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「おい、阪急のアニマルが死んじゃったぞ」。 会社の同僚に、教えてもらいました。 ビックリしました。 「亡くなったということ」に対しては無論、「”阪急のアニマル”の知名度」にも・・です。 ライオンズ戦。 いつも閑古鳥が鳴いていた西宮球場を、清原和博さんと二人だけで「大入り満員」にしてくれました。 「投げてみないとわからない」危なっかしいピッチャーではあったけれど、でも、彼目当てに球場に足を運んだファンは、決して少なくなかったはず。 当時のパ・リーグにとっては、ただそれだけでも「稀有で貴重なプレイヤー」だったと思います。 彼もまた、古き良き昭和野球の大事な名脇役でした。 「亜仁丸 50」 帽子に頂いたサイン、いつまでも大事にします。 合掌。 |
懐かしのプロ野球
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アニマル・レスリーは豪快な立ち居振る舞いの反面、本当は気が小さく、投げる前は震えていたと聞きます。それを隠すための荒っぽいパフォーマンスだったんですね。私と同い年だったとは・・・早過ぎますよ。合掌
2013/4/30(火) 午後 11:28 [ aout58 ]
大ファンでした。たまに来ていた平和台球場のブルペンでも盛り上げてくれてました。オールスターゲームでガチンガチンに緊張して投げていたのを覚えています。あの雄たけびは忘れられませんね〜。ご冥福をお祈りいたします。
2013/5/1(水) 午前 10:53
酒でも飲ませれば落ち着いて投げれたのでは(違)
早すぎます。。。ご冥福をお祈りします。。。
2013/6/23(日) 午後 11:35