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「くさちゃん、松田って、そんなにいい選手だったの?」 「松本”サンガ”って、Jリーグじゃないんだよねぇ?」 毎月恒例の、焼肉会。 貸切の個室にはテレビがあって、ニュースは松田直樹のことを伝えている。 当然、「目くじら立てて」憤ることなど、ありません。 「うん。凄い選手だったよ」 「松本”やまが”って、読むんだよ。”山にみやび”って書いて。アレ、選手が通っていた喫茶店の名前なんだ」と、答えました。 長野県松本市出身のカゴタ君が、口を挟みます。 「信大病院には、自分もよく行きましたよ。」 「松本山雅は、自分も応援してました。貧乏なクラブだから。AEDがあったら、ひょっとしたら助かったかもしれないですよね・・」 AEDうんぬん・・という件については、正直、よくわからない。 でもカゴちゃん、ありがとう。 「マリノスで選手生命を全うしていたら、少なくともこんなことにはならなかったよな」。 サッカー通の、スズキさん。 うん。 そうかもしれないよね。 たぶん、そうだったでしょう。 横浜F・マリノスへの「憤り」は、私も未だ、少なからず持っている。 でも同時に、「俺マジ、サッカー好きなんですよ」。 JFLを選んでくれた松田さんの「心意気」、「正真正銘のサッカー愛」もたまらなく嬉しかったし、 心底、「ありがとう」と思ったこともまた、事実でした。 「(チームメートは)俺よりサッカー好きなんだなって。俺も負けないけど。でも、本当にいい。本当に来てよかった。これ伝えたいんだよな、このよさを」 「苦しいんだけどね。『もう辞めてー』とか、ふざけて言うけど、『なんだこれ』みたいな。でも、それって幸せな悩みだよね。悩めば悩むほど、苦しめば苦しむほど、最後笑ったときに、半端ない喜びが待っているだろうなと感じるし。これを打破できるのは自分しかないし、逃げるのは簡単だし、今は、それとの戦いに勝ちたいなと思います」 いま、埼玉県のネットカフェにいます。 涙が、止まりません。 俺の悩みなんて、ほんとうに本当に「ちっぽけ」だ。 恥ずかしいです。情けないよ。 「J2に上げる? 馬鹿じゃねぇの。 J1だよ」。 頑張れ、やまが。 松田選手。ありがとう。 合掌。
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Jリーグ
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本当に偉大なサッカー小僧がいってしまいましたね。
中田英もそうですけど松田も同じでこんな選手は出てこないかもしれませんね。
2011/8/6(土) 午前 2:00 [ サト ]
松田直樹もアントニオ・プエルタ同様、心臓の病で急逝されました。心肺機能なら常人を遙に凌ぐ筈のサッカー選手が、しかも現役中に何故?の思いが消えません。松本山雅の選手たちには何とか頑張ってもらって、もう一度マツ(のスピリット)をJのピッチに連れて戻って来て貰いたいです。合掌
2011/8/6(土) 午前 8:38 [ aout58 ]
シドニー・日韓とトルシエジャパンには欠かせない選手でした。。
寂しさとともに、悔しさがこみ上げます。。安らかにお眠りください、合掌
2011/8/6(土) 午前 10:26
原因がわからないんですよね・・・。
6日、小瀬の広島戦に行ってました。キックオフ前に松田選手への黙とうがありました。(一週間前にマリンで伊良部投手の黙とうをしたばかりですね・・・)
2011/8/6(土) 午後 11:34 [ ゴロー ]
JFLでの活躍や、もしかしたら指導者としてもこれからが期待された選手でしたよね。
やるせない気持ちでいっぱいです。
ご冥福をお祈りいたします。
2011/8/7(日) 午前 6:50
>サトさま
敵方として対峙したときの「小憎らしさ」と、味方(代表)として応援するときの「頼もしさ」と。
どちらの印象も強烈な、偉大なサッカーマンでした。
松本山雅は、甲府にとっても「遠い親戚」のような親近感のあるクラブ。
移籍を決めてくれたときの嬉しさと感謝の気持ちは、一生忘れません。
2011/8/7(日) 午後 10:46
>aout58さま
アントニオ・プエルタだけでなく、ここ10数年の間にも、実はかなりの数の選手が・・だったようですね。
中村俊輔も2年前、海外で同僚を失っていたそうです。
短期間で、2度。やりきれない思いだったろうと思います。
「先天的に心臓が弱い」という選手は、当然ながらいるのでしょうし、そうなるとやはり「サッカー選手なんだから」ではなく、徹底した自己管理・クラブの危機管理が必要になるのかもしれません。
プロレス界でも、弱小団体になると専属ドクターすらいない所が多いそうで、応急の処置が出来ずに亡くなった選手が大勢出ています。
山雅にはぜひともJ入りを果たしてほしいですが、今回の悲劇を活かした環境整備もぜひに、と思います。
2011/8/7(日) 午後 10:53
>おいやんさま
伊良部に続いて、あまりにも急なニュース。
ウィキの検索ランキングで1位が「松田直樹」となっていたのを見たとき、不覚にも「何か悪さでもしたのか??」と、思いました。
今でも信じられませんし、悔しいですし、悲しいです。
草津の熊林が、ゴールを決めた後に天に向かって何か叫んでいました。泣けました。
2011/8/7(日) 午後 10:57
>ゴローさま
「8月6日の広島戦」で、「黙祷」なんて・・。
伊良部の件から、まだ数日しか経っていないのに。
「一筋縄ではいかない人物」「実は繊細で研究熱心で、心底野球&サッカーを愛していた」という部分、二人はよく似ていましたね。
2011/8/7(日) 午後 11:00
>じろう様
最後に「独立リーグ」を選んだ伊良部と、「JFL」を選択した、松田選手。
二人とも、「曲がったことが嫌い」で誤解を受けやすい部分がありましたが、本心では「指導者」への夢がきっとあっただろうと思います。
本当に、残念で仕方ありません。
2011/8/7(日) 午後 11:02
松田直樹が亡くなった8月4日という日は、渥美清の命日でもあります。
渥美さんは平成8年のこの日、68歳で世を去りました。その同じ日に、渥美さんの丁度半分の年齢で亡くなってしまったことは皮肉であり、また痛ましさをより感じます。
「現役選手のまま若くして亡くなったスポーツ選手」というのは、それだけでも鮮烈な記憶として人々の心の中に残るものです。
しかしそれはファンにとっても、また当人にとっても決して本意ではなかったであろうということを、敢えてここで言いたいと思います。
そういう意味で、松田直樹のような選手が二度と出てこないことを祈るばかりです。
2011/8/13(土) 午後 8:15 [ mannennetaro2005 ]
>mannennetaro2005様
「命日」。
迂闊でした。そうでしたね・・。
お恥ずかしい限りです。ありがとうございました。
「丁度半分」というのがまた、あまりにも悲しいです。
松田選手が「実は独り身になっていた」(離婚)ことも、含めて。
「現役選手のまま若くして亡くなったスポーツ選手」というと、バファローズの小瀬浩之さんもまた、そうでした。
「死に至った原因」は全く異なるとはいえ、これもまた未だ忘れられない、悲しい出来事でした。
(あっという間に誰も話題にしなくなったことも含めて・・です)
松田さん・小瀬さん。
仰るとおり、二度と出てきてほしくはありません。
2011/8/14(日) 午前 1:01