小沢控訴は、国民の勝ちを意味するか? 連帯する日本・山梨・小川小沢判決を不服とした検察官役の弁護士による控訴が決まった。
おめでたいことだと思う。
それで、国民も満足が得られる・・・弁護士たちも名が残るというものだ・・・。
まあ、スキャンダルの一種だから、さしずめローマ帝国の大衆サービス・見世物の只見見物ということだろう。
新聞もテレビも、小沢スキャンダルが種切れにならず、今後も商品として売り続けられる。
既得権益受給者たちにとっては、万々歳だ。
特に官僚たちは、検察に多少の犠牲を出したが、「小沢抹殺」の結果は思ったより上出来で、言うことはない。
マスコミもよく「悪人・小沢」を宣伝してくれたし、国民も疑うことなく、それを鵜呑みにし、世論調査では「小沢抹殺」の急先鋒の役割を果たしてくれた・・・。
これで、「消費増税」が実現すれば、また「官僚天国」が続けられる・・・。
政治家も、我々官僚のお先棒を担いでくれるだろう・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・
高々4億円の出所が、国会での大問題であるとする、多くの人々の判断。
間違っているとは言わないが、やはり間抜けなところが間違っていると言わなければならない。
その裏で、政府の無駄遣い16.8兆円のあぶり出しが消えてしまった。
最初の事業仕分けで1.7兆円ををあぶりだした事業仕分けも、中途半端な形で終わったままだ。
それが、既得権益層の「政府には、これ以上ムダは無い」ことの証明にされている。
これで「消費税の前にやるべきこと」は、「小沢抹殺」と「心中」させられることになりそうだ。
「みんなの党」も「公務員改革」を叫んでいるが、実現のための戦略も戦術もはっきりしないし、何よりも「力」が無い。
「大阪維新の会」は地方で実績を積みつつあるが、国会に議席が無い。
私は、単に「政府の無駄遣い」の撲滅を言っているのではない。
それは、実は「制度疲労」している「日本統治機構の改革の導火線」に火をつけることになると思っているから、執拗に訴えている。
今の「日本統治機構」は、支配層としての「既得権益者・擁護政策」しかとっていない。
その路線の上に「消費税」も「原発」も「TPP」も乗っかっているのだ。
つまり「国民生活・安全・安定・安心」が2の次、3の次になっているのだ。
私は「経済成長第一主義」を批判はするが、「経済成長」そのものを批判しているわけではない。
日本は、外需のみに頼らなくても、幾多ある「既得権益層を守るための規制」をはずせば、例えば電力の自由化、電波の自由化を図れば、経済活動は新たな市場を生み出し、活性化すると思っている。
そのネックになっているのが政・財・学の支配層を束ねる「官僚権力」なのである。
小沢氏が復権を目指すなら、「消費税の前にやるべきこと」を明確にプログラム化し、国民に訴えることしかない。「4億円の説明」など、我々が聞いたところで何の意味も無い。
それよりも、政治家のやるべきこととして「政府の無駄遣い」との戦いを、実際に始めてほしい。
特権を享受し続ける「官僚改革」は、誰にでもできることではない。
「力技」が必要なのである。
この際、もう失うものは何も無いと思われるから、
ぜひ、「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」精神で「最後のご奉公」をしてほしい。
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2012年05月11日
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↑出典 東京新聞さま
原発は 人の心をズタズタに裂く
人の命も家族の命も牛馬やペットたち 小鳥や牧草
水も空気も
すべてをまがまがしき独で破壊する
こんなに残酷なことがこの世で起こるとは、
人を思いやる優しい国「日本」だと信じてきたのに
眠らされていました「真実」は、利権集団にいいようにしゃぶりつくされて!
この無念・恨みは 日本列島の生死にかかわっている!
何度もかすんで読めません。
黙祷(礼)
追い込まれた命−福島第1原発事故(中)酪農の道断たれ無念◎牛舎の壁に「仕事する気力なくしました」
牛舎の壁のベニヤ板は普段、飼育作業の備忘録代わりに使っていた。 チョークで牛の状態や出産予定日を書き留める。
昨年6月10日。板は遺書になった。
「姉ちゃんには長い間おせわになりました 私の現界をこしました 6/10 pm1.30 大工さんに保険金で支払って下さい」
姉(59)へのお礼で始まる。
限界の「限」の字を誤って書いたのに気付き、その上に線をぐしゃぐしゃと書いている。
自分を捨て石にして得る生命保険金で
工賃の未払いを帳消しにしようとしている。
「原発さえなければと思います
残った酪農家は原発にまけないで頑張って下さい
先立つ不幸を 仕事をする気力をなくしました」
一番後の文は線で四角く囲まれている。 精根尽き果てた心情を強調したかったのだろうか。
「ごめんなさい なにもできない父親でした 仏様の両親にももうしわけございません」
遺書は妻子と亡き親へのおわびで結んでいる。 この遺書を書いたのは、 相馬市玉野の酪農家の男性。堆肥小屋で首をつった。54歳だった。
50頭の乳牛を飼っていた。 福島第1原発事故直後の昨年3月20日、
福島県内の牛の乳から
基準値を超す放射性セシウムが出て、
全域で原乳が出荷停止になった。
牛は健康を保つために毎日搾乳しなければならない。
出荷の見込みのない乳を搾り、捨てた。牧場そばの小川は白く染まった。
そのころ、相馬市の避難所に身を寄せていた姉を訪ねている。 「牛乳は捨てるしかないが、餌は与えなければならない。 牛が一度痩せたら元に戻すのに5年も10年もかかる。
そうなったら殺すのと同然だ」
そう言い残して牧場に戻った。 それが姉との最後の対面だった。
飼育費は月約100万円。手元の金は底を突いた。
妻は30代のフィリピン人だ。 十数年前に結婚した。
原発事故1カ月後の4月中旬、小学1年の長男、幼稚園の次男を連れて帰国した。
母国の政府から退避指示が出たという。
妻子との離別は気力をなえさせる決定打となった。 5月上旬、牛を置き去りにして妻子に会いに行った。
渡航期間は約2週間。その間、牛を放っておいたらどうなるかは酪農家なら誰でも分かる。
留守中、関係者が飼育放棄された牛を見かねて殺処分を始めた。 男性が現地から帰った時は相当数が減っていた。
処分は見切り発車で行ったが、男性は怒るふうでもなかった。
6月9日、最後の1頭が処分された。 それを見届け、命を絶った。
男性の死後、姉は近所の人に声を掛けられた。 「弟さん、毎日泣きながら乳搾りをしてたよ」 弟は中学を出て家業を継いだ。うれしそうに牛の世話をしていた生前の姿が目に浮かぶ。 東京電力を裁判で訴えることを考えたが、子どもへの影響を気にして諦めた。 「賠償がもっと早かったら、こんな結果にならなかった」 8月、県内の酪農家が賠償の対象になることが決まった。 男性が亡くなって2カ月がたっていた。
(桐生薫子)
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【転載記事】 |

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控訴する事にした指定弁護士は『二見伸明氏』の記事を読んで、自分達は本当に愚かな弁護士と云う事を認識してもらいたいと思います。また、控訴して裁判が開かれれば、不正を働いた検事達を、裁判にどんどん呼んで、検察審査会と検察の闇を解明してもらいたいと思います。
日本には時間が残されていないと云う事が、この指定弁護士や事件を捏造した検察は全く解っていないと思います。 (二見伸明) 小沢一郎は、当然のことながら、「無罪」だった。「小沢裁判」の争点は、土地代金の支払いを平成16年分の政治資金報告書に記載すべきか、17年分の報告書に記載すべきかという、取るに足らない、形式論、手続き論的なもので、「4億円は裏金のはず」だという「東京地検特捜部の『妄想』から始まった」(3.19最終弁論)「国策捜査」であることが、初めから自明だった。 しかしながら、政治的には深刻な意味をもつ「裁判」だった。与野党を巻き込んだ3年余に及ぶ検察、マスコミの「小沢抹殺」のシナリオは、日本の政治を停滞させただけでなく、腐敗させた。反小沢の急先鋒・菅政権は参院選で大敗し、民意が選んだ「政権交代」を水泡に帰してしまった。3・11大震災と原発事故には最も優秀な人材を結集し、文字通り「挙国一致内閣」で対処すべきだった。しかし、マスコミは小沢の復権に恐れおののき、自民党のお歴歴には、この機に乗じて大臣になりたいというさもしい下心が透けて見え、民主党政権には大災害に対処する能力も胆力も、復興の創造力もないことがわかった。国民は冷静だったが、幼稚なリーダーたちがパニックに陥ったのだ。それにしても取り返しのつかない3年余だった。 刑事訴訟法336条は「被告事件について犯罪の証明がないときは判決で無罪を言い渡さなければならない」と規定している。これは「検察官が被告人の有罪を証明しない限り被告人に無罪判決が下される」という「推定無罪」の原則と理念によるものだ。 判決文要旨(NHK)は「被告人は、本件合意書の内容や交渉経緯、本件売買契約の決済日を変更出来ず、そのまま決済されて、平成16年中に本件土地の所有権が陸山会に移転し、取得費の支出等もされたこと等を認識せず、本件土地の取得及び取得費の支出が平成17年に先送りされたと認識していた可能性があり、したがって、本件土地の取得及び取得費の支出を平成16年分の収支報告書に計上すべきであり、平成17年分の収支報告書には計上すべきでなかったことを認識していなかった可能性がある。また、被告人は(中略)本件4億円を借入金として収支報告書に計上する必要性を認識しなかった可能性がある。 これらの認識は、被告人に対し、本件土地公表の先送りや本件4億円の簿外処理に関し、収支報告書における虚偽記入ないし記載すべき事項の不記載の共謀共同正犯として、故意責任を問うために必要な要件である。このような被告人の故意について、十分な立証がされたと認められることは出来ず、合理的な疑いが残る。本件公訴事実について被告人の故意及び石川元秘書ら実行行為者との共謀を認めることは出来ない」と明快である。 ここで誤解を避けるために一言、解釈したい。「合理的な疑い」とは、被告人に疑いがあるのではなく、有罪を立証しようとする指定弁護士の言い分に「合理的な疑いがある」ということである。この点については判決文95ページ全文を精読した鳥越俊太郎の5月5日付の毎日新聞「ニュースの匠」が核心を衝いていて、面白い。 会員制の高級情報誌『選択』5月号は小沢判決に関連して「『市民感覚』で強制起訴された小沢一郎・民主党元代表に無罪判決が出た。『けしからん』による被告人づくりの限界を見せ付ける格好となった。一方、自らの手で小沢氏を訴追できなかった検察が意趣返しで『市民』をけしかける裁判でもあったが、ここでも検察は完全敗北を喫するはめとなった」とクールに伝えている。しかし、3年以上、「小沢抹殺」に狂奔し、「有罪」に陥れようと画策したマスコミの落胆は相当なものだった。 大手各社の社説は「結論はシロだが、『潔白』ではなく『灰色』という司法判断だろう」(読売)、「刑事事件を問えないまでも政治家の責任を厳しく問う判決だった」(毎日)、「(無罪判決を受けて)小沢氏が政治の表舞台での復権をめざすのは間違いない。民主党内には待ちかねたように歓迎論が広がる。だが、こんな動きを認めることはできない」(朝日)など相変わらず「小沢抹殺」の旗を振り続けている。「司法の決着はついたが、道義的、政治的責任は残る」と再攻撃の先陣を切ったのはNHKの「無罪判決報道」の重点ともとれるものだった。 1933年、朝毎読など日本の新聞社132社は軍部と結託し、国際連盟脱退の「世論」を醸成した。その結末は「原爆投下と敗戦」だった。権力におもねるこの日本の「報道文化」は今も変わっていない。日本には本物のジャーナリズムはない。ほとんどは「権力」の番犬だ。数少ない本物のジャーナリストは発言の場がじわじわと狭められている。背筋が寒くなるのは私だけだろうか。 フランス大統領選で現職のサルコジ大統領が落選した。ギリシャでは連立与党が過半数を割った。ヨーロッパは再び、不安と激動の時代に入った。中国も中南海の舞台裏では改革派、毛沢東派、保守派の利権と権力をめぐる血みどろの暗闘が続いている。アメリカもTPPなどアジアに覇権を求める新帝国主義の時代になった。そして、日本は羅針盤も司令塔もない漂流する「難破船」の時代にある。 「小沢抹殺」のための悪あがきはやめにしよう。この国にそんな悠長な時間はないはずだ。野田総理に勇気があるならば、内閣大改造をし、小沢を副総理兼幹事長として国難に正面から立ち向かうべきだ。小沢は絶対者でもなければ万能の士でもない。欠点も多い不器用な人間だ。しかし、今の日本に彼を凌駕する政治家がいないのも寂しいことだが、現実だ。 小沢系の新政策研究会は6月をメドに、八方美人的ではない大胆かつ根源的な政策提言をするそうだ。百年後を見据えた壮大な国づくりを始めよう。足元を見つめ、固めながら、東北の復興、大東北づくりを起爆剤にしながら、日本の建て直しをしよう。乱世こそ英雄豪傑、哲人が出る。日本を最大の難局から救うのは、偏差値の高い「学校優等生」や庶民的人気の高い芸能人的政治家ではない。私は英雄待望論者ではないが、これは歴史の方程式だ。
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