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「終電乗り過ごし」。 JR・蒲田駅には、何度か寝泊り(呆)をしたことがあります。 駅周辺のホテルは、いつも満室。 公園のベンチで寝そべっていたらオマワリさんに見つかって、「財布とか持ってるんだろ?交番の前で寝なさい。初電の時間になったら起こしてやるから」なんて言われたことも、ありました。 (交番の”中”に入れてよ・・) 前日とおなじ背広を着て、ガラガラの初電に乗り込むときの虚しさ。 今となっては、懐かしい思い出・・です。 京浜東北線・蒲田駅。 発車の際にホームに流れるメロディは、「あの曲」です。 ♪ かっとばせ加藤 かっとばせ加藤 かっと〜ば〜せ加藤 ・・・ よく、口ずさんだりしました。 「スーパーカートリオ」・加藤博一さんの歌・・。 月曜日。 会社仲間との間でつかこうへいさんの話題になったとき、真っ先にこの映画(&舞台)の話が・・でした。 まだ小学生の頃、TVCMの予告で「あの曲」を耳にしたことは憶えていますが、きちんと観たことは一度も無かった。 いい機会だから・・でした。 「人情喜劇」。 大部屋俳優にスポットを当てた、「映画バカ」達の物語です。 舞台は、京都・太秦撮影所。 むかしは、「うずまさ」が読めなかった。親類も住んでいるのに。 叡山電車のレトロ感も相まって、心地よく昭和の情景を楽しませてくれます。 松坂慶子さんは、前年の「寅さん」に続いての、2年連続主演女優賞。 風間杜夫さんというと、我々の年代?には未だ「スチュワーデス物語」のイメージが・・ですが、まさにその頃の・・ですね。 平田満さんは、個人的に昔から大好きな俳優さんのひとり。 劇中の、「ヤス」。イメージ・ママでした。 「いつか公平に」。 在日韓国人。 不勉強ゆえ、つかさんのことはこの作品でしか存じていないのですが、「深い願い」が込められていたんですね。 今更ながら、見事な作品でした。 合掌。 |

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蒲田を「かばた」と読み間違えていました(汗)夜行ったら怪しい飲み屋とかあって怖かったのを覚えていますね。。。今は平和島行くときに使う駅と。。。
2010/7/17(土) 午後 9:09
深作欣二という映画監督を知ったのは、丁度この映画が公開された頃でした。
当時の深作監督のイメージは、「松坂慶子の映画を撮る人」でした。
風間杜夫という俳優を知ったのもやはりこの映画がきっかけで、風間さんはこの頃から「甘いムードの二枚目」として人気を得るのですが、この人の俳優としてのキャリアや売れるまでの紆余曲折を知ったのは、これから少し後のことでした。
「性格俳優」としての地位を確立し、落語ファンとして自らも一席演じるという一面も披露する今日からすれば隔世の感があります。
『ゲゲゲの女房』を見ていると、自然と『蒲田行進曲』を思い出し、時の流れを感じます。
大体、この映画が公開された年は、「村井茂」君が生まれた年でもあるのです。
『蒲田行進曲』は、翌昭和58年にテレビドラマ化され、前・後編に分けて放送されました。この時の「銀ちゃん」役は、当時つかさんに師事していた沖雅也さん。
図らずも、この人の「生前」と「死後」に跨った作品となってしまいました。
2010/7/18(日) 午後 0:57 [ mannennetaro2005 ]
つかこうへいさんが亡くなったのは知ってましたが、そんな意味が込められていたのですね。
蒲田行進曲、見ました。
遠い記憶ですが、階段落ちのシーンが思い出されます。
2010/7/19(月) 午前 11:25 [ Rascal ]
>ファイティさま
地元の人間でなければ読み間違う駅名って、多いですよね。
阪急宝塚線の「雲雀丘花屋敷」なんて、東京の人には絶対に読めないと思います(笑)。
私にとっての蒲田駅は、「野宿の場所」としか・・(爆)。
2010/7/21(水) 午前 1:34
>mannennetaro2005様
無知でお恥ずかしいかぎり・・なのですが、私にとっての「深作監督」というのは、ホンの数年前までは「仁義なき・・」のイメージでしか、ありませんでした。
風間杜夫さんの「寄席」。
記憶が非常に曖昧なので間違っていたら恐縮なのですが、何年か前に新宿で飲んでいたときに末広亭のそばを通ったときに名前を発見し、「?!あの風間杜夫??」となって、その後友人と「スチュワーデス・・」の話で盛り上がった・・ということがありました。
「ゲゲゲ・・」は土日に再放送で少し見るだけ・・という程度なのですが、風間さんは拝見したことがありませんでした。
「重要人物」としてご出演なさっているんですね。
「村井茂君」は、B級映画「ガチ☆ボーイ」での好演が印象に残っています。
沖雅也さん。
小学生の頃の「事件」だったのに、今でも京王プラザを見るたび、必ず思い出します。
沖さんの銀ちゃん、ぜひ観てみたかったです。
つかさんの作品(舞台)では、「広島に原爆が落ちた日」も、ぜひ観てみたいなと思っています。
2010/7/21(水) 午前 1:44
>ラスカルさま
ご無沙汰してすみません。ありがとうございます!
「階段落ち」。この作品の最重要場面・・ですよね。
つかさんの「芸名の由来」については、実は確証はないのだそうです。
ただ、「自分だけではなく娘も”いじめ”に遭った」「在日は韓国でも酷い扱いを受ける。どうしたらいいのか」というお言葉から察するに、やはり「願い」が込められていたのかな・・という気が、します。
2010/7/21(水) 午前 1:55
日本では「韓国人」といって差別され、韓国では「日本人」といわれて差別される・・・在日韓国人の悲哀は、韓国プロ野球の草創期に海を渡った元日本プロ野球選手たちを描いたノンフィクション「海峡を越えたホームラン」(関川夏央著)にも登場します。中々調子の上がらなかった元ファイターズの宇田東殖投手は同僚の野手から「ウダさん、お酒でも呑んで投げたら?」と揶揄され、ついに我慢の限界に達して一端チームを飛び出そうとします・・・どこの国にも心無いことを言う輩はいるものです。ただ宇田や福士敬章、木山英求、木本茂美たちがいたからこそ、韓国プロ野球の今日の基礎は築かれたのだと思うと、決して彼らの存在は無駄ではなかったと思います。つかさんの人生にもきっと同じ様な思いが詰まっていたのではないでしょうか?合掌
2010/7/22(木) 午後 7:38 [ aout58 ]