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福岡ドーム・ホークスVSバファローズ。 試合終了後、「景浦安武選手の引退セレモニー」が開かれました。 素晴らしすぎる。 大拍手!です(笑)。 都合により出席できなかった本人に変わって、水島新司先生が引退のご挨拶。 「昭和48年の入団以来、南海ホークス16年・福岡ダイエーホークス16年・そしてソフトバンクホークス・5年・・」 現役・37年。 福岡ダイエーって、16年も続いたんだっけ・・?! そうかぁ・・。 あぶさん、「福岡のほうが長かった」んですね。 パリーグの情報が、極端に乏しかった時代。 「プロ野球ニュース」以外で、「パリーグ選手の顔&姿を観られる機会」が、ほとんどなかった時代。 私は「あぶさん」で、南海ホークスの選手を憶えました。 「豪傑」佐藤ミチさん、「ペリカン」外山さん、藤原「チャイ」さん。 連載開始当初は、ノムさん&高畠さんの名コンビで・・。 「追い越せジャイアンツ! 追い越せセントラル!で始まったのが、あぶさんです・・」 水島先生の「パリーグへの功績」は、計り知れません。 大阪ミナミの、ボロアパート住まい。 小さな小さな居酒屋で繰り広げられる、「ナニワ人情道」。 野球への愛情と人間の優しさが詰まっていた、「あぶさん」。 ♪ 負けたらあかんで東京に ・・ あぶさんにはやっぱり、「なんば球場と南海ホークス」が、一番似合っていたように思います。 「3年連続三冠王」「年間56本塁打」「史上初の4割打者」。 どんどん「非現実的スーパーマン」になっていった、あぶさん。 「庶民派ヒーロー」から、「世界最強打者」になってしまった、あぶさん。 漫画喫茶に行っても、「南海時代だけを観るように」なっていました。 「あぶさんにも、”人並みの幸せ”を味わわせてあげたかったんです」 水島先生がそう仰るのなら、すべてを受け容れましょう。 62歳まで現役を続けたからこそ、「史上最高の引退式」が開催されたのですし・・ね。 「南海ホークス・最後の大物」。 お疲れ様でした。 |
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南海時代のあぶさん、やっぱりよかったなあ。
TBさせていただきました。
2009/10/6(火) 午後 10:11
酒浸りのアル中の身体だからこそ、たった1打席の代打稼業に完全燃焼出来る・・・それこそが初期のあぶさんが持っていた「滅びの美学」だったように思います。安アパートや大虎で浴びるように酒を呑み、命を削りながら物干し竿を振るあぶさんにこそ強い思い入れがあったのです。人並みに幸せになるに従って、段々リアリティーを失ってしまったあぶさんには、正直ついていけなくなってしまいました。今日の引退セレモニーに水を差す気は全くありませんが、やはり南海ファンとしては「大阪を去る時」に引退させてやるか、或いは九州に行った後でも日本シリーズ優勝を以って引退させてやりたかった・・・という気がしてなりません。
2009/10/6(火) 午後 10:52 [ aout58 ]
>エノサンさま
TB、ありがとうございます!
四ツ谷の「あぶさん」、店の前は何度も通っているのですが、まだ一度も入ったことがないんですよ。今日は、盛り上がったんでしょうね・・。
南海時代ですよね、やっぱり・・。
2009/10/7(水) 午前 1:08
>aout58様
そもそも、あれほどの”呑んべぇ”が、62歳までアスリートとしての体力を維持しているということ自体が・・ですよね(苦笑)。
あまりにも非現実的になってしまった現在のあぶさんには、私も辟易・・でした。
ただ、それぞれの年代に、それぞれのあぶさんがいる・・というのも、それはそれ、悪くはなかったのかも・・とも、感じます。
現在のホークスしか知らない世代の読者が、1巻から興味深く拝読してくれたら「南海ホークスの魅力」を認識してくれるかもしれませんし、何より「チームのルーツ」を自然に理解してくれることは、やはり喜ばしいことのようにも、思います。
といいつつ、私もやっぱり「杉浦さん、オレは行きません」が良かったなあと・・です(苦笑)
2009/10/7(水) 午前 1:13
少年野球の子供達からは「酔っ払いコーチ」,,コーチや父母会からはたまに「あぶさん」と。。酒と野球が命のワタシと致しましては,こんな言葉を浴びせられると,其れは其れは嬉しくて^^。(個人的な話しをゴメンなさい・・)。。
今井雄太郎さんや金村さんの話しを聞くと思わず相好を崩してしまうのも無理は有りませんよネ。
実はあぶさんの晩年の話しは読んでいないんです。
ですからズーット「代打一筋」だと思っておりましたが,↑のaout様の記事を拝読させて頂きまして,そーなんだぁとワタシも少し残念になりましたです。。
四谷の「あぶさん」!いつか連れて行って下さいヨ!!。
2009/10/7(水) 午後 9:07 [ shin137n ]
「遂に」と言うべきか、それとも「漸く」と言うべきなのか、あぶさんにも引退の時がやって来ましたね。
自分は決して『あぶさん』の熱心な読者ではありませんでしたが、それでも「一つの時代の終わり」を感じました。
あぶさん、長い間ありがとうございました。
水島先生も長い間お疲れ様でした。
ところで、昨日の試合結果や内容を見ると、試合そのものよりも「あぶさん」の引退セレモニーの方が盛り上がったのではないかと思います。
また、ヤフードームに詰め掛けたお客さんも、試合よりも「あぶさん」が目当てという人が多かったのではないかと推察します。
言い方を変えれば、そんな試合やプレーしか見せられないホークスの選手たちはあまりにも情けなさ過ぎます。
2009/10/7(水) 午後 9:30 [ mannennetaro2005 ]
あぶさん、ダイエー時代の途中から読んでません。
大阪球場で引退してほしかったなぁ。
でも、南海ホークス、緑の電車、ロケット広場もなくなり、とうとうあぶさんも、と思うとやっぱり寂しいわ・・・。
2009/10/7(水) 午後 11:18 [ - ]
あくまでも「個人的意見」なんですが・・
あぶさん、水島先生は「引き際」のタイミングを、見誤って
しまったのではないかと、僕は思うんですね。
先生が「大阪」よりも「ホークス」を選択した時点で
あぶさんは、「庶民のヒーロー」ではなく「みんなのヒーロー」
にならざるを得なくなった。それが良いか悪いかは別として。
そう僕は思うんです。
前・監督が在任中は、辞めさせられない・・というような
「配慮」もあったのかもしれませんが。
そういえば、どこかのチームにも、「引き際」を誤りかけている
「リアルあぶさんもどき」が、存在します。
あぶさんが、「代打」から「レギュラー」として新境地を
見出したように、彼にも、凝り固まった概念を捨て、発想の転換を
すべき、という適切な「助言」が出来る人間が、周囲に一人でも
いればいいのに、という事を、一人の野球ファン(笑)として、
感じます。
2009/10/11(日) 午後 7:43 [ - ]
>shin137nさま
師匠なら、あぶさんとも「タイマン勝負」が出来そう・・ですね(笑)。
金村さんの「川崎与太話」、サイコーでした(笑)。
むかしは、そんな豪傑がイッパイいた・・んですよね。。
あぶさんの「晩年」は、私も拾い読みしかしていません。
「4割打者」とか「連続三冠王」とか「還暦で息子と対戦」とか・・。
「庶民派のヒーロー」だったはずなのに、いつのまにやら「スーパーマン」になってしまって、なんとも興醒め・・でした。
四谷、本当にぜひ一度、行きましょう!!
2009/11/23(月) 午後 8:38
>mannennetaro2005さま
やはり、残念ながら「ようやっと」というのが・・でしょうね。
「あんな飲んべえが、還暦までアスリート出来るかよぉ」というのが・・・です(苦笑)。
私が初めて「あぶさん」を知ったのは、小学生の時代でした。
関西の親類宅に(当時の)全巻が揃っていて、熱心に読んでいたら「全部、やるよ」と・・。
当時のパリーグの選手のことを知るための、貴重なバイブルになってくれました。
(九州以後のあぶさんは、ほとんど読んでいません)
「あぶさん目当て」。
確かに、そういう方も多かったのかな・・ですね。。
ただ、もしそれほどまでに「あぶさん」に愛着を持ってくれていたのなら、ぜひとも「初期のころのあぶさん」にも、興味をもってほしいな・・と、思います。
それがすなわち、「チームの歴史」を知ることにも、なりますから・・ね。
そんな人が多少なりともいてくれるのならば、ここまで現役でいてくれたこと、あながち悪かったとは言えないかも・・です。
2009/11/23(月) 午後 8:45
>はごさま
遅くなってしまって、すみませんでした・・。
ご訪問、ありがとうございました。
あらゆる「南海遺産」が失われていく中・・と考えると、「あぶさんの長寿」、やっぱり貴重だったと言えるのかも・・しれません。
私も、本当は「大阪球場で・・」なんですけど・・ね。
2009/11/23(月) 午後 8:47
>ハム太郎様
水島先生が、なぜ大阪で終わらせなかったのか・・については、真意が定かではないのですが、チームが九州に移ってからも、家族と居酒屋は変わらずミナミに・・という部分に、何となく「ホークスはホークスなんですよ」というメッセージが隠されていたのかな?という気が、しなくも・・です。
しかし、いくらなんでも現在まで・・は、長過ぎですが(笑)。
せめて、「ダイエー優勝」あたりまで・・でしたね。
「リアルあぶさんもどき」。
どこの誰なのかは、あえて書かないようにしますが(笑)、仰るとおり、「適切な助言」が出来る人間、ぜひとも・・ですね・・。
2009/11/23(月) 午後 8:52