。 |


