人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

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「10.19」

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「仰木彬さん」
バファローズの監督に就任なさったとき、世間一般では「無名なひと」と呼ばれていました。

「選手時代の”実績に乏しい”」「地味」「良く知らない」。
・・そんな声が大半だったと、記憶しています。

かくいう私も、「よく知らない」。
あろうことか、最初は”みょうじ”も”なまえ”も「読めなかった」(!)・・。
(自身の名誉の為に言っておきますと、3年後に漢検1級を取得しました・爆)

「ちっとも&ぜんぜん、”実績のない野球人”なんかじゃない!」と”きちんと(大変な人物であると)知った”のは、情報量が圧倒的に増えた数年先のお話・・です。


そんな、当時「無名で地味なひと」を一躍”大有名人”にしたのが、「10.19」。

昭和63年10月19日。川崎球場。

「知ってるよ、そんなこと」・・?
いやもう、「26年も前のお話」です。
リアルタイムで知っているのは、「30代後半くらいからの世代」だけ・・でしょう。

あの日、球場に同行した私の弟が、まだ13歳だった時代のお話。
その弟はいま、「10歳の娘の父親」です。


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昭和最後の大激闘。
「近鉄バファローズ」「ロッテオリオンズ」「川崎球場」。
もう、「遠い遠い昔のできごと」になってしまいました。

球場の外野席後方にあるマンションから、双眼鏡を使っての観戦。
途中、双眼鏡を持つ手が何度も震え、困りました。

鈴木貴久さんがホームに滑り込んだ瞬間は、アウトなのかセーフなのかわからなかった。
マンションの同士の皆さんも一瞬、静かになった。

誰だかはわからなかったけれど、コーチと思しき人が出てきて、鈴木さんと抱き合っている。
それは「肉眼」でもハッキリ、わかりました。

マンション、「大熱狂」。
誰だかサッパリわからない他人同士で、抱き合い&大騒ぎ。
私に抱き着いてきたオジサン、「ほんとはロッテファンなんだけどね・・」(笑)。

いつまでも忘れないし、忘れたくない。

「昭和野球のクライマックス」。
いまにして思うと、「古き良き昭和野球の”総決算”」だったのかも、しれません。
立ち会えたこと、今でも私の素晴らしい思い出です。


「もし私がコミッショナーだったなら、決着が着くまで続けろ! 責任は私が持つ!と言いますねぇ・・」。

長嶋茂雄さん。

当時、ほとんどの記者さん&ライターさんの記事は、「感動!感動!の安売り大会」の様相を呈していました。
でも本当は、「なんで”時間切れ”なの?引き分けで優勝が出来ないの?」を、もっと問題にしなければいけなかった。
「有藤さんの抗議云々」よりも、「ルールそのものの是非」を。

稀代のエンターテイナー・長嶋さんは、そんな「不条理」をよく理解してくれていました。


「もし当時、”クライマックス”があったら・・」。
この季節になると毎年、思ったり・・します。

昭和63年と平成元年の、パシフィック・リーグ。
この2年間だけは、恐らくは誰も文句を言わなかったろうと、思います。

いや、でも。
やっぱり、「なくてよかった」んだよ・・ね。

「なかった」から、26年も経った今でも、「語り継がれて」いるんだよ。
きっと、そうだ。
そう、思います。


鈴木貴久さん&仰木彬さんに、合掌。
中西太さんは、「まだダメ」・・ですよ。

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考えてみればマー君やマエケンたちが生まれた頃の出来事ですから、つい最近とはいえ、やはり「時の流れ」というものを実感してしまいますね。

「10・19」と翌年のバファローズの逆転優勝は、仰木さんや中西さん、それにサードコーチだった滝内弥瑞生さんが持つ「野武士軍団のDNA」とバファローズの「いてまえ魂」が融合した結果だったと思います。「10・19」はまさしく「昭和プロ野球の総決算」と呼ぶに相応しいゲームだったのかも知れません。
優勝争いという「記録」の上ではライオンズに負けたが、このゲームのお陰でバファローズは「記憶」の世界では後世に残る「大勝利」を収めたのだと思います。
その一方で、この試合の4日前に行われた「南海ホークス・大阪球場ラストゲーム」がもしも昭和63年10月19日の試合だったら…と、最近思うことがあります。
「壮絶且つ異様な試合」になったかも知れませんが、果たして半世紀以上経っても語り継がれていたかどうか…。

2014/10/26(日) 午後 0:00 [ mannennetaro2005 ]

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>mannennetaro2005さま
当時開場したばかりの東京ドームは、「日本初の両翼100M球場」として、話題を振り撒いていました。
私も初めて来場したとき、「凄い!誰もホームラン打てなくなるんじゃないか!?」と思ったりしたものですが、そんなことを振り返っただけでも、いかに年月が経ってしまっているかを”実感”(笑)することが出来ます。

「南海VS近鉄が”最後”だったなら」。
想像するだけで身震いし、でもちょっぴりゾッとするような・・ですね。
翌年の「リヴェンジ優勝」の際の相手は”新生ホークス”でしたが、ラジオ解説の豊田泰光さんは「八●長ですよ。ダイエーのバッター、みんな打つ気ないもの」などと、仰っていました(笑)。

「オリオンズの監督が稲尾さんだったなら」と、私は時々、思ったり・・します。

2014/10/26(日) 午後 0:42 くさちゃん


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