人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

懐かしのプロ野球

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ノムさんと「神様」

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初めて対戦したのは、二軍戦。
「なんだコイツは。こんな凄いピッチャー、どこから連れて来たんや?」と思いました。

後で聞いた話ですが、実は南海でバッテリーを組んでいた可能性もあった。
ホンのちょっと先に、西鉄にさらわれたんだね。

オールスターで初めてバッテリーを組んだとき、外角低めと内角高めに構えて、何球かずつ投げさせてみた。
全部、ミットを構えた所に来ました。大変なコントロールだった。
長いことこの業界でやってきたけれど、間違いなくナンバーワン。
稲尾ほどコントロールの良い投手はいなかった。

当時はビデオなんてない、16ミリのフィルムです。
鶴岡さん、南海の監督の鶴岡さん、”私のお師匠さん”。
「お前、よう打つ言われるけど、稲尾のシュートはよう打たんなぁ」と言われましてね。
カチ〜ンと来た。ムッとしてね。
16ミリで撮った映像で研究しましたよ。徹底的に。
わかったんです。見事に。「クセ」がね。
次の対戦で、打ちましたよ。狙い撃ち。

それをね、スギ(杉浦忠)がねぇ、3人で話をしていたときに、言うんだ。
「サイちゃん(稲尾)、コイツ、よう研究しとるよ、シュートを」と。
まったく、余計なコト言うなオマエ!って言いましたけどね、その瞬間に稲尾ね、表情がガラっと変わった。
次に対戦した時には、完璧に変えてきましたね。また打てなくなった。
当時はまだ、どの投手も「手元」を隠してなんかいなかった。
私が研究を始めてからなんですよ。投手が手元を隠すようになったのは。
けっこう貢献してるんだ、私はね。野球界に(笑)。


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私にとっての稲尾は、「教科書」でした。
稲尾無くして、野村は無かった。
野村無くしても、稲尾はあったろうけどね(笑)。

田中マー君が1年目に活躍して、新人王獲って。
2年目にね、「どんな投手になりたいか?」と聴いたら、「ストレートで三振が獲れる投手になりたい」って言うんだ。
で結局、失敗した。成績落としてね。
その時にね、話をしてやったんです。稲尾の話をね。
「投手は、速い球だけやないぞ。コントロールやぞ。むかし、稲尾って投手はな・・」。

ヤクルトの監督の時にも、投手にはとにかく「シュートを投げろ」と言った。
稲尾って言うと誰もがスライダーって言うけど、私に言わせれば「シュート」なんです。
とにかく、シュートが嫌だった。シュートあっての、スライダーだったんですよ。
だからヤクルトの投手にも「シュート覚えろ、シュート覚えろ」って、言った。
そこから出てきたのが、川崎憲次郎ですよ。

監督になってからも、「稲尾が教科書」だった。


イメージ 3

永久欠番? 「遅い!」。
私に言わせれば、「何を今さら」ですよ。
大変な番号なのに。

パ・リーグは、昔からそういうところが鈍感と言うかね。
近鉄の鈴木啓示が欠番だったけど、近鉄が無くなっちゃって、それ以来いなかった。

出来ることならね、本人が元気なときに、生きている間に、こういうことをしてやってほしかったですね。


「鶴岡さん。”私のお師匠さん”」


なんだか、感涙。「大収穫」。

「雪解け」。
稲尾さんの「おかげ」です。

さすが、神様。
ありがとうございました。

閉じる コメント(8)

ノムさんが鶴岡親分を師匠と呼んだのは、歳を取って丸くなったからなのか、それとも野球人野村克也は元々そんなに偏向していた訳ではないのか。。。いずれにしてもサイさんが言わせた一言なんでしょうね。西武ドーム行けば良かった。。。

2012/7/2(月) 午前 2:19 [ aout58 ]

今回のゲストは野村さんでしたか。こんな話ははじめて聞いたので感動ですね!

2012/7/2(月) 午後 6:39 ファイティ

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「今まで知らなかった話」と「前から知っていた話」の両方が出てきて、ここで読んだだけでも面白く楽しめました。
稲尾さんは生前のインタビューで「オールスター戦でノムさんとバッテリーを組むのがイヤだった」と語っていた記憶があります。やはり「キャッチャーとしての素晴らしさ」と「バッターとしての恐ろしさ」を共に知り尽くしていたのだと思います。
その稲尾さんとノムさんがホークスでバッテリーを組んでいたかも知れないという話は、「今まで知らなかった話」であり、ライオンズとホークスが選手の獲得でも熾烈な戦いを繰り広げていたことが分かって興味深いものでした。
お互いに「忘れ難い最大のライバル」だったのでしょう。
実は、ノムさんと稲尾さんは同じ年(昭和45年)に監督に就任しています。
監督としても「良きライバル」となるべき所が、「それどころではなかった」のが今となっては残念です。

>「大変な番号」。
「ホークスの『19』番」も「大変な番号」である筈なんですが…。

2012/7/2(月) 午後 11:21 [ mannennetaro2005 ]

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野村が鶴岡さんを師匠と呼んだ?
嫁が知ったら大激怒ですよ!《笑》

2012/7/4(水) 午後 11:16 [ くーちゃん ]

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>aout58さま
「お師匠さん」と言わせたのがサイさんなら、「元老にぶっ飛ばされた」を言わせたのは、”あのオンナ”。
やっぱり、「丸くなった」というよりも・・のような気が、私もいたします。

「僕は楽天なんかじゃなく、ほんとうは南海に永久欠番にしてほしかったんだよ」。
それが実現しなかった理由も・・・。嗚呼!!

2012/7/15(日) 午後 11:57 くさちゃん

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>ファイティさま
考えてみれば、ノムさんだって「埼玉ライオンズ一期生」。
ライオンズのOB・・なんですよね。

ノムさんの引退試合が行われたのも、この球場でした。

2012/7/15(日) 午後 11:58 くさちゃん

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>mannennetaro2005さま
こんな拙い文章にお付き合い頂いただけでも、本当に光栄に思います。ありがとうございます。

西日本新聞社発行の「鉄腕伝説・稲尾和久」という本に、「幻の南海入団」についてのご本人の証言が掲載されています。
もっとも早くから気にかけてくれていたのは南海で、ご本人も「どちらでも良かった」。
結局、最後は「お父さんの意向」が・・だったのだそうです。
「親父は借金で苦労したひと。南海が仲介役に”金貸し業の人間”を使ったのが、気に入らなかったようだ」・・。
いづれにせよ、「西鉄稲尾・南海野村」であったこと、やっぱりもっとも素晴らしい運命であったように思います。

稲尾さんの「24」は、誰もが「本人や奥さまがご存命のときだったなら・・」と仰いましたが、ノムさんの場合は「”奥”が”ご存命”の間はとても・・」。
これが、”何よりも哀しいこと”のように、思います。

2012/7/16(月) 午前 0:13 くさちゃん

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>くーちゃんさま
いまこそ、くーちゃんさまの”名台詞”を・・。

「ワシらは、お前に大激怒やっちゅうねん!」・・(笑)

2012/7/16(月) 午前 0:15 くさちゃん


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