さっき鏡で(ユニフォーム姿を)見たんですけどね、懐かしいなぁと思いましたね。 なんだか若返ったような気分というか・・。お腹まわりは、大分立派になっちゃいましたけどね・・(笑)。 この帽子はね、最初は嫌だったですね。子供用の帽子みたいでね。 西本さんも、「子供の目印にちょうどいい」って。 でも、いま見るとなかなかに斬新ですね。 一番印象に残っているシーンは、南海戦の平野光泰さんのバックホーム(79年・優勝決定試合)。 センターに抜けた瞬間は「もうダメだ」と思ったけれど、ホームに向かって物凄いボールが来た。 これは落としたら大変だと、緊張したのを憶えていますね。 鈴木(啓示)さんには、200勝したあたりから指名してもらえなくなった。 別に、指名料を取っていたわけじゃないんだけどね(笑)。 食事に連れて行ってもらった時に聞いたんですけど、「お前じゃ燃えないんだ」と。 僕は性格的に、打たれても「ドンマイ、仕方ないですよ」のタイプなんだけど、有田(修三)さんは平気で「アンタ、こんなボールでよう200も勝てたね」なんて言うんだと・・(笑)。 それで燃えるんだって、言ってましたね。 (捕手2人体制は)そりゃ、メシのタネなんですから、ゲームにはもっと出たかった。 でも、出られない時にはベンチから「自分ならこうする」なんて研究してね、勉強にはなりましたね。 「こんにゃく打法」。 僕は元々、バットのヘッドが下がるクセがあったんです。 で、それなら最初っから一杯まで下げてしまえばいいと、あんなフォームになったんですね。 10.19はねぇ・・。 あの、いっつもお客さんがいない川崎球場、200人とか300人とかしかいない川崎球場(笑)に、物凄いお客さんが入ってね。 外野席の後ろにあるビル(マンション)にも、人がよじ登っててね、大変だったですね。 亡くなってしまった鈴木貴久がね、転げるように還ってきて、中西さんと抱き合ってね。 忘れられないですね。 日本ハムの監督としてここ(大阪ドーム)に来たときは、やっぱり変な気分でしたね。 「なんで俺が3塁側におるんやろ?」とかね。 近鉄の歴代の監督で300勝以上を挙げた人は、西本さん・仰木さんと僕だけなんです。 西本さんは8度も優勝なさって、でも一度も日本一にはなれなかった。 やっぱり、「日本一」というのには今でも拘りがありますし、またチャンスがあれば・・とは、やっぱり思いますね。1000勝もね。 大村直之ですか・・? 実は日ハムの監督だったときにね、獲得を打診したことがあったんですよ。 でも当時は、球団が若手中心に切り替えたいという方針だったから、実現できなかった。 いまも、野球は続けているようですよ。 もし今でも近鉄バファローズが存在していたら・・? どうですかね・・。 一度くらいは、日本一になれていたんじゃないかな・・と、思いますね。 やっぱり、そうであってほしいですよね ・・。 「”どこの球団”とは申しませんが、また監督就任のお話とか、あるんですか?」 「マスコミ関係の方もおりますので、”そういったご質問”はちょっと・・」 インタビュアーのコメントの端々に、なんだか妙に「嫌なもの」を感じました。 「もう”話”、出来てるんじゃないの・・?」と思うような空気も、梨田さんご本人から何となく、感じたり・・。 そしてそれは、大きな拍手で「煽っている(ようにみえる)」”現”バファローズ・ファンの”予想外の多さ”によって、より一層「嫌なもの」になりました。 ”それ”が嫌だ!おかしい!と言いたいわけでは、ないんです。 むしろ、「やっぱり、”ココ”しかないんだものね」とも、思うんです。 でも、何と言ったらいいのだろう・・。 お話全般、やはり「流石やな上手やな」ではあったものの、特に初めて聞くようなエピソードもなく(例外といえば、”帽子の話”くらいでしょうか)、なんだか「慎重に内容を選びながら」お話をされているように感じました。 それがより一層、「寂しいな」「切ないな」という気持ちを、助長しました。 無論それは、「梨田さんが云々」ということでは、決してなく・・です。 「近鉄と言うチームは、個人個人がバラバラに好き勝手やって、結果的にそれがひとつにまとまって勝つチームだった」。 ファイターズは、「真逆なチーム」でした。 だから、「居心地、悪かったでしょう・・?」とも、やっぱり、思う。 もう一度、「ほんとうにやりたかった野球」、したいんじゃないかな・・とも。 もし、「就任」(”復帰”では、ない)となったら、残念だけれど静かに・コッソリ、応援します。 私はやっぱり、「ニシモトの血」「猛牛の血」が好きだから。 「偽物の猛牛」。 でも関西にはもう、「パの球団」はその”偽物”たったひとつしか、ないのだから・・。 因みに私、「あの帽子」、好きでしたよ。梨田さん。 それは私が当時、「子供」だったからなのかもしれないですけど(笑)・・ね。 |
懐かしのプロ野球
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トークショーですか? 羨ましい♪
OBや選手の生の声を聞ける機会は貴重ですね(^^)
2012/8/15(水) 午後 6:58
自分にとっては、物心が付いた時分からバファローズといえばこの「三色帽」だったので、「嫌だ」と思ったことはありませんでした。
寧ろ、赤ラグランのユニフォームよりもずっと後に登場したことを知った時の方が驚きでした。
この帽子の発案者が誰なのかは知らないのですが(恐らく西本さんでしょうが…)、斬新であるとの同時に、意匠の面で常にセ・リーグの先を進み、上を行っていたパ・リーグのチームならではの発想であるように感じました。
岡本太郎・作の「猛牛マーク」も含めて、こうした分野での近鉄バファローズの功績も、長く語り継がなければならないでしょう。
梨田さんの現役生活にとって、「ライバル」だった有田さんの存在は大きく、それは有田さんにとっても同様だったと思います。
「コワモテ」で「強気のリード」が売りだった有田さんの「近況」を聞く度に、「隔世の感」を禁じ得ないのは自分だけでしょうか?
「ガッツマン」平野光泰さん。
バファローズが「消滅」して以来、表舞台には一切出てこないそうですね。
「執念のバックホーム」のことなど、色んな話を聞いてみたいです。
2012/8/15(水) 午後 11:09 [ mannennetaro2005 ]
大村直之に限らず、プロの一線でやっていた人間が「浪人」しているというのは何とも残念なことです。独立リーグがこういう人材の受け皿になることは出来ないのでしょうか?宮地克彦のような例がもっとあってもいいと思いますが・・・プライドが許さないのか、人間的な問題なのか・・・難しいですね。
2012/8/19(日) 午後 2:19 [ aout58 ]
>ないしょさま
私は正直、「いまのバファローズ」で梨田さんが・・は、やっぱりちょっと複雑な思いが・・なんです。
ゲームを見ているとき、真っ先に頭に浮かんだのは、「2004年の反対デモの風景」でした。
「いまのバファローズ」と「かつてのバファローズ」はまったく異なる存在であると、改めて感じてしまいました。
とはいえ、梨田さんにはもう一度ユニフォームを着てほしいし、日本一にもなってほしいし・・。
そうなるとやっぱり、「ここ」しかないし・・(涙)。
なんとも複雑、変な気分でした。
2012/8/26(日) 午後 4:38
>じろうさま
そういえば、スワローズのOB選手のトークショーって、実施された記憶がありませんね・・(涙)。
神宮球場はいろいろな制約があったりするので難しいのかもしれませんが、なんとか実現してほしいなぁと、思います。
杉浦さんは「本社勤務」のようですから、じゅうぶん可能な気がするのですが・・。
「つばさんぽ」のオマケ企画とかでも・・ですね。
2012/8/26(日) 午後 4:53
>mannennetaro2005さま
梨田さんのお話の内容から察するに・・なのですが、恐らく「帽子の発案者」、西本さんでもないような感じ・・です。
では果たして、誰だったのか・・。
いやしかし、なかなかに「いい帽子」であるように、今でも思います。ユニフォームと「一体化」していますよね。
つい先日、某鉄道誌で知ったのですが、岡本太郎さんは一部の近鉄特急に付けられたマークのデザインも手掛けていらしたのだそうです。
その縁が、バファローズによるものだったのか否か、ぜひ知りたいなと思いました。
昨年末、タイガースの監督候補に名前が挙がった、梨田さん。
結局ご破算になり、代わりに?コーチに就任したのが、有田さん。
なんだか妙な縁だなぁと思ったりも・・ですね。
昨年夏の「近鉄復活祭」では、小川亨さんがトークショーに参加なさいました。
平野さんにもぜひ、機会があれば素晴らしいお話、拝聴させていただきたいもの・・ですね。
2012/8/26(日) 午後 4:59
>aout58さま
つい先日、雑誌や一部報道で、G・G佐藤が元気に活躍しているというニュースを目にしました。
イタリア・セリエA(!)で、「野球を嫌いになりたくなかったから来た」・・。
素晴らしいな、良かったな・・と思っていたのに、直後のニュースで「解雇報道」。
無念。またどこかで頑張ってほしいなと、思います。
高津臣吾さんは、いまなお群馬ダイヤモンドペガサスで現役続行中です。
どんどんこういう「野球バカ」、増えてほしいものですが・・。
2012/8/26(日) 午後 5:05
” 偽者 ”チームには梨田さんの教え子がまだ少しはいましたよね?
もしそのチームの指揮を執る事があった時はその師弟関係に注目してみたいです。
2012/9/12(水) 午後 5:29
>モーリーさま
「教え子」、どのくらいいますか・・ね・・?
そういえば、そんなことをしみじみ考えたこと、ありませんでした。ありがとうございます。
どのくらいいるんだろ・・? だいぶ減ったんだろうけれど・・(涙)。
どうやら、新井宏昌さんあたりに落ち着きそうな気配ですね。両球団をしっている人物ですから、ある意味梨田さんよりはいいのかも・・です。
2012/9/23(日) 午後 10:24
37年前に近鉄バファローズのファンクラブに入会していた時にラジオ出演していた梨田さんの声を聴いて大ファンになりました。当時私は16才でした。ナイターのラジオで梨田さんのサインボールが当たったのですが届いた時は「井本投手の代替え品に替えさせて頂きます」とのことで物凄くショックでした。今だにサインボールがゲットできないままです。いつになったらもらえるのかな…。
2014/10/11(土) 午後 7:41 [ リコ ]
>リコ様
ご訪問いただき、本当にありがとうございます。
わたしの弟も、西本監督の初優勝の時からの近鉄ファン(だった)なのですが、実は井本投手のファンで、サインボールも持っていました。
今も私の部屋に、背番号12のボールが残っています・・(笑)。
それにしても、「勝手な変更」。失礼ですね。
梨田さんは先日、近鉄バファローズに関する本を出されて、大都市中心にサイン&握手会をなさっていました。
(私の地元でも開催されました。行けばよかったなぁ・・でした・・)
サインを頂く機会、今後もひょっとしたらあるかもしれませんね。
素晴らしいお話、ありがとうございました。
2014/10/12(日) 午前 11:32