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みなさんこんにちは。
ミリメシ人身御供の時間がやってまいりました。 今回はチリソースです。 これ系は他のコアなミリメシホームページでもあんまり悪いことは書かれてません。 いいんじゃないでしょうか。 MREのビーフには参ったが、チリミートソースのマカロニ和えならイケるんじゃないでしょうか。 包装はあいかわらずです。 製造年月日は7243、すなわち2007年の243日目製造です。 今年で4年弱です。 ワインなら、凝縮感が増しいい感じに熟成されてきたのではないでしょうか。 では早速加熱して開けてみましょう。 マカロニは炭水化物なのでこのまま食べるべきなのでしょうが、日本人なのでごはんのおかずとしていただきました。 味はスーパーや雑貨屋で見かけるチリビーンズ缶詰とほぼいっしょで、最後まで食べることができました。 使用されている挽き肉もビーフですが、牛肉テイストは感じられるものの、チリソースによって格段に裏方にまわっております。マカロニはゆですぎですが、ゆるせるレベルです。 日本人なら、これに少々甘みも加えたいところ。 写真にも写ってますが、会津天宝醸造の大葉みそは甘みそで、おにぎりにまぶして焼くと天下一品です。 不思議とこれと合う! 通常の食事として頂くぶんにはオッケーです。 ただ震災でヘビーストレス環境で完食できる自身はないです。それでもこういう規格は安全安心ではあります。 おにぎりの大場みそ焼きなら、そんなときでも2個はイケそうですけどね(笑) なにはともあれごちそうさまでした。 |
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四輪駆動のギアをさらにシフトし、四輪の低速モードに入れる。 Nゲージにあったシフトノブをドライブモードへと戻す。 タイヤがゆっくりと砂利を噛んで回り始める。 パワートレーンがゆっくりと複雑で強力なギアへと繋がっていく。 高速道路などでは無茶なスポーツ走行のできないステーションワゴンだが、この時からは登坂のプロへと変貌する。 3000ccの直4ガソリンエンジンが、アイドリングから少しだけ息を上げる。 獰猛なネコ科の動物が音もなく枝を移るように、4つのタイヤがごつごつとした路面をとらえて回る。 車は、先ほどから深い森の中を進んでいる。 決して急がない、ゆっくりと歩行するような速度である。 太い杉の木が規則正しく天に向かって伸びている。 森の眠りをさまさないよう、静かに眼だけを動かしてあたりを見つめる。 鹿は自動車をさほど警戒しない。 それが道をそれて突進してこないことを知っているのだ。 朝の、最も確立の高い出会いの時間だ。 そしてすばやさが求められる。 森の中で、じっと鹿が通りかかるのを待つのも猟だ。 しかし見つけ、すばやく下車して車道から飛び出して引き金を引く。これも猟だ。 ベレッタ682。 先ほどから袋をかぶせられて助手席に置いてある。 そしてもちろん銃弾も入ってはいない。 上下二連の、このスキート競技銃は銃身が短く絞りもほとんどない。 散弾を発射すれば、たくさんの細かい弾が放射状に広がって獲物を捕らえる。 猟として用いるならば、さしずめヤマドリ猟ということになるだろう。 険しい山の頂から、深い木々を縫うように沢下りで逃げる。 あっという間の出来事だろう。 自分は、見とれる自信がある。 木製の銃床に、頬付けすらできないであろう。 一度だけヤマドリを見たことがある。 火の鳥じゃないかと思えるほどの、黄金色をした美しい鳥だ。 果たして自分は、このような鳥とあいまみえることができるのだろうか? そのような猟も、いつかできる幸運があればと思う。 しかし、今回はちがう。 その銃身に込められる弾はスラッグ弾である。 いわゆるイッパツダマと呼ばれる弾だ。 射撃場では50メートル先の標的にも着弾した。 裸眼で、がっちりと保定した状態でのはなしである。 今回はどうであろうか。 標的も動くであろう。 狙いから引き金まで3秒待ってくれる相手でもない。 仮に当たっても、致命的な場所でなければ半矢となってしまう。 いたずらに苦しませることの残酷さだけは避けなければならない。 鹿の出る農場の敷地に入り、場長と会釈する。 農場内にはまだ従業員は侵入していないとのことだ。 安心して私有地へと車を入れる。 ゆっくりと、静かに車は道を登っていく。 森がなくなり、開けた見通しの良い場所へと出てくる。 昔の田んぼの跡が、段々畑のように見えている。 と、そこに一頭の若い鹿がゆうゆうと立っていた。 車は何事もなくその横を通過していく。 距離4メートル。 鹿は身じろぎもせず車を見送っている。 助手席のベレッタをたぐり寄せる。 袋を外し、腿の上に乗せる。 ハンドルを操り、運転者が下車したところを見えないように車を停車させる。 ここはもう、道でもなんでもないエリアだ。 サイドブレーキをかけて停車させる。 ドアを開け、中折れ式の下段の薬室に銃弾を一発だけ込める。 木製のストックを跳ね上げ、薬室を閉鎖し、安全装置が外れていることを確認する。 銃身が森の木々から先ほどいた鹿の方へと向いていく。 自動車の陰から、自分の姿を鹿にさらす。 若い鹿は、先ほどの姿勢から10メートル遠ざかり、遮蔽物もないところで体をさらしてこちらを見ている。 銃身の狙いが彼の右肘に注がれる。 そこにあるのは、握りこぶしほどの規則正しく動く心臓だ。 無意識に照星が最後肋骨の方へと流れていく。 的の真ん中に向ければ当たりやすいからと意識の底から欲望が顔を出す。 こらえろ。 そこにあるのはただの腸と胃袋だ。 半矢で逃げられて、発見もされずに苦しませるばかりだ。 よしんば見つけても、肉はムレて使えない。 内臓から胆汁も飛び散るだろう。 腸内細菌もばらまかれて、安全な肉からは程遠いものになってしまう。 こらえろ。 照星を肘にもどす。 あの狭いスイートスポットのなんと小さいことか。 不安で押しつぶれそうになる。 その拍動をつづける心臓のうえの大動脈弓に狙いを変更する。 銃身は気持ち上に移動する。 的がとたんに大きくなる。 衝撃が、自分の肩を突き抜ける。 静かだった朝の空気が急に遠のく。 左右の耳に、鋭い金属音が重く残る。 鹿の体が一瞬たわんだようにねじれ、地面に突っ伏した。 首を一度、それからもう一度持ち上げるが、両足は意味のない痙攣をしているばかりである。 もう一頭の、近くにいた若い鹿がはじかれたように逃げ出す。 そこにも一頭いたことにただただ驚く。 まるで見えていなかった。 後部座席のドアをあけ、コールドスチール社のナイフを取り出す。 怪我をしないように、慎重すぎるほど丁寧に鞘から身を抜き出す。 腕をまくり、ポケットからプラスティック手袋を取り出して装着する。 倒れた鹿に近づき、血抜きのための場所を探す。 両手で一気に刺す。 とう。 と、袋が破けるようにガーネット色の液体が刃を染める。 シャトーピションロングビルバロンのようなワイン色だ。 切っ先があまりに鋭いので、皮の抵抗をまったく感じずに刃がもぐりこんだのに少し驚く。 その瞬間に、輝きのあった瞳が、なにも見ていない瞳に変わる。 光が失われたのだ。 自分が、奪ったのだ。 彼はまだ幼く、若かった。 怖いものなしだった。 うまくやって、将来群れのリーダーにだってなれたかもしれない。 結構がんばってあこがれの娘といい仲になれていたかもしれない。 そういう可能性を全部自分が頂戴した。 その無念を、ただの土くれにしてはならない。 きっちりとたいせつに、扱わなければならない。 むくろを見下ろして一礼し、おもむろに後ろ足をつかんで引きずった。 重い。 40キログラム近い。 自分の頭の中にはアーミードリーマーズが延々とリピートしていた。 |
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4気筒のガソリンエンジンは、暗い夜道の中を規則正しく脈打っている。 温められたラジェータ液は、約束どおりサーモスタットバルブを押し広げて下界の冷気を取り込む。 紺色のステーションワゴンに、ほどなく温かい空気がもたらされると、こわばった筋肉がようやくほぐれてきた。 ヘッドランプは先ほどから黒く塗れた路面を照らしている。 白い中央分離線は無機的な時報のように断続的に、流れている。 こうして一人でハンドルをにぎるのは、特にさみしくはない。 AMラジオが、時節のニュースを読み上げてコメントしている。 世界は誰かの発表した雇用見通しに予想と違うと言っては株を売り買いしている。 ふと自分が四十になっていることに思いがけず驚く。 大学2年の、きらめくような二十歳の自分をもう一度リフレインしたのだ。 本当にリフレインしたのか? なんの感動もないまま仕事に明け暮れただけのような気もする。 圧倒的に仕事関係の人間だけとの付き合い。 自分が、保護されていない社会でのサバイバル。 それでも、と自分は思う。 好きなことを仕事に選べたことを幸運に思わなければならない。 足を引っ張る同僚もいないし、上司から不意の叱責を受けて胃を痛めることもない。 ただし、利き手の指1本を500キログラムもある牛に押しつぶされさえしなければ。 身体が資本の自営業は、それだけのことで仕事が立ち行かなくなる。 転職は絶望的だろう。 ハイリスク、ミドルリターン。それが自分に与えられた職業だ。 車はいくつかの街を通り抜け、それからいくつかの森を抜けた。 気付くと、空が明るみを帯びている。 東の空に、赤みのある雲の縁取りが見て取れる。 それまで、ただの暗がりでしかなかったものが、一斉に色を取り戻し始める。 雲は明るく、山の稜線はより一層青みはじめる。 空気に、かすかに潮の香りが混じってくるのがわかる。 猟場はすぐそこである。 鹿猟で歩く山は、気分で変更したりすることはしない。 たとえ鹿に出会うことができなくとも、鹿はかならずいる。 いくつかの尾根といくつかの川。そして出会いの時間。 グループ猟で、強制的に狙いの射面に追い立てられた鹿を見るのもハンティングならば、 自分のように、単独で森に忍び入り、いつ出会うかもわからないハンティングもある。 5シーズン歩いてみて、自分は単独が案外嫌いではないことに気付く。 猟果よりも、猟の行為ができる喜びを知ってしまっている。 鹿が仮にその山に1000頭いたとして、次の年はその半分のメスが子を産む。 すなわち2年目には1500頭に、おおむねなっているだろう。 このような増え方だとすると、10年後には3万8000頭になっている。 自分は、これまで5年通って1頭も仕留めていない。 鹿の暴力的な増殖に対して、仮に年100頭仕留める達人がいても、これはもう無力なのだ。 それでも通う。 自分は、通うと決めた。 ケモノへんに守る人と書いて狩人と読む。 いまはしがない猟人だが、同じカリウドと読む字でも、続いていけばいつか狩人になれるかもしれない。 あるいはなれないかもしれない。 それでいいじゃないか。 猟場に到着する。 遠くに見える海は、冷えた空気の温度差で湯気をたてている。 けあらし、と人は言う。 そんな朝に、誰もいない朝に、一人で車から降りる。 それなのに。 ああそれなのに何たること。 ダンディーに決めようと思った矢先に緊張が走る。 猛烈な腹痛だ。 避けようのないフルスイングで放たれたかのようなストレートで純粋な便意だ。 袋をかぶった銃に伸ばした手は、横のティッシュボックスへと変更された。 あああ。 尻つべたい。 あああ。 どうしよう、すげー気持ちいい。 朝の小鳥が鳴き始めている。 朝っていいなー。 つづく あんまし 「つづく」 ばっかしだと申し訳ないので、次の投稿まで先日の猟の模様をお楽しみください。
じゃじゃーん。 |
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鹿という獲物に対する猟欲には、いつも疑問が付きまとう。
それが、狙いを定めてから引き金を引くまでの戸惑いに繋がると、自分は知っている。 老練な鹿は、その戸惑いを逃がさない。 次の瞬間には狙いの先に鹿は消えている。 そしてその獲物は、決して自分のものにはならない。 それでいいとも思った。 欲しいのは獲物ではなく、鹿との一瞬の邂逅が自分には必要なのだとも思った。 では、銃とは何なのか。 その野太く開いた12番の口径の奥に臨界点で待ち受けているものは何なのだ。 一発も発射されることなく帰路に着く。 それで終わったシーズンもあった。 それでいい。 無事故でよかった。 それこそが自分の猟じゃないか。 そんなことを思ってもきた5年間であった。 しかし鹿は増えた。 暴力的な増加だ。 海を泳いで渡る鹿が、船から撮影されてニュースになるような増え方だ。 周囲の都市が、彼らの自然を取り囲んでいる。 増えても、逃げのびる場所はない。 農作物の被害は、毎年甚大だ。 鹿の里の住民は、鹿を愛でない。 そこにあるのは、豊かな自然と鹿の里ではない。 七人の侍たちが守るちいさな集落でしかない。 前夜調べてみると、今日の日の出は6時21分であった。 それがこの日の猟開始の時刻である。 ひと通りの着替えを済ませ、荷物を車に運び込む。 家人を起こさぬよう、まだ夜の明けない外と家の中をしずしずと往復する。 ヒトがまだ起きてこない時間にひっそりと行われる神儀の様に、それらは無言で粛々と行われる。 濃い夜色の4輪駆動車は、冷えた空気から染み出された夜露で濡れている。 白玉はなんぞと人の問いしときには、それが夜露なのだ。実に妖艶だ。 家人が盗賊に襲われないよう、家に鍵をかけ車に乗り込む。 キーをひねり、3000ccのガソリンエンジンに火を灯す。 冷えたノンターボエンジンが、朝一発目の咆哮をあげる。 暖気モードのエンジンは、2千回転をキープする。 普段のアイドリングはすさまじく静かなエンジンも、このときばかりは騒音でしかない。 水温系が動くまで、ゆっくりと車を走らせることにする。 スキーウェアの保温性を持つ衣服を迷彩にし、衣擦れの音をたてないように不織布素材にする。 それが自分の猟服である。 もう何年も前に海外通販で手に入れたものだ。 着てみると、これが結構暖かい。 雪かきの作業にも、結構な頻度で借り出された。 まだ暖房の効いていない車内でも、体はこの装備によって保護されている。 夜明け前の、人気のない街を車は静かに走る。 黒いアスファルトを踏みしめて、鹿の猟場へと車は向かう。 つづく |
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11月19日
朝4時に目覚ましがなる。 ふとんから起きると、自分が異常に寝汗をかいていたことで驚く。 Tシャツの首まわりが、じっとりと湿っている。 太ももの周りも、まるで風呂上りのようにしけっている。 眠れなかったわけではない。 熟睡感もある。 それでも、眠いという感覚はない。 まるで遠足の朝のような、運動会の朝のような、人間ドッグの朝のような、不思議な高揚に包まれている。 自分は、どうやらアドレナリンを出しながら眠っていたらしい。 あまりお勧めのできる睡眠ではない。 新しい下着に着替えながら、自分は猟をどう思っているのかと憂うつな気分になる。 鉄砲を持って、ヒトの気配のない森に分け入る。 朝の光が、斜め上から木々にさしこみ、明暗のコントラストを描く。 竜笛のような鋭い鹿の警戒音も、森の木々や濡れた葉を通して聞くと、残響のある美しい音色である。 豊かな自然を感じる。 そんな中をゆっくりと歩くのは、怖くない。 むしろ、どこか気分は落ち着いている。 それらは、まるで静かな美術館で絵画を眺め、控えめなBGMに耳を傾け、ふと窓から外の芝生に目をやるような行為ともいえる。 自分は、本当に鹿が欲しいのか? その問いを考えながら歩いた5年間でもあった。 つづく |



