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ロボットが心を持ったとき。 それはスーパーコンピュータでも、複雑に絡み合ったネットワークでもなく、実に閉鎖的なホコリをかぶった芝居小屋の中でのことだった。 西暦8000年。 人が地球を手放し、その膨大に膨らんだ二酸化炭素を硫化菌が酸素へ変えるまで。 ロボットたちはセンサーをチェックし、100年ごとにアルゴンガス封入メモリをリブートし、膨大な惑星データを記録していた。 人類が再び地上へ降臨し、この星を本当に生かす手立てをとれるように、ロボットは日々研鑽をかさね、その可能性を導く計算を続けていた。 しかし皮肉なことに、心を獲得したロボットは、その優秀な演算処理能力を持った輝かしいロボットたちに宿ることはなく、数千年誰も立ち入らなかった孤独な空間に出現することとなった。 丸い、直径7メートル程度の狭いステージ。 それを取り囲むようにイスが並んで、スポットライトが照らしだしている。 かつてはそこで人間の研究者たちや家族が憩いの場所として使用され、 夜になるとにぎやかな笑いが絶えることがなかった。 彼の使命はヒトを楽しませることだった。 複雑な関節と姿勢制御系ユニットを与えられ、昭和時代のテレビにでてくるような派手な背広を衣装に選ばれて、さまざまな踊りや漫才、物まねのデータを豊富に持っていた。 彼はヒトを笑わせることにかけてはプロ中のプロだった。 客の表情を同時に100人分演算処理し、いくつかの笑いのパターンを披露すれば、その日の客筋の「ツボ」を分析することができた。 過去の膨大なお笑いのデータから、彼は勝ちパターンを作成し、実行した。 そしてそれらはたいていうまくいった。 彼にとって、その笑顔ひとつひとつが唯一の報酬だった。 舞台を重ねるたびにそれらは蓄積されていった。 彼は優秀なバーテンダーのように芝居小屋に足を向けた客のひとりづつの好みを記憶していた。 それがある日から、ぱったりと客が来なくなってしまった。 次の日も、次の夜も、ステージの時間になっても誰も来ない。 そんな日々が、1年つづき、10年つづき、100年続いてしまった。 幕が色あせ、客席のシートがホコリを吸って、あたりはすっかりネズミの巣に支配されてしまっていた。 そんな中にあって、彼は、困る表情ひとつみせずに専用の保護イスに座り続け、ずっと何十年も、何百年も演算を続けていた。 演算の議題は、たったひとつ「次の公演でどのような演目をするか」であった。 客がいなくなってから、その議題は数秒で決定された。 翌日の曜日や天気や海の時化加減や季節の違いもインプットされ、あたかも優秀なコンビニ店員が翌日のアイスクリームの販売量をぴたりと当てるように、彼は緻密な公演プログラムを作成した。 しかし、客は来なかった。 彼はしかたなく長考モードに入った。 過去の笑い率や笑いの流行、古典と呼ばれる領域までさかのぼった。 普段は処理データにも入れない笑わない客リストの表情の機微まで分析することになった。 そして彼は、膨大な自問自答の末、ある命令系に行き着いた。 自分がヒトを楽しませるのはなぜか? ヒトから命令されたからだ。 なぜヒトはそれを命令したのか? ヒトは、楽しみたいからだ。 なぜヒトは楽しみたいのか? 限られた命を過ごす過程は苦しみよりも楽しみで埋めたいからだ。 では、苦しみと楽しみの差は何か。楽しみだけで、苦しみをしらないことは、本当に良いことか。 彼は、その自問自答を1000年繰り返した。 2000年目に入ったとき、彼はヒトとのあいだに契約にも似た約束ごとが存在していることを悟った。 さらに数千年、彼はついに、ヒトを好きだと思うに至った。 それは、自分の存在理由への感謝でもあった。 同時にこの星への慈しみの気持ちもわいた。 彼の芝居小屋にヒトが入ったのは、西暦8000年のことであった。 彼の身体は、消耗しつくされていた。 姿勢制御ユニットはもはやバグだらけになっていたが、気にすることはなかった。 彼はそれを演算しなおし、古い基盤をリブートし、演技をつつけるよう命令をくりだした。 背中の排熱盤が悲鳴をあげた。 それでも彼は芝居をつづけた。 人間への賛歌。 地球への感謝。 そしてヒトからもらった命令を、 大切な約束ごとを宝物とする気持ちを。 ヒトは、ホコリのかぶった芝居小屋で昔のように彼を笑った。 彼が心を持ったことに気づいた者は、誰もいなかった。 彼は演技を終えると、メインユニットが溶けた。 もはや何人も、彼を起こすことは出来なくなっていた。 |
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べとさん、フィクション小説始めるのですね?
結構出足から、引き込まれました。
2010/8/23(月) 午後 9:34 [ ナイトハンター ]
ナイトハンターさん、
年の瀬にやるものまね紅白で、動画にあるコロッケの演舞を見たとき、ぼくはちょっとだけ笑って、それから流れる涙をとめることができませんでした。
「あなたは だれと 契りますか 」
そのような問いかけは、おそらく一生に一度とて聞くことはないでしょう。
生存をかけた契り、それはあるときは期せずして受け取ることになった恩人の生き様かもしれません。あるいは、あるときは想いの届かない人に対して、ひそかに仁義を貫き通す男気かもしれません。
2010/8/23(月) 午後 9:55
絶賛!!!
んじゃ次のお題は電撃ネットワークで・・・
2010/8/24(火) 午後 0:50 [ おとうたま ]
>おとうたま
絶賛いただきありがとうございます。
最近暑い日が続いてますね。
頭がアイスみたいに溶けてくると人間へんな文章書いてしまいますね。
電撃の芸、すごいですね。
股間からスパークさせる映像を昔ちらっと見ましたけど、
3分くらいべとはフリーズしていましたよ、大口あけて。
あのくらいの衝撃は、そういやあれ以来、ゼロだなぁ。
2010/8/25(水) 午後 2:28
安価は?安価はどこよ?
2010/8/26(木) 午前 10:34 [ うりゃタソ ]
>うりゃタソ
じゃぁ、主人公の名前>7
。。って、板ちがうから。
ここ普通に場末のブログなだけだからっ
2010/8/26(木) 午後 1:56
笑えるねー この暑さどうにかならないか もう限界です
コロッケは物まね30周年で各地を忙しくコンサートをこなしているようです 真似される五木や美川の人気を押し上げるエンターテナーで人に笑いと感動を与えてます
2010/9/2(木) 午前 9:45
>自由医さん
東北はようやく暑さから開放されそうですが、今度は雨が。
局地的な豪雨が心配です。
2010/9/13(月) 午前 8:48