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生長の家創始者 谷 口 雅 春 大聖師
すべての人間の内には神の宿り給う秘(かく)れたる聖所(きよきところ)があるのである。
私たちの潜在意識の奥底に這入って行くと、人類共通の潜在意識 〈略称、人類意識 ― Race consciouseness〉 があり、更に深くそれを掘り下げて行くとき、宇宙の霊的基盤となっている 「宇宙意識」 (Cosmic consciousness) があり、更にその奥深いところに超在意識 〈神の意識 ― Super consciousness〉 がある。
この超在意識が「神の宿り給う秘れたる聖所」なのである。
この聖所に入って行くのは、物質的方法によるのではなく、神想観を修して、現在意識を静かにして雑念妄想の生ずることを防いで、ただひたすら、神を憶う想念のみに心を沈潜せしめて行くのである。
これがイエスが「密室にて祈れ」と教えられた真の意味であって、密室とは心の密室であって物質の密室ではないのである。
心が惑うとき、心が騒ぐとき、恐怖の湧くとき、すべて斯くの如きとき、私たちは“心の密室”に入って、神と対面して、神から平和の心境を授けられなければならない。 即ち、「心を鎮めて、神想観を修せよ」ということである。
これは観普賢菩薩行法経にあるところの、「一切の業障は妄想より生ず、懺悔せんと欲せば、端坐して実相を観ぜよ。 衆罪は霜露の如し。 慧日よく消除す」に当るのである。
キリストの教えも法華の三部経の教えも全く同一である。
『白鳩』 昭和40年7月号
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