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こんばんわ、堀端勤です。
ところで皆さん、今日は何の日かご存知でしょうか?。日本で始めてテレビ放送が始まった日です。現在のNHK第一放送テレビが始まったのが1951(昭和26)年の今日2月1日です。現在では、デジタル放送化へ移行する中で、数多くのチャンネルが誕生し、視聴者の多様化する嗜好に答えようとメディア側も必死の取り組みをしているようです。 そんな中、テレビ朝日が旧日本教育テレビ(NETテレビ)から数えて今年開局50周年を迎える事になり、その特集として企画された「ニュースの記憶」と言う番組が今日放送されました。 その中で田原総一朗さんが長らくアンカーを務める「朝まで生テレビ」に於いて、メディアとして史上初めて「天皇制」を議論の対象に持ち出した経緯を巡る話題が非常に印象的だったので、今日の言葉にまとめて論じたいと思います。 ソウルオリンピックが開かれた1988年夏、昭和天皇は皇居で突如吐血し意識不明となりました。その病状の一進一退に、国民の間に「自粛」と言う雰囲気が広がって行きました。国内の歌舞音曲に関する催し物は殆ど中止となり、その年の秋に結婚を控えていた歌手の五木ひろしさん夫妻も、突如結婚披露宴を延期するなど、まるで戦前回帰の様な世情が広がって行った事は記憶に新しいかと思います。 そうした社会情勢の中で、田原さんは「この状況は可笑しい。まるで戦前に逆戻りだ。今こそ『天皇制』を喚起して行かねば国民は口をつぐんでしまう。」と考え、当時「朝ナマ」の日下ディレクターに進言し紆余曲折を経て、1988年9月30日に実現した訳です。 当時テレ朝の考え方は「スネークイン・スネークアウト」。つまり天皇論を全面に出さず、暗に天皇論へとフェードインさせると言うやり方。無論表向きの表題は「ソウルオリンピックと日本人」として、オリンピックによるナショナリズムを背景に、天皇制を論じようとしたそうです。しかも田原氏は、パネラーに影の仕掛け人を用意する周到な準備を行い、現在の厚生労働大臣・外添要一氏や現在の東京都副知事の猪瀬直樹氏に「ある一定の時間が来れば仕掛けてくれ」とまで打ち合わせて、番組をスタートさせました…が、始まったいいが時が経てど天皇制を切り出せず、痺れを切らしたディレクター側の発言に猪瀬氏がようやく口を開いた途端、当時衆議院議員だった山口敏夫氏や栗本慎一郎氏が「表題と議論が違う。しかも天皇制を論ずるなら、何故最初からそういう表題を掲げないのか。」と両者共に退席する中で、後味の悪い天皇制の議論が交わされた訳であります。 この話題を見るに、私は当時「語れば夜外を歩けない」とまで言われた「天皇制」を議論しようとした田原氏の先進性には大いに共感出来ますが、それなら「ナショナリズム」からフェードインさせるのでなく、天皇家の起こりから皇室メンバーの人格に到るまでの議論として捉えられなかったのでしょうか?。 もっとも最近は、以前私がここで書いた様に「天皇制」という名の「お上主義」を背景に、政治家官僚が国民を支配する口実として、批判されるべき対象と論じられています。但し大手メディアでは、まだまだそこまで踏み込んだ発言は無く、ネットによる市民メディアが広まった90年代以降、メディアが論じる以上に国民の間で「天皇制」は広く深く論じられています。それなのに大手メディアは今も尚「天皇制」に関する議論については固く口を閉ざしたままです。 NHKで以前、市民による国際戦争法廷が開かれた折「従軍慰安婦」の内容が削除されたと物議を醸しましたが、実はその中に「天皇の戦争責任」を問う議論があったため、意図的にじ「従軍慰安婦」に問題を摩り替えて削除したと言う信じられない前例まであります。 しかしネット言論が広く行き渡った現在、「お上」が如何に隠そうと「天皇制」に関する議論は表面化しています…いやメディアを含めて天皇制の存続に関する議論をもっとやるべきではないでしょうか。中には天皇制を「日本文化の象徴」と見る人も居ますが、天皇家が長らく「お上主義の象徴」になり続けた結果、日本と言う国が機能不全を起こしている事を忘れてはいけません。 「天皇制」がタブーであり続ける限り、健全な民主主義がこの国に育つと考えるのは時期尚早です。 |

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堀端さんのところから【転載】です。
何故、タブーになのでしょう?
戦争という問題があっても現状はその責任問題を求める人は極少数でしょう。
日本文化の象徴という見方は多いでしょう。
私は文化の象徴とまで思いませんが戦争の混乱の後に生まれた形が定着しているとは思います。
終戦の混乱と占領下で天皇制の下で生きてきた人々に人心の安定を与えたという側面もあるでしょう。
それでかたづけてよいのか考え込むところです・・。
しかし日本文化の象徴として定着してるなら『タブー』があっては定着しているのではなく『させられている』という事になります。
天皇制という鎧の中で今日までの愚政が続けられてきたとも思えます。
もし歴代総理がすべての面で国家のトップであり『国家の顔』でもあったら・・アソウを選ぶでしょうか国民は?
語ることもタブーの天皇制の下、総理大臣という立場が責任をスルーして自己の出世の象徴になっていったのでしょうか。
メディアも国民も、物をいえない存在、組織があっては私も『民主主義』とは言えないと思います。
2009/2/2(月) 午前 11:06
って、戦争犯罪人が、天皇の陰に隠れて、遂にココまで、生き伸びた訳で、毒ガス製造から、人体の生体解剖までヤッタ犯罪人とソレラの製薬メーカー、果ては、軍事物資を搾取して日本軍前線兵士を飢え死似させた戦争犯罪人が、公の賭博場経営法人って、戦争犯罪人等による、マー、敗戦当時の国会議員さんは全員、戦争犯罪人であるだろうし、コレを守るには、優秀な官僚様を集め、ソノ力に守られてって、当時は、共産党が最大の命・財産の脅威だっただろうネ、
で、憲法に反する政治解釈がまかり通って、所詮戦争犯罪人のご子息政治家さんジャーね〜〜、デッ、金=利権こそ命ってのも理解出来るネ、
2009/2/2(月) 午後 1:40
べるるさん、
そういう一面もあるでしょうね。
戦後の政治も何も本来なら戦争犯罪人で処罰されるところを救われていたと言います。
製薬会社も戦前の官僚達も確かに『隠れ蓑』が必要だったのでしょうね。
この隠れ蓑が続く限りまともな政治にはならないというような気もします。
天皇制の存廃とかだけでなく、こういったこともオープンに話したり知る事が出来るようにしたいものです。
『お上主義』というのは面白い表現ですが、かなり的を得て居ると私は思います。
コメの最後の一説には・・ポチ献呈したいところです!
2009/2/2(月) 午後 2:36
憲法改憲論議の中に第1章の削除も考えても良いのではないかとも思いますけどね。『国民の総意』なんて今はありませんしね。あの当時、占領軍と国体護持の勢力の利害が一致しただけの話ですからね。
生まれたばかりのお子ちゃままで、年収1000万以上というのはおかしいでしょう!!
2009/2/2(月) 午後 6:49 [ ここに地果て海始まる ]
ワンチャン わが国には天皇制が続く限り本当の意味の民主主義
は育たない。ということでしょうか? わが国は天皇陛下の健康状態や後継皇族の問題などを考慮する岐路にきているのではと。天皇制廃止が国民のためであるなら一石二鳥ではないのかなぁ。と・・・。
2009/2/2(月) 午後 7:50 [ ose*1*08*2 ]
天皇制のみに限らず、あらゆるタブーの多くは「お上の都合」だったりもします。
タブーの部分にこそ本質が隠れている、と思います。
「人を傷つけてはいけない」というタブー、そことの兼ね合いが難しいですけどね。
いろんな省庁の無駄や不正が出てきますが、「宮内庁の無駄」というのは聞いたことがないですね。
ここにもありそうな気はするのですが。
2009/2/2(月) 午後 8:42
象徴って何!?
戦後、日本人が、この象徴を、心の拠り所として、頑張ってきたというのはわかるが・・・
何時までも象徴って、もういい加減時代錯誤なのでは・・・?
天皇だって人間なんだから、由緒正しい民間人にでもなってもらって・・・?
“宮内庁の無駄”って、かなりあるんじゃないのかなって、私も思います
意外と、不正の温床になっているんじゃないのかな!?
“天皇制”無くせば、毎年(?)約111億って皇室費と宮内庁費が要らなくなるし・・・
政治音痴の、貧乏人が大変無礼なことを申し上げましたm( _ _ )m
ポチッ!
2009/2/3(火) 午前 10:51 [ - ]
ワンチャンお久しぶりです。天皇制・・もっとも難しい問題ですね。
もともとは日本の国を統一した人たちなのでしょうが、今日では宗教的な存在としての意味の解明が重要と思います。個人的には皇室を崇敬してしていますが、先の戦争、あるいは明治維新時など、その権威が特定の勢力に利用された場合には国民にとって危険だと思います。天皇家のお墓は今でも内部は秘密にされているようですが、もはやタブー扱いせず、開かれたものとしていったほうが、日本の国の成り立ちをより正確に知ることとなり、国民にとっても、また平和を愛する皇族の方々にとってもいいのでは、と思っています。
2009/2/4(水) 午後 4:19 [ mushin1967 ]
今年の1月18日のそこまで言って委員会で田原氏がこのことを話していました。
本当にオリンピックのことをやる予定で、番組中に天皇論を議題にすることを決意したようです。
2015/1/20(火) 午後 2:42 [ - ]