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きっかり更新とはなりませんでしたが、 東日本大震災から4年目を迎えました。 月の半ばには仙台で国連防災会議という大きな会議がありました。 世界規模で地震をはじめとした災害からのリスク軽減を図るべく、 国際的に努力をしていこうという話し合いが行われました。 会議中にバヌアツには大きなサイクロンが襲来し、 今日もパプアニューギニアの方で大きな地震。 いまもどこかの国の人々が大きな災害に直面しています。 日本でも御嶽山が噴火したり、 天変地異が続いているのは確かです。 大災害に備え、日頃の備えが必要です。 食料品の備蓄、災害時の避難経路の確認。 余裕のあるうちに一度見直してみるのも必要です。 この週末は南三陸へ出かけ、地産地消で復興支援。 南三陸の朝日はとても美しいものでした。 明けない夜はないというけれど、被災地の悲しみは今もなお大きく。 大津波が押し寄せたときに、 最期まで避難を呼びかける無線を流し続けた防災庁舎。 震災遺構として保存の是非を問う声も聞かれますが、 現地の声も賛否両論あるようでした。 テレビで目にするだけではなく、 実際に見聞することであらためて感慨深く、 当時の状況を思い返すことになりました。 風化させてはいけない、語り継がれるべき記憶。 語り部バスという現地の声を聴きながらの被災地探訪。 また機会を見つけて訪ねて来ようと思いを新たにしました。 復興には長い時間と心の整理が必要。 みんなの心をひとつに、絆の気持ちを大切に。 |
【東日本大震災】
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東日本大震災から3年経ちました。 人の記憶というのは都合よく出来ているもので、 このタイトルで記事を書こうと思ったら昨年とまったく同じ。 思考回路が変わってないのと、去年のことを覚えてないのと…。 しかしながら、忘れたくても忘れられない、 忘れてはいけない記憶はくっきりと残っているものです。 各地で追悼行事も行われていますが、 決して風化させてはならない記憶として、 今後も後世に語り継いでいく必要があります。 復興への道も先は長いけれど、 力を合わせて前へ進んでいきましょう。 あの日の仙台は停電で真っ暗でしたが、 今日の仙台駅は当たり前のようにまばゆい光を放っています。 手ブレでボヤっとしてますが…。 震災のときに頂いたコメントは、当時大きな支えになりました。 3年前に抱いた想いを忘れずにこれからも前進あるのみ! みんなの心をひとつに、絆の気持ちを大切に。 |
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震災から3ヶ月が経ちました。 徐々に日常生活も取り戻しつつある昨今ですが、 同時に地震への備え、防災意識についても少し薄れつつあります。 改めて当時の記憶を振り返り、 備忘録として改めて記録しておきたいと思います。 今月の初旬、 津波に巻き込まれ亡くなった叔父の葬儀がありました。 車で1時間と少し。 慣れ親しんだ町の風景を一瞬で変えてしまった未曾有の大震災。 津波から数日後の県南の街の様子。 被災した叔父の仕事場から小学校を望む↓ 民家に船が2隻↓ この近くを歩いていたときに、 柔らかいものを踏んだのですが、 その大きな物体は「アンコウ」でした。 普段海の底に居る魚が道端に。ホントにびっくらこきました。 2004年末のスマトラ島の地震では、 3ヶ月後に最大余震が発生しました(M8.7)。 ゆえに、まだまだ予断を許す状況ではありません。 お風呂の水、貯めてますか。 飲料水、数日分確保していますか。 東京都の防災ページ、改めて気付くこともあるかと思います。 防災グッズも品切れということは少なくなりました。 懐中電灯も携帯ラジオも店頭で売ってますね。 是非一読して備えをしておきたいところ。 仕事中など会社にいるときには、 やはり帰宅困難になることも想定されます。 帰宅困難者の行動心得10か条 1.あわてず騒がず、状況確認 2.携帯ラジオをポケットに 3.つくっておこう帰宅地図 4.ロッカー開けたらスニーカー(防災グッズ) 5.机の中にチョコやキャラメル(簡易食料) 6.事前に家族で話し合い(連絡手段、集合場所) 7.安否確認、ボイスメールや遠くの親戚 8.歩いて帰る訓練を 9.季節に応じた冷暖準備(携帯カイロやタオルなど) 10.声を掛け合い、助け合おう 備えあれば憂いなしですが、 これらが役に立つときが来ないことが幸いです。 復興までの長い道のりは、まだまだ続きますが一歩ずつ前へ。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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