人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

プロ野球の本

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思い出のファイターズ

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ああ、私の中での野球が終わったなあと思いました。
でも、それは仕方のないことです。
お客は入らないし、それでいて球場の費用はかかる。
それならば新しい土地でと会社が判断したことは理解出来ましたからね。

北海道は99パーセント巨人ファンだと聞いていました。
でも、わが街のチームとなれば違ってくるんですね。

ただ、ファイターズは北海道のチームというのを聞いて、うれしい反面、東京で私たちは大変な思いをしてファンを集めていたんだぞっていう気持ちも、どこかにはあるんですよ。

仕方がないのかもしれませんが、年々、東京での試合が減っている気がします。
でも、まだ東京にもたくさんファンがいるんです。
おじいさん、おばあさんになる人もね。
みんなが応援していることを覚えていてほしい。

確かに数は多くなかったかもしれないけれど、チケットを買って球場に来てくれるお客さんがありがたかった。

ファンの人を、私たちは本当に大切に思っていたんです。


「俺たちの東京日本ハムファイターズ」(ベースボールマガジン社・刊)


元ウグイス嬢・川部栄子さん。
古くからパリーグに親しんできた方々なら、最低でも一度はその美声を耳にしたことがあるはず。

「1番センター・島田誠」。
ささきいさおさんの応援歌ともども、川部さんのアナウンスが、私は大好きでした。


物心ついた瞬間からの「熱狂的アンチ巨人」にありながら、私は後楽園球場も大好きで。
それはきっと、川部さんやささきさん、そして何より「東京ファイターズ」のおかげ。

1階の立見用通路。ゴンドラ席の屋根下。
ミットにボールが収まる音や打球音が、とても良く響くんです。
ファイターズの応援は「太鼓だけ」の控えめでシンプルなものだったから、「野球の音」がしっかり耳まで届く。
お客さんは多くないのに、けれど「オオー!」という歓声や拍手が、これまた屋根にこだましてよく響き、なんだか凄く盛り上がっているように感じられたりして。

その心地よさがたまらなく好きで、だから2階席のチケットがあっても、いつも1階で立って観ていました。
7回あたりになると係員が姿を消すので、「特等席でタダ見」なんてことも、よくやったものです。

東京ファイターズ。
特別に弱いわけではないけれど、「強い」というほどでもない。
地味で目立たない選手が多くて、チーム・カラーもはっきりしない。

学校の通信簿に例えるなら、「オール3」のチーム。
可も不可もないのだけれど、「なんだか物足りない」。
「東映のほうが良かった」だの「後楽園のB面」だのと、言われたりも・・して。

「でも俺は好きなんだよ。理由? う〜ん、なんだろう・・笑」。
そういうファンの人が、大勢いたチーム。
そんな気がします。

それで、いいんですよね。良かったんだ。
理由なんか、いらない。
後楽園とパ・リーグの野球が、私も大好きでした。


「東京があったから、札幌がある」。
ファイターズに限らない。
「セネタース」「フライヤーズ」だって。
この球団は、れっきとした「首都・東京のチーム」だったんだ。

忘れないであげてください。

札幌&北海道の、素晴らしいファンのみなさん。
「知りたい!知ろう!」と、思ってあげてください。

私たち東京人が愛した、「後楽園のファイターズ」のことを。


閉じる コメント(9)

高橋直樹さんと江夏豊さんの電撃トレード昨日のことのように覚えております。木田勇投手の1年目凄かったですね〜。大沢さん、近藤さんというユニークな監督もいましたね。

2014/3/2(日) 午前 8:31 スリング

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私の後楽園デビューは、新人年の「先発木田」。。^^。。素晴らしいピッチャーでしたね♪
そういえば、後楽園日本シリーズも応援にいったなぁ〜〜〜今考えれば、やはりファイターズには縁があったのかもしれませんね。。

2014/3/2(日) 午前 11:29 おいやん

今年は東京ドームの週末開催があり、今のところ私は休みです!絶対行きたいですが、チケット取れるかどうか。。。

2014/3/2(日) 午後 3:43 ファイティ

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>スリングさま
ご無沙汰してすみません! ありがとうございます。。

会社の上司の御子息が昨年まで在籍していた大学で、監督を務めていらしたのが、実は高橋直樹さんでした。
「先週、直樹と飲んだぞ」なんて普通に上司が言うものですから、「あんな大投手なのに悪友みたいに言わんでください!」って怒りました(笑)。

三原さん・中西さん・大沢さん・近藤さん。
なのになんで、あんなに地味なチーム・カラーだったのか?
今でもなんだか、不思議な感じがします。

2014/3/2(日) 午後 11:13 くさちゃん

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>おいやんさま
あの後楽園シリーズを!
羨ましい限り・・です。
ファイターズを応援して、学校中で馬鹿にされました。悔しい思い出です。

「ファイターズを変えた男」というと、誰もが新庄と言うでしょうし、実際そのとおりなのですが、「でも新庄だけじゃないでしょ??」・・なんですよね。

藤井純一さん。
このひとのファイターズ関連の本を読んでいると、「長居を自転車で走り回って集客活動した」なんていう、セレッソ時代の逸話もたくさん出て来ます。
「Jの理念」で球界に革命を起こしてくれましたね。
素晴らしいです。

2014/3/2(日) 午後 11:17 くさちゃん

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>ファイティさま
週末、ありましたね!
ただやっぱり、ファイティさんとは「アウェイの東京D」に乗り込みたいです(爆)。

「打倒G」・・ですね。今年こそ。

2014/3/2(日) 午後 11:19 くさちゃん

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「川崎オリオンズ」の次が「東京ファイターズ」とは、「俺たち」にとっては堪りません。

「東京ファイターズ」の30年を自分なりに総括すると、先ず挙げられるのは、何度かチャンスがありながらパ・リーグの「真の主役」にはなれずに終わったことで、これは「川崎オリオンズ」と共通していると思うと共に、フライヤーズ時代から続いた「不運な伝統」であったようにも思います。
もう一つは、トレード絡みでカープと因縁があったことで、しかも両チームの優勝に大きな影響を与えたことは見逃せません。
奇しくも今年は「日本ハムファイターズ誕生40年」。「東京ファイターズ・唯一の優勝メンバー」だった柏原純一さんが、コーチとして29年ぶり(!)にファイターズのユニフォームを着るというのは、東京時代からのファンにとっては嬉しい「サプライズ」なのかも知れません。

因みに、東京時代最後のユニフォームとなった、紺ストライプのユニフォームは、日本プロ野球における歴代の縦縞ユニフォームの中でもトップレベルであり、北海道移転後の斬新にして絶妙なデザインを以てしても、御役御免となったのが惜しいという思いが今でも消えません。

2014/3/3(月) 午後 9:36 [ mannennetaro2005 ]

高校の修学旅行で東京に行った際、夜の行動は4つの選択肢があって僕はプロ野球観戦を選びました。
カードは東京ドームでのファイターズVSライオンズ戦。
その時にG以外にもここを本拠地にしてるチームがある事を認識したのですが、今でもコアなファイターズファンの方がここで試合があるのを楽しみにしてそうですね。

2014/6/19(木) 午後 3:09 モーリー

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なつかし〜!!「特等席でタダ見」私もやりました!まさか あの体験を共有した人がいたとは! 「行沢プロ初ホームラン=走者追い越し」も観ましたよ!ルーキー木田の試合も!元少年ファイターズ=今中年ファイターズでオフ会あったら絶対行きます!!

2015/4/4(土) 午後 8:03 [ 中年ファイターズ ]


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