1.島田 誠 .219 3本 21点 2.小川 浩一 .252 3本 24点 3.古屋 英夫 .248 6本 31点 4.大島 康徳 .276 15本 63点 5.M・イースラー .304 19本 58点 6.田中 幸雄 .277 16本 57点 7.岡持 和彦 .181 4本 28点 8.田村 藤夫 .248 10本 35点 9.五十嵐信一 .242 7本 28点 白井 一幸 .208 2本 10点 広瀬 哲郎 .216 1本 2点 二村 忠美 .194 5本 20点 佐藤 文彦 .234 1本 6点 早川 和夫 .227 2本 13点 B・デイエット .243 4本 13点 P.西崎 幸広 15勝 11敗 2.50 松浦 宏明 15勝 5敗 4S 2.76 津野 浩 8勝 13敗 2.92 佐藤 誠一 8勝 10敗 1S 3.45 河野 博文 6勝 5敗 9S 2.38 金沢 次男 4勝 7敗 3.75 柴田 保光 3勝 7敗 3.61 武田 一浩 1勝 2敗 3.38 監督・高田 繁 1988年(昭和63年) 62勝65敗3分 勝率.488(3位) 「レジェンドシリーズ・2014」。 とうとう帰ってきた、「東京アストロ・ファイターズ」。 我々のような40過ぎのオッサンからすると、「そんなに昔という感じがしない」。 いやでも、最後に着用したシーズンからは、もう22年もの歳月が流れています。 そりゃ、そうか。 このユニフォームが使用されたのは、1982(昭和57)年から1992(平成4)年まで。 今年43歳のオヤジ(私)が、小学4年生〜新成人だった時代の、ユニフォームなんです。 今回の復刻帽子は、通称「パンティ(笑)バージョン」。 1988年に、東京ドーム開場を記念してモデル・チェンジされたものです。 (ギリギリセーフで、「昭和最後の」ベースボール・キャップ) 東京に先だって行われた、「札幌ドーム・レジェンドシリーズ」。 3ゲームとも、「超・満員」。 心の底から、「良かったね。良かったなぁ」と、改めて&しみじみ・・でした。 北海道移転は、文句なしに「大正解」だった。 でも、それでも、私たちは忘れない。 いっつもガラガラ、「後楽園(東京ドーム)のB面」。 でも、いつも身近で親近感いっぱいだった、「俺たちの東京ファイターズ」。 8月29〜31日・東京ドーム。 東京ファイターズVSロッテオリオンズ。 当時、球界でもっとも不人気だった、誰にも注目してもらえなかったカード。 実は「東京ドーム・パリーグオープニングゲーム」のカードでもあったのだけれど、そんなことはもう誰も憶えていない、「日蔭カード」。 「22年ぶり」。 ずっとずっと「この日」を待っていた多くのファンの皆さんで、きっと球場は一杯になるでしょう。 良かったね。良かったなぁ・・。 中学&高校時代、何度も何度も観た、「オレンジ・ファイターズ」。 「涙味のビール」を飲みながら、しばし青春時代にタイム・スリップしたいと思います。 レプリカ・ユニフォーム。 残念ながら、胸マークは「プリント」。 でも、いいよね。「ツギハギ」はないから・・(笑)。 オレンジ・ユニフォームは友人に着てもらって、私は(”黒ユニ”への)”ささやかな抵抗”で「青のオリオンズ」を着よう・・かな。 |
全体表示
[ リスト ]





日曜日本当に楽しみです!低迷期のこれをやるとは思いませんでしたね!
2014/8/26(火) 午前 4:12
自分が野球に興味を持ったとき、ファイターズが着ていたユニフォームです。
懐かしいです。
2014/8/26(火) 午後 0:20 [ ゴロー ]
ファイターズがこのユニフォームを採用した昭和57年は、後期優勝を果たしたものの、プレーオフでライオンズに敗れてリーグ連覇を逃し、その後の両チームの運命も変えてしまった年となりました。
「新しいユニフォームで更に強いチームに…」という目論見の下で登場しながら、それが叶わなかったという点ではこのユニフォームは「不運」だったと言えるのかも知れませんが、それでもインパクトの強烈さでは歴代の日本プロ野球のユニフォームでも5本の指に入るのは間違いないと思います。
パンツはホーム・ビジター兼用だったそうですが、ビジターで上下オレンジというのも見たかったです。
このユニフォームの時代にはまだ生まれていなかった大谷翔平がホームランを打った映像を見て、感慨深いものを感じました。
2014/8/31(日) 午前 0:26 [ mannennetaro2005 ]
>ファイティさま
久々に「ファイティさん」にお会いできて、本当に嬉しかったです(爆)。
日刊スポーツが「暗黒時代のユニフォーム」と書いていたのには、呆れました。
ファンは、「強かったか否か」で復刻を求めているわけではないはずなのに。
2014/9/1(月) 午前 0:36
>ゴローさま
「ニアミス」、残念でした。
北海道のファンの人が、これを機に「東京の歴史」に興味を持ってくれたらいいなぁ・・と、切に願っています。
2014/9/1(月) 午前 0:38
>mannennetaro2005さま
昭和30年代後半のホエールズもまた、「似たような歴史」を辿ったチーム・・ですよね。
仰る通り、「82年」はこのチームにとって大きな分岐点だったような気がします。
当時はそんなことどうでも良くて、埼玉ライオンズの「初」優勝&小林誠二さんの胴上げ投手を応援会場で観て、はしゃぎまわっていたのですが・・(笑)。
今回改めてユニフォームを観てみて感じたのは、「思っていた以上に派手め」「あんまり強そうには見えない」(苦笑)でした。
ただ、その後の最終形(寝太郎様が「史上最高のタテジマ」と仰った)ユニフォームを、当時「なんだか地味すぎるな。物足りないな」(今はそうは思いませんが)と感じていたのが「何故だったのか」も、よくわかりました。
なんだかんだで「見慣れて」、愛着を感じていたユニフォームだったんだなと、思いました。
大谷君は無論ですが、現役選手でこのユニフォームをグラウンドで観ている選手、一体何人いるのでしょうか?
「近いようで遠い時代」になってしまいました。
2014/9/1(月) 午前 0:45