戦争は真に悲惨なものです。 その戦争の残虐さ、空しさに、どんなに衝撃をうけたとしても、うけすぎるということはありません。破壊力の無軌道さ、無制限な大きさ、非情さ、について、いくらでも語りつづけたほうがいい、いまはそう思うのです。 しかし、あのとき、私は船の上でただ呆然として眺めていました。 どうしようもなかったから、眺めているより仕方がなかった。それもまたたしかなことなのです。 そこが戦争のほんとうの悲惨さであると思うのです。 戦争によって人間は被害者になるが、同時に傍観者にもなりうるし、加害者になることもある。 そこがはじまってしまった戦争の真の恐ろしさなんです。 そう考えると、これからの人間のすべきことが自然に浮かんできます。 自分たちの生活のなかから”平和”に反するような行動原理を徹底的に駆逐すること、そのことにつきます。 何よりも人間を尊重し、生きていることの重みをいつくしむこと、それ以外に戦争をとめる最良の行動はありません。 ふだんの努力をそこにおくのです。はじまってしまってはそれまでです。はじまる前にいつもそのことを考えているべきなのです。 戦争が人間の本性にどれほど深く喰いこんでいるか、わたくしたちはいまの世界の動乱やテロ行動をみるにつけ日々それを実感させられています。 ですから、単に戦争の外形的な悲惨さ、非情さ、残虐さを強調するだけではいけないのです。それだけでは、平和を守りえないことは歴史が証明しています。 ですから、自分たちの日常生活から戦争につながるようなことを、日々駆逐する、そのほかにいい方法はないのです。 そう、わたくしは自分の体験から学んでいるのです。 「15歳の東京大空襲」(半藤一利著)ちくまプリマ―文庫・刊) 年々、「3月10日に何があったのか」を取り上げるニュース報道が減ってきています。 今年も、「震災から2年」という報道が最優先になり、「その前日のできごと」は忘れ去られようとしている。 半藤一利さんが逃げ回ったと言う東京の墨田区・北十間川の周辺は、きょうもたくさんの観光のお客さんで賑わうのだろうと思います。 ひとりでも多くの方が、「ああ、きょうはそういえば・・」と思い起こしてくれること、願ってやみません。 |
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東京大空襲の時点で、戦争終結を考えていたなら、8月の広島、長崎は避けられた筈…結果論かもしれませんが、この日を迎えて思うことは毎年同じです。
2013/3/10(日) 午前 11:04 [ aout58 ]
戦前まで、我が国ではこの3月10日という日は「陸軍記念日」で、そのためにアメリカ軍は敢えてこの日を狙ったのだという説がありますが、その真偽は今でも定かではありません。
多くの尊い命が奪われて行くのは災害も戦争も同じで、それを悼む心も無論同じです。
「3・10」と「3・11」を通じて、戦争と災害の記憶を後世に伝えることの大切さを学ばなければならないし、また自分よりも下の世代の人たちも学んで欲しいと思います。
2013/3/15(金) 午後 10:29 [ mannennetaro2005 ]
>aout58さま
米国の原爆実験成功の報を知って、日本の降伏近しと慌てたスターリンが、対日参戦・満州侵攻の準備を早めた・・という話もまた、あります。
仰る通り、もしこの時期に終戦への判断を実行していたなら、より多くの犠牲を払わずに済んだのにと、思わずにはいられません。
何にせよ言えることは、「もう絶対にあってはならないこと」と全国民が願い、実行に移すこと、と思います。
2013/3/17(日) 午後 11:22
>mannennetaro2005さま
「皇国の空は絶対に襲われる危険などない」。
当時の国民は常々、そう教えられてきたと言います。
それゆえ、頻繁に・相次いで起こる空襲警報・焼夷弾の雨あられを見るにつけ、人々がどう思い、戦争の現状を察していたのかは、容易に想像することが出来ます。
「陸軍記念日を狙って戦意を喪失させる」は恐らく正解だったのだろうと思いますが、そうまでしなくても、もう国民の多くは既にうんざりな日々を送っていたのだろうと思います。
「被災していないひと・9割」。
東日本大震災です。
「全国民が”被災者”」だったあの戦争との、決定的な「違い」です。
「忘れ去られようとしているもの」と、「そもそも被災していない人びと」の意識はしかし、残念ながら似通っているような気がしてなりません。
まだまだ学ぶこと、いっぱいあるように思います。
2013/3/17(日) 午後 11:32