|
「パネルクイズ・アタック25」。 初めて観たのは、4歳のとき。 昭和50年。 阪急ブレーブスが、初めて日本一になった年。 タイガースの看板バッテリーが、江夏&田淵だった時代です。 超・長寿番組。 「35年間、毎年見続けているテレビ番組」(!)なんて、間違いなくこれしかありません。 クイズダービーの終了&はらたいらさんの訃報に接したときと、まったくおなじ喪失感。 偉大なるマンネリ。偉大すぎるワン・パターン。 博多華丸に、引き継いでほしいな。 「児玉さんに会えない日曜日」なんて、想像出来ないです。 お疲れ様でした。 本当に、ありがとうございました。 合掌。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- テレビ
- >
- バラエティ番組




やっぱアタック25は児玉さんじゃないとダメですわ〜
代役のアナウンサーではな〜
これからど〜するんだろ?華丸がモノマネで登場ってのは難しそうですよね〜。アニメならまだしも・・・
2011/5/18(水) 午前 11:58
訃報を聞き、きっとkusaちゃんが。。
と想っておりました。残念です。
最近はタレント?芸人?が増え?!
視聴者参加のこういったクイズ番組が減った中で、(自身には難しい問題ですが)落ち着いて観られる番組で私も好きでした。
「アタックチャンス!!」少々、チカラが無く感じてはいましたが、寂しいです。
合掌
2011/5/18(水) 午後 10:41 [ mantoman0520 ]
児玉さんの訃報は本当に突然で残念です。
アタック25は、日曜日の昼過ぎにいつも同じテンポで安心して見られる番組でした。
ご冥福をお祈りします。
2011/5/18(水) 午後 10:47 [ ゴロー ]
お久しぶりです。
ニュースで児玉さんの訃報を知り、絶句しました。
「偉大なるマンネリ。偉大すぎるワン・パターン。」
素晴らしい言葉だと思います。安心する、そのマンネリが好きだ。。。
ご冥福をお祈りいたします。
2011/5/21(土) 午後 1:10
「学習院大学出身の芸能人」というのはなかなかいるものではありませんが、児玉清さんはその「なかなかいない芸能人」であり、またその「なかなかないキャラクターと存在感」で長らく我々を楽しませてくれた方でした。
今年1月にお亡くなりになった細川俊之さんも学習院大学出身(こちらは中退)。
奇しくも「学習院大学出身の芸能人」が立て続けに旅立ってしまったことになります。
『パネルクイズ・アタック25』という番組は、やはり児玉さんの司会と山下毅雄さんの音楽があって成り立っていたと思います。
山下さんが亡くなった後も、その音楽は残っていたため番組のイメージは損なわれることは殆どありませんでした。しかし、児玉さん亡き後の「アタック25」は、全くイメージの異なる番組となってしまうことは否めないでしょう。
日本のテレビ界における一つの時代が終わったという思いを強く感じています。
御冥福をお祈り致します。
2011/5/23(月) 午後 8:19 [ mannennetaro2005 ]