ワンチャンのつぶやき・・

政治は国民との約束で成り立たなくて民主主義と言えるのか?日本沈没の危機かも知れない

社会格差とか

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政権交代で239人減か・・?

新政権誕生から2ヶ月余り・・旧政権のバラマキ補正の回収、事業仕分けなど、
いずれも様々な壁に突き当たって期待するほどの金額は上がってこないように
も見える。
しかし、事業仕分けにしてもたかが現状で一兆円ちょっととはいえ多くの国民に
その実態を公開した事は大きな成果ではないだろうか。

官僚サイドやその事業に関わる方々から『まるで公開処刑だ・・!』という声が
聞こえたが革命的政権交代であればそれは当然だろう。
ホントに市中連れ回しの上、ナマリ弾を浴びないだけ幸せでラッキーだと思う
べきでもあろう。
もちろんその事業に関わるNPO始め各事業体の職員に罪はないし、多くの
官僚達も私利私欲で動いていたわけではない事は充分わかっているが、
あえて『ラッキー』だとまで書きたい・・。

『239人減』・・これは9月の自殺者数の前年同月比だ。
今年も8月まではすべての月で昨年同月比を上回っていたが初めて『減少』した。
それでも239人減ってもまだまだ2475人というとてつもない数だ。
さらに1〜8月期では前年同期比971人増の2万2362人、この初めて減少した
9月を入れても1〜9月の累計で行けば年間3万人を越えるペースだという。

過去最悪は2003年の3万4427人、今年の1〜8月期が2万2362人。
これはコイズミ改革の時期と麻生の15兆円ものバラマキ補正の時期ではないのか?
自殺者数だけで図る事は出来ないが『何のための緊急補正』だったのか・・何のための
『改革』だったのか?

3年間も身内で政権を『たらい回し』し、無駄な事業を維持し既得権者と利権、
官僚達を保護し、末期にはこれで最後とでも悟ったのか国庫を空っぽにするかの
ような自公政権が生んだ犠牲者とも見えてしまう。

僅か『239人』とはいえ、そんな中での『減少!』・・総数の1%未満とはいえ希望が
見えてきたとも言えないだろうか。
私は政権交代でこの先進国に例を見ない自殺者の数が減っていくことを期待していた。
そして減少がこれからずっと続いていく事を願う・・。

『改革』という美句のもと多くの有権者が動いたがそれは経済界や資本家、投資家に
とってのものではなかっただろうか。
そして『緊急経済対策』・・という言葉の下に長い時間多くの国民が耐えたが自殺者の
数値は増加し続けた。

今まで政治は私達国民に何をしてくれてきたのだろうか?
過去には無謀な戦争に突き進み計り知れない数の国民の命を消し去り、生活も何もかも
『破壊』した。
その地獄とも言える状況から復興して発展まで成し遂げた国民を今度は政治が
『蝕み続けて』来たとまで思う。

思うにその『破壊と崩壊』の中で復興に向かう時にこれほど自ら命を絶つ人がいただろうか?
食料がなくて病気になったり餓死したり、事故や無理をしすぎて命を失ってしまった人は
多かっただろう。
しかし『破壊』のあとには復興というかすかながらでも希望というものがあり、苦しくても
辛くても『生きる』気力を失う事はなかったのではないだろうか。

自ら命を絶つ・・表の理由は病気や家族、環境など様々だ。
しかし鬱にしてもアルコール依存にしても突然の失業や就職難、身分保障もない雇用、
そして社会の階層化などが大きく関わっているのではないだろうか。
中小零細や個人経営では貸し渋り、貸しはがしそのほかで事業と共に自らの人生までをも
たたんでしまう・・次の『希望』が見えなかったのではないか?

この初の『239人減少』・・政権交代というものが何らかの希望を生み出した
結果であって欲しい。
事業仕分けの1兆円超同様に数値では僅かなものだが国民にとって『何かが変わっていく』
というシグナルでありたい。
そう・・赤信号が『点滅』になり『黄信号』に変化し、やがて貧富の差や生まれ、環境を
問わずすべての国民の前に『青信号』が点灯するかのように。

特別会計の独法や財団など無駄なもの、意味のないものが多いはずだ。
ただ天下りと横滑り官僚をリッチに喰わせてゆく組織に多額の国税が長きにわたり注ぎ込まれ
続けてきた。
一度すべて廃止し必要なものは再構築するくらいの大胆な変革を求めたいところだ。

各組織で働く職員と関連の業者等が失業するという声も聞くが、天下り官僚はもちろん
職員等は明日クビになり住まいも職も失う訳ではない。
充分な予告期間があって、おそらくこういう組織なら『退職金』も『失業保険』も
あるはずだ。
廃止、縮小、解体・・その結果、やっと減少した自殺者数が増加していく事はあるまい・・。

新政権がどこまで出来るか未知数だが、今までと違ってくるという『期待感』が生まれ、
事業仕分けや公共工事中止などでこれから国税の無駄、一部の既得権に消えていく事が
なくなるという希望が持てるだけでもコイズミと自公政権の時代よりは遙かに救われる。

これまでの流れを変える為の変革を求めるなら、一度すべての信号機を『赤』のシグナルに
して、どこから先に『青シグナル』に変えてゆくか政治と国民が共に考える事も必要かも
知れない・・。


政権交代で239人減か・・?


新政権誕生から2ヶ月余り・・旧政権のバラマキ補正の回収、事業仕分けなど、
いずれも様々な壁に突き当たって期待するほどの金額は上がってこないように
も見える。
しかし、事業仕分けにしてもたかが現状で一兆円ちょっととはいえ多くの国民に
その実態を公開した事は大きな成果ではないだろうか。

官僚サイドやその事業に関わる方々から『まるで公開処刑だ・・!』という声が
聞こえたが革命的政権交代であればそれは当然だろう。
ホントに市中連れ回しの上、ナマリ弾を浴びないだけ幸せでラッキーだと思う
べきでもあろう。
もちろんその事業に関わるNPO始め各事業体の職員に罪はないし、多くの
官僚達も私利私欲で動いていたわけではない事は充分わかっているが、
あえて『ラッキー』だとまで書きたい・・。

『239人減』・・これは9月の自殺者数の前年同月比だ。
今年も8月まではすべての月で昨年同月比を上回っていたが初めて『減少』した。
それでも239人減ってもまだまだ2475人というとてつもない数だ。
さらに1〜8月期では前年同期比971人増の2万2362人、この初めて減少した
9月を入れても1〜9月の累計で行けば年間3万人を越えるペースだという。

過去最悪は2003年の3万4427人、今年の1〜8月期が2万2362人。
これはコイズミ改革の時期と麻生の15兆円ものバラマキ補正の時期ではないのか?
自殺者数だけで図る事は出来ないが『何のための緊急補正』だったのか・・何のための
『改革』だったのか?

3年間も身内で政権を『たらい回し』し、無駄な事業を維持し既得権者と利権、
官僚達を保護し、末期にはこれで最後とでも悟ったのか国庫を空っぽにするかの
ような自公政権が生んだ犠牲者とも見えてしまう。

僅か『239人』とはいえ、そんな中での『減少!』・・総数の1%未満とはいえ希望が
見えてきたとも言えないだろうか。
私は政権交代でこの先進国に例を見ない自殺者の数が減っていくことを期待していた。
そして減少がこれからずっと続いていく事を願う・・。

『改革』という美句のもと多くの有権者が動いたがそれは経済界や資本家、投資家に
とってのものではなかっただろうか。
そして『緊急経済対策』・・という言葉の下に長い時間多くの国民が耐えたが自殺者の
数値は増加し続けた。

今まで政治は私達国民に何をしてくれてきたのだろうか?
過去には無謀な戦争に突き進み計り知れない数の国民の命を消し去り、生活も何もかも
『破壊』した。
その地獄とも言える状況から復興して発展まで成し遂げた国民を今度は政治が
『蝕み続けて』来たとまで思う。

思うにその『破壊と崩壊』の中で復興に向かう時にこれほど自ら命を絶つ人がいただろうか?
食料がなくて病気になったり餓死したり、事故や無理をしすぎて命を失ってしまった人は
多かっただろう。
しかし『破壊』のあとには復興というかすかながらでも希望というものがあり、苦しくても
辛くても『生きる』気力を失う事はなかったのではないだろうか。

自ら命を絶つ・・表の理由は病気や家族、環境など様々だ。
しかし鬱にしてもアルコール依存にしても突然の失業や就職難、身分保障もない雇用、
そして社会の階層化などが大きく関わっているのではないだろうか。
中小零細や個人経営では貸し渋り、貸しはがしそのほかで事業と共に自らの人生までをも
たたんでしまう・・次の『希望』が見えなかったのではないか?

この初の『239人減少』・・政権交代というものが何らかの希望を生み出した
結果であって欲しい。
事業仕分けの1兆円超同様に数値では僅かなものだが国民にとって『何かが変わっていく』
というシグナルでありたい。
そう・・赤信号が『点滅』になり『黄信号』に変化し、やがて貧富の差や生まれ、環境を
問わずすべての国民の前に『青信号』が点灯するかのように。

特別会計の独法や財団など無駄なもの、意味のないものが多いはずだ。
ただ天下りと横滑り官僚をリッチに喰わせてゆく組織に多額の国税が長きにわたり注ぎ込まれ
続けてきた。
一度すべて廃止し必要なものは再構築するくらいの大胆な変革を求めたいところだ。

各組織で働く職員と関連の業者等が失業するという声も聞くが、天下り官僚はもちろん
職員等は明日クビになり住まいも職も失う訳ではない。
充分な予告期間があって、おそらくこういう組織なら『退職金』も『失業保険』も
あるはずだ。
廃止、縮小、解体・・その結果、やっと減少した自殺者数が増加していく事はあるまい・・。

新政権がどこまで出来るか未知数だが、今までと違ってくるという『期待感』が生まれ、
事業仕分けや公共工事中止などでこれから国税の無駄、一部の既得権に消えていく事が
なくなるという希望が持てるだけでもコイズミと自公政権の時代よりは遙かに救われる。

これまでの流れを変える為の変革を求めるなら、一度すべての信号機を『赤』のシグナルに
して、どこから先に『青シグナル』に変えてゆくか政治と国民が共に考える事も必要かも
知れない・・。

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日本人のエゴと怠慢!!
タイトルが自虐的でいやな書き出しですが、今朝テレビを見ていたところ今回の民主党政権の発足に際してファクスでの意見を募っていました。
見ておられた方々も多いともいますが、その中には子育て支援の目的や趣旨を履き違えているのではないかという意見が多い事にあきれると同時に落胆もしました。
その中から三つの意見を例に後段の記事につなげたいと思います。
ある主婦が大学に二人通学をさせている人の例・・「最近は自分もパートに行きながら家計を支えているが主人の収入は減る一方で・・(中略)・・曰く・・子育てでお金がいるのは大学生からで高校までは大して掛りません。今回の子育て支援が高校生までと言うのは納得がいかない」という意見。
さらに別の主婦が共働きで二人の子育てをしているが最近は収入が減る一方だと言い「それに引き換え隣のご夫婦は生活に余裕があって二人の子供を育てておられるが、その主婦が最近二人合わせて手当てが年間60数万円になるから家族旅行でもしようか・・なーと言っている」といい投書者本人の意見として経済状態はまちまちなのだから一律支給というのは納得行かないと言うのである。
さらに最後の主婦は四人の子育てを終えたと言う、50代の主婦は子育て支援より高齢者の支援や年金医療に回すべきだという意見であった。
さてまずは最初の二人の子供を大学に通わせている人の例だが・・ご苦労あって二人のお子様を大学に通わせておられる事に感服するも、今回の施策はまず少子化対策が最大の目的であり更にその安心手助けを高校までは社会の皆で将来の宝として育てようという目的があります。
しかも大学生には無利子の奨学金の検討がなされている様であり、お二人のお子様を経済が厳しい中進学をさせられたご本人には今は感服感謝しかないが、しかし民主政権の今回の施策を全てにとは行かない。
そういう厳しい中にあってもこの方同様に子供を儲けていただいた人もいれば厳しい現実を前に子供を諦められた方々も多いであろう・と言う事は遅まきとは言え今回政権交代を機にこの支援施策が実施に移されることをまず喜びたい。
次の隣の主婦の「旅行でもしようかなー」の意見ですがこの場合、逆のケースを考えてみたら如何だろうか?
悲しくも最近よく耳にする事例・・「そもそも勤労意欲が本人になく、さらに子育ての意欲も無い、いわゆる子育てを放棄して?情愛にふけりパチンコなど賭博遊興費に使うという訳ではないのである。
さらに本人も見栄外聞で法螺を吹いているかも分らない?
たとえ裕福であったとしてもお子様を二人立派に生み育てておられる事は事実である。ならば社会の我々は「日ごろの子育てのご褒美として、そのご夫婦が旅行に出かけて社会に還元される・・預金に回るよりはいいのではないか?」と解釈すべきではないか。
さらに最後の高齢者の年金や医療施設などを拡充すべきではないかという意見まことにご尤もな話ではあるがそれはまた別問題である。
生産的観点から見て将来を担う子供の教育育成が最大の今回の目的であって今生まれた子供も僅か二十年で生産年齢に達してくれるのである。
しかも我々には逆立ちしても子供は生まれてこない「将来を担う子供たちを生んでもらう立場にある」のだ。
となれば限られる予算の中から捻出して生み育ててもらう環境を整えるのが・・将来その人様のお子達にお世話になる我々の責務ではなかろうか?
さらに最後に重要なことを再確認して置く必要がある。
今回長年政権交代がなかった事で「臭いものに蓋をしてもなお溢れ出る」不祥事は数知れず・・さらに現下の社会保障制度を瓦解させるに至らせたのである。
明らかに政治に無関心な余り政権交代をさせて来なかった事が問題であって「国民が招いた必然の理であり」権力は長期に亘ると必ず腐敗する、と言う事を忘れた結果でもある。
結論は国民の怠慢であったというべきだ。
以前子育て支援については同様の記事を書いたが私を含めて人間の欲には限界がないと驚く余り再度書くことにした。
ただしかし本来善良な方々の精神までも蝕みつつある現在の不況を一日も早く回復させてもらいたいものである。
という訳で今まだ発足間もない民主政権を批判する前に、長期に亘った自民党。官僚政治の総括をして「倫理の欠如」言い換えれば、多岐に及んでいるモラルハザードを払拭して明日に進まなければならない。

転載元転載元: 是々非々の論争

これは、働く貧困層の一人、私の“戯言”

派遣切りにあった人たちに対して、世の中、近頃ちょっと冷たくない!?
怠け者だとか、だらしないとか、甘えているとか、仕事をより好みしているとか・・・

派遣労働者が、何か悪いことした・・・?

労働者派遣法の改悪で、製造業にも派遣を認め、更に改悪を重ね、派遣期間を延長して・・・

規制緩和の名の下に、製造業(大企業)は、気楽に派遣を受け入れて、散々、大儲けした挙句、ちょうど契約期間が切れる時期が近づいた、昨年年末、これ幸いにと、赤字を理由に“はい、さよ〜なら〜”

労働者派遣法の改悪がなかったら、この人達だって、もしかしたら、正規社員やパート、アルバイトで働いていたかもしれないのに(まあ、派遣を選んだのは“自己責任”と言われてしまえば、それまでだけど・・・)

“法律”で認められた雇用形態で仕事していて、ある日突然“使い捨て”

派遣労働者は“モノ”ですか!?

使い捨てられた“モノ”が“人間らしく”と権利を主張するとバッシング!

二言目には“自己責任”(確かに、自己責任が全くないとは、私も思わないが・・・)
“生活保護費なんかだすなよ、甘やかすなよ”とか、“折角、住居付きで仕事与えてやってんのになぜ働かない”、“与えられた仕事は文句を言わずに黙ってやればいい”

などなど・・・心無い言葉ばかり・・・

要するに、
自己責任で、正規社員にもならずに、派遣やっていて、派遣切りにあったからって、権利など主張するな、働ける場所があるだけでもありがたいと思え、仕事なんか選り好みするんじゃない、そもそも、お前らに仕事を選ぶ権利などない。この時期、お前らに与えられる仕事なんて、辛い仕事しかないんだから、甘ったれたこと言ってんじゃない、山林でもどこでも、住居付けてやってんだから、とっとと、地方の山奥にでも行って働け、生活保護なんて税金の無駄だ。お前らを養う為の金なんてない。仕事を選んでいるのなら、野たれ死ね!

ってことでしょう・・・(#-_-)=3

派遣労働者だけの責任ですか・・・?
こんな状況を生み出した、大企業や政治の責任は・・・?

まーぁ、こんなこと書いている私も、“お前は世間知らずだ”とか、“だから何時まで経っても働く貧困層なんだ”とか言われそ〜だけれど・・・(#-_-)=3

転載元転載元: あーぁ

「派遣村」にいたのは誰だったのか?

 年末年始にかけて東京・日比谷公園に突然姿を現した「年越し派遣村」。集まった約500人は、一部の新聞やテレビで「企業による派遣切りで職と住まいを失った人ばかり」などと紹介されたが、その“実態”は年が明けるに連れて次第に明らかになってきた。“村民”とは誰だったのか。そして、“村”の運営にはどのような人たちがあたったのか。そこには、ある特定のイデオロギーを持った政治色が潜んでいたことがわかる。(以下略)

1月18日18時32分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090118-00000535-san-soci

いかにも産経らしい記事で面白いが、この記事を真に受けた人々からは早速にも「派遣村はみんなサヨク」「政治的に利用されてたんだろ」「単にホームレスが集まっていただけ」といったナイーブな反応が(案の定)出てきています。

そりゃあこういう集団でデモをやれば、共産党系の労組だって加わるだろうし、「憲法をまもれ」と主張する人たちだっているでしょう(これは憲法25条に関わる問題でもある)。それらの人々は普段からからこうした労働問題に敏感なわけで、「ある特定のイデオロギーを持った政治色が潜んでいた」などと大層な言い方をするほどのことなのか。団体名だってみんなべつに隠していないだろうし、なにをもって「潜んでいた」などと表現する必要があるのか。

日比谷公園の周辺には相当数の野宿生活者がいるわけで、寒空の下でこうした取り組みをすれば大勢集まってくるのもべつに不思議なことではない。(それでも全体の1割に満たなかったってんだから、むしろ少ないくらいじゃないか?遠慮してた人が多かったんでしょう) 主催者もそれを隠してはいないし、現にこの記者も主催者側が公表したアンケート結果でそれを知ったわけです。で、それが何かいけないことなのか?派遣村の取り組みがなければ年を越せなかったかもしれない、元派遣労働者をはじめとした困窮者が現実に大勢存在していた。その現実に対して、自分では(おそらく)何もしなかった人々が、勝手に作り上げた先入観をこうした記事で“確認”して溜飲を下げているのではないか。

この手の反応をする人たちは、どうしてこう物事の捉え方が単純なんだろうか。「派遣村のデモに左翼系の組織が関わっていた」というだけで「派遣村は特定の思想集団に牛耳られていた」と考えてしまったり、「たくさんのホームレスがいた」というだけで「派遣村はホームレスの集まりだった」と思ってしまったり。http://x7.ifdef.jp/bin/ll?098060900.gif
彼らには、いろんな背景を持った雑多な人間の群れが、一つの目的のために集まるということが理解できない。何かを訴えている集団は均質な一枚岩で、特定のイデオロギーに支配されているという“分かりやすい”構図でしか見ようとしない。
当然、責任を追及される側の政府や経済界にも、いろんな考えを持ったいろんな人間がいて、それぞれの思惑が複雑に絡み合い、せめぎ合いながら社会が成り立っているわけです。
それを前提にしなければ、今起こっている問題の本質にはちっとも到達できないでしょう。

転載元転載元: 半哲学的談笑

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