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真弓明信さんの、「ジョー」。 大久保博元さんの、「デーブ」。 「名付け親」は、和田さんだったのだそうです。 仰木彬さんよりも前からの、「名コピー・ライター」。 西鉄ライオンズ→太平洋クラブ・ライオンズ→クラウンライター・ライオンズ→埼玉ライオンズ。 「すべてのライオンズ」に貢献した、偉大なる野球人。 「野武士軍団」の黄金メンバーの中で、埼玉まで付き添った人物は和田さんだけ。 「神様の恋女房」というだけでも大変な人物ですが、野球界&ライオンズへの貢献度は、計り知れません。 私がライオンズ・ファンだった時代。 ファンブックを穴が開くほど見ていましたから、子供心にも和田さんのことは「名監督」として認知していました。 熊本からやってきた「田淵2世」も、ものの見事に育て上げた。 「西鉄の人」という知識を得たのは中学校時代から・・でしたが、 「西武も、ささやかながら西鉄と繋がっているんだなあ」と、なんだか嬉しく思ったりしたものでした。 72歳。 ちょっと若すぎますが、「でも今ごろ、”ご主人”と久々に晩酌でもしてるんかな」と思えば・・ですね。 「ライオンズ・クラシック2009」 今週の27日(土)から、始まります。 今年は、「1979 埼玉ライオンズ誕生」が、テーマ。 正直、「な〜んだ・・」という感じで、イマイチ期待感が無かったのですが、「和田さんに免じて」しみじみ、「あのころのライオンズ」、回想してみたくなりました。 埼玉ライオンズ・初代ユニフォームを復刻。 「がんばれタブチくん・特別上映」や、綱島理友さんの講演会もあるそうです。 「田淵幸一Tシャツ」は、何が何でもゲットしなければ・・・。 緒戦が「秋山ホークス」というのも、何かの縁・・ですね。 aoutさん、宜しくお願いいたします。 「和田さんが遺してくれたライオンズ」、語り合いましょう。 合掌。 |
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私も新聞見て驚きました。プロ野球に目が開いたときの英雄がかなりあの世にいかれました。西鉄ー南海の黄金バッテリーの生き証人は1り生存しています。彼は元気過ぎますが。今日のビールの肴は本日発売の本の予定でしたが、和田さんの弔い酒にもなりました。どちらも涙です。
私にとり西鉄ライオンズ・南海・阪急ブレーブス・近鉄パールス・大毎オリオンズ・東映フライヤーズは永遠です。
パリーグ万歳
またこれから飲みなおしです。
昭和63年10月15日のビデオテープを見ながら。
やはり最後に言わせて。杉浦さん有難う。
和田さんスイマセン。
稲尾さん・三原さん・仰木さん・大下さん・高倉さんらと天国で飲んで下さい。
下界から西鉄ー南海戦を見ています。
2009/6/23(火) 午後 9:24 [ 東松ケ丘 ]
>安曇野仰木さま
「昭和34年」。今日、発売しましたね。
親父が、珍しく勝手に先に読んでしまい、「懐かしいね。涙が出たよ」と、申しておりました。
「杉浦さんは、東長崎(私の地元です)が生んだヒーローだよね」「この、史上初めてビールかけをやったホテルも、中野(地元です)なんだぜ」などと、楽しいお酒を・・でした。
こんな日に、和田さんが・・。
朝のスポーツ紙、しみじみ・・でした。
「近鉄・ついに西鉄に勝った!」という記事も、しみじみ。
関根さん、やっぱり偉大だなあ・・とか。
山本八郎さんのお写真や、「新人王」張本さん、関西大時代(!)の上田さんのお写真も・・。
今のプロ野球を観ているよりも、余程楽しい・・。寂しいことですけれど・・ね。
中西さん、本当に辛いでしょうね。
いつのまにやら、「あちらの世界」で、野武士軍団のベストメンバーが揃いつつありますが、太さん豊田さんには「もうちょっと、頑張ってください」です。
2009/6/23(火) 午後 9:42
そうか・・・全ライオンズを、ね。。。
ある意味、とっても偉大だったのだ。
監督をさせてみたかったNO.1な人ですね。
2009/6/23(火) 午後 10:40
かつて、西武からアメリカの教育リーグに若手選手を連れて行く時の引率は、何時も和田さんだったそうです。和田さんは自ら「ハンク和田」と名乗り、ジョー、デーヴ以外にもバニー(相馬)、ミッキー(山野)、スパンキー(羽生田)などの命名をされたそうです。昨年の福岡での始球式の時に西村さんとバッテリーを組まれていたのが最後の晴れ舞台だったのでしょうか・・・26日の対南海戦、行きましょう。和田さんの供養になるように色々語り合いましょう。宜しくお願い致します。
2009/6/23(火) 午後 10:56 [ aout58 ]
>himebowさま
偉大ですよね。「激動のライオンズ史」に欠かすことの出来ない、偉大な「ミスター・ライオンズ」です。
「監督」。
「やらせてみたかった」というのが、ある意味一番幸せだったのかも、しれません。
2009/6/24(水) 午後 9:38
>内緒さま
ありゃ・・。またしても、「ニアミス」でしたね。。
東京出張ですか。お疲れ様です。
所沢は、東京からだとかなりしんどい場所にありますが、どうかお気をつけていらしてください。
「イナバウアーさん」も、来場するそうですよ。
2009/6/24(水) 午後 9:40
>aout58様
相馬さんは、「ラビット関根(勤)」が由来だったそうですね。
「最愛の夫」稲尾さんの代わりに、「西鉄復活」に間に合ったのは、いま改めて本当に良かったと、思います。
南海戦にするか、オリオンズ戦にするか・・。
「ドームか、マリンか」なら、少しも迷わないのですが・・(苦笑)。。
2009/6/24(水) 午後 9:44
どんどん西鉄時代の名選手がこの世を去りますね。。。ご冥福をお祈りします。現在西武ドーム遠征計画を練っています。ボーナスの額しだいです(汗)
2009/6/24(水) 午後 9:47
>ファイティさま
西鉄の黄金期から、もう半世紀以上・・ですものね・・。
所沢なんかより、マリンに来てください。チケットは用意しますから。
海浜幕張駅前に、私が定宿にしているネットカフェの支店がありますし・・(笑)
2009/6/24(水) 午後 9:53
和田さんは、最近西鉄ライオンズの歴史をまとめた写真集の監修をされたそうです。
ここ数年、稲尾さんをはじめ「野武士軍団」の僚友たちが相次いで旅立って行く中で、「西鉄ライオンズのことを後世に伝えたい」という思いと、「自分自身の残された時間ももう長くない」という思いが、この写真集となって結実したのだと思います。
実は、先月東京へ行った折、新宿の紀伊国屋書店でこの本を見つけ、立ち読みしたのですが買わずじまいでした。
近いうちに必ず一読したいと思っています。
赤瀬川隼さんの『獅子たちの曳光』だったと思いますが、確か中西太さんが赤瀬川さんとの対談の中で、「西鉄ライオンズからは優秀な指導者が多く出ている」と語っていたように記憶しています。
和田さんは西鉄ライオンズを語る上で欠かせない人物の1人であり、またこのチームが生んだ優れた指導者の1人でもありました。
御冥福をお祈り致します。
2009/6/24(水) 午後 11:20 [ mannennetaro2005 ]
>mannennetaro2005様
写真集のことは、himebow様のブログで初めて知りました。
最近は書店に行くことがあまりなく、購入ももっぱらアマゾンなので(苦笑)、存じませんでした・・。
一度じっくり、書店で拝見してみたいと思います。
「虫の知らせ」とでも言うのでしょうか、「もう、思い残すことはない」という思いで・・だったのかも、しれませんね。
赤瀬川隼さんの「獅子たちの曳光」は、私にとっても宝物のような名著で、何度も何度も読み直しをしています。仰るとおり、素晴らしい指導者を多数輩出した西鉄ライオンズOBのなかでも、和田さんは筆頭核と言って過言でないお方だったと思います。
2009/6/25(木) 午後 8:44
「西鉄〜福岡末期〜所沢創世記〜某球団暗黒時代」
という、僕にとっても、何とも思い入れの深い「経歴」を持つ
和田さんの逝去の報は、衝撃でした。
稲尾さんが逝去された当時には、お元気な姿を見せてくれていた
んですが・・。
福岡末期時代、若手選手に熱心に技術指導する、コーチとしての
お姿は、おぼろげですが、今でも覚えています。
彼の熱意こそが、後年の「黄金時代」の礎になったに違いあり
ません。
謹んで、ご冥福をお祈りいたします。
2009/7/12(日) 午前 11:03 [ - ]
>ハム太郎様
昨年行われた「ライオンズ・クラシック」で、綱島理友さんは「ライオンズの海外キャンプ&若手育成は、九州時代からの伝統」と、仰っていました。
この「九州以来の伝統」の継承者こそ、和田さん・・だったんですよね。
「もう一度、お前さんとバッテリーを組みたいよ」
稲尾さんが呼んだのかもしれませんし、和田さんが希望したのかも・・ですね。
ハム太郎さんがいつも仰っている「島原キャンプ」にも、深く関わっていらしたのでしょうね。
「ミスター・ライオンズ」と呼んで、過言はないと思います。
2009/7/15(水) 午後 10:51