始まりと終わりについて

部屋に彩りがついた。
大袈裟じゃなく、そう思った。
暮らしに必要なものはあったし、彼女が同居するに対して荷物が増えただけなのに。どこが、どう変わった訳でもないのに欠けていたものが埋まった。部屋に彩りがついた。そう思った。

しかし、僕らの関係は一年も経たずして幕を閉じる。
今は彼女は僕とは違う誰かと新しい暮らしを始めている。
始まりがあれば終わりも必ずある。それが全てだ。
彼女が出ていく前の日に言い合いをした。もうこの頃には互いを想いやるなんて出来ずにいたから、喧嘩をしても抱き合えれば何でも許せた最初の頃みたいにはいかなかった。
抱き合う事でしか確かめられなかった絆を、愛だなんて呼んでいた僕らは実は何一つ前へと進めていなかったんじゃないかと今となって思う。
結果として暮らしに幕を下ろしたのは彼女だったけど、予定調和に、なるべくしてなった結果だと僕は荷物を引き取りに来た彼女にも、そう言った。


そうかもしれないね。だけど、そう結論づけるには余りに寂しすぎるね。だってそうでしょ?
私たちは何も持たずしてバカみたいに漫然とセックスしてた訳じゃない。少なくとも毎日の暮らしに足掻き、もがき、必死にやってきたじゃない。
詭弁になるかもしれない。それでも私は言うでしょう。私は愛されようと愛しようと必死に生きてきたと。あなたの言ってる事は否定も肯定もしない。それでも敢えて言うなら、暮らしに疲れただけなのかもね。


ドアの閉まる音が、廊下を足早に去る靴音が、何処か遠くで聞こえるようだった。
木枯らしが吹いているのだろうか。窓が忙しなく揺れている。身を起こして、窓の前に立つとすでに黄昏が街並みを真赤に染め上げ、残滓の如く明るさが残る東の空に、鳥の群れが飛来していくのが見えた。


後悔してる?
僕は寂しくなってしまった部屋に、さっきまで彼女が居た場所に言葉を投げかけた。
馬鹿馬鹿しい。
僕は直ぐに打ち消した。もう、彼女は此処には居ないのに。居たとしても聞いて何になるのだろう。どういう答えが得られた所で、何も始まりはしないのに。何も変えられやしないのに。

この時期の黄昏は短い。いつの間にか風は止んで、完全な沈黙と暗闇が部屋を支配した。
灯りをつけると、眩しさに瞳孔が萎縮する。数秒にも満たずして視界は明瞭に部屋を映しだす。
十八時二十三分。
そろそろ、お腹の虫も鳴る頃だ。冷蔵庫を物色すると饂飩があったので、ネギと卵と一緒に作る事にした。
そういえば、彼女と住む前はよく作った事を思い出す。土鍋に饂飩、ネギと卵を入れてグツグツ煮る。
足元で猫が鳴いた。
喉をごろごろ、鳴らしながら足に擦り寄ってくる。
雨降りの夜にアパートの階段で震えていたのを僕と彼女が連れ帰り、そのまま居ついてしまった猫。
小皿にキャットフードを入れてやると、お腹が空いていたのか猫は一心不乱に食べ始めた。
僕が食事を終えて少し呆けていると、猫が膝の上にやってきた。お腹が満たされ寝るつもりなのか、丸くなった猫を見ながら僕は話しかけた。


なあ。ご主人様が一人居なくなっちまったけど、僕は此処に居るから。
だから、お前と二人の暮らしが始まる訳だ。まあ、不平もあるだろうが宜しくな。
猫は微動だにせず、早くも寝息をたて始めている。


ねえ、ドロシー。
僕は今も思い出すよ。もう何年も昔の話なのに、あの時の膝の温もりを。


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