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会社の後輩で、大阪支社勤務の、K君。 入社3年目。 私が所属する埼玉支社に会議出席のために来たのですが、わざわざ私なんぞにも挨拶に立ち寄ってくれました。 初対面。 電話ではいつも連絡しあっているけれど、当然ながら仕事以外の話はしたことがありません。 城西大付属高&東京国際大学の野球部出身。 ずっとずっと、対面&話が出来る日を心待ちしていました。 K君、城西大附属(高校)の出身なんだよね? 私、実家が近所なんだよ。 高橋慶彦さんの後輩! 凄いなぁ・・。 「クサカベさん、椎名町(池袋)なんですか! 高橋先輩をご存知なんですね。広島カープのファン・・なんですか?」 ・・・いやいや、カープファンだろうがなかろうが、慶彦さんと言ったら、野球ファンなら誰でも知っているスーパー・スターですよ・・。 「そうなんですね。ありがとうございます。 私は正直、高橋先輩のことはよく知らないんですけど、凄い方だったというのは存じています・・」 K君・26歳。 そりゃ、知らない・・よね。 ・・で、大学は東京国際・・だよね? 「はい。いちおうピッチャーで、エースでした。監督ですか? はい、古葉(竹識)監督です」 凄い! 凄すぎる・・! 「いや、あの、そんなに凄いとは(苦笑)。。たまたま、監督が古葉さんだっただけなので・・」 ・・いや、あの、「古葉監督」というのはですね、「大変なお方」・・なんですよ・・。 「はい、もちろん、偉大な方なのは存じています(苦笑)。でも私、古葉さんも広島の頃のことはよく知らなくて・・(苦笑)。 厳しかった? はい、でも、試合が終わった後とかは、とても優しい方でした・・」 優しい! 凄い! 凄すぎる・・! 「いや、あの、こんなにビックリして頂いて・・恐縮です・・(苦笑)」 「オイ!クサカベ!! 質問責めすんな!(笑)。K、困ってんじゃねぇか!!(笑)」 ・・スンマセン・・(笑)。 いやでも、あの・・、K君。 「もうひとつだけ」、「どうしても」、伺いたいことが・・あります。 「”津田君”は、先輩ですか? 後輩ですか? 面識は・・ある??」 「”津田君”・・。”津田君”って、”ダイキのこと”・・でしょうか?」 ・・・は?! あ、あのね・・。 はい、そうです、「ダイキくん」(!)のこと・・・です。 ダイキは、同期です。 アイツもピッチャーで、私もピッチャーでした。 僕の控えが、アイツで・・。 面識と言うか、「親友」です・・(笑)。 ・・・。 「シンユウ」。 凄い。凄い。凄すぎる・・。 クサカベさん、”ダイキのお父さん”のファンだったんですか? すみません。 私、”ダイキのお父さん”のことも、よく知らなくて・・。 ダイキからも、お父さんの話はあんまり聞いたことがないんです。 よく憶えてないんじゃないかな・・と思います。 今ですか?ダイキですか? はい、野球はもう、やめてしまいました。 今は、普通に会社勤めしています。元気ですよ。 ・・ 私と、私の親友のカープファンの「究極の夢」は、「ダイキくんが背番号14を受け継ぐこと」でした。 いやでも、いいです。ぜんぜん、いい。 元気でいてさえくれれば、それでじゅうぶんです。 お父さんの何倍も、元気に・幸せに・長生きしてくれれば、それだけでいい。 私、「ダイキくんのお父さん」の写真を、部屋に飾っています。 ユニフォームも、「お母さんの本」も、持っています。 ラジオで訃報を聞いて泣いて、お母さんの本を読んでボロボロ泣いて、ダイキくんの始球式の映像でまた、ボロボロ泣きました。 私は、そういう先輩・・です。 津田恒実さんは、すんばらしいピッチャーでした。 今までもこれからもいつまでも、ずっと大好きでいます。 生きているかぎりずっと、忘れないです。 もしお会いすることがあったら、よろしくお伝えください。 会社の「アホな先輩」に、貴方のお父さんの熱烈なファンがいるよ・・と。 来月、野球部仲間の結婚式があって、ダイキにも会うんです。 ありがとうございます。お伝えします。 ダイキ、とても喜ぶと思います。 ・・・ 本社・支社合わせても、400人足らずの会社です。 なのになのに、こんな「物凄い出会い」が・・あった。 入社15年目で初めて(笑)、会社に感謝しました。 無論、「ヤキュウのカミサマ」にも、心よりの感謝・・です。 土曜日。千葉マリンスタジアム。 大瀬良大地君。「炎上」。 涙。 とにかく、変化球でカウントが取れない。 苦しい。 春先の「躍動感」が、まるでない。 「もがき苦しんでいる」という風・・でした。 2死満塁。打者・サブロー。 変化球は、徹底的に「ボール」。 フルカウント。 もう、真っ直ぐしかない。 万事休す・・か。。 真っ直ぐ。 サブロー、空振り。 最後の最後、その真っ直ぐだけが、すんばらしいボール・・でした。 「津田だったね。最後の球だけ、津田だった。津田が見えたよ」 「そうだね。津田でしたね。津田さんでした・・」 ・・。 「強気は最大の味方」です。頑張ろう!! 日曜日。 エルド、「逆転満塁弾」。 グッジョブ! 千葉ロッテマリーンズ。 バファローズVSカープ。日本シリーズ。 「津田さんダービー」。 ダイキくん、「二度目の始球式」。 「津田さんダービー」。 俺は、諦めない。 絶対に、諦めないよ。 |
懐かしのプロ野球
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こんばんわ。津田さんの息子の同級生は、マエケン、マークンなどつわものがいます
2014/6/16(月) 午後 10:43 [ - ]
城西出身のK君、津田大毅君と同期だったんですね。しかも親友だったとは!なにか凄すぎます。住んでいる場所、勤めている会社にそれぞれ意味があったということですね。
2014/6/22(日) 午後 3:14 [ aout58 ]
「親子鯉」は実現することはありませんでしたが、大毅君にとって、「オヤジの凄さと偉大さ」が今後益々大きなものとなっていくであろうと信じています。
その津田恒実が引退した年に生まれた大瀬良大地が、かつて着けていた背番号「14」を背負って投げていることに、「時代の流れ」を感じずにはいられません。
津田亡き後、すっかり色褪せてしまった「カープの14番」の「復権」を念じております。
2014/6/30(月) 午後 10:31 [ mannennetaro2005 ]