人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

藤原満さん

イメージ 1

このユニフォームは懐かしいですね。涙が出そうです。
ホークスの名前が残っていて、こうしたイベントにも呼んでもらえる。
本当に嬉しいし、有り難いことやと思います。

昭和48年は、優勝したんですよね。
日本シリーズは、巨人に負けました。1勝4敗です。
最初は勝ったのに、4連敗(笑)。

第一戦でね、私、逆転の2点タイムリーを打ったんです。
この時のインタビューでねぇ、余計なこと言っちゃったんです。
「阪急のほうが強い」(爆)。

ここ(近鉄)にも、いたでしょ?そんなこと言ったのが(加藤哲郎)。
あのとき、「コイツもまた余計なこと言いよったな」って、思いましたよ。

私が最初なんですよ。「元祖」です(笑)。
やっぱり、相手には敬意を表さないとアカンね(笑)。


イメージ 2

入団したときの監督さんは、飯田(徳治)さんでした。
私と、同期入団の冨田(勝)いうのがおったんですけど、「これからは2人がチームを引っ張っていかなあかん」と、みんなのお手本にならなあかん言われましたね。

飯田さんには、本当にお世話になりました。チームは最下位やったけどね(笑)。
「グランドにはゼニが落ちとる」って、どこにも落ちてなかった(笑)。

「ツチノコバット」はね、ほんまに”偶然”やったんです。
出雲で広島と試合があったんです。
オープン戦の最後のほうやから、バットが沢山折れてて、もう残ってなかった。
ヤクルトの武上(四郎)さんに頂いたバットだけが残ってて、それがツチノコやったんです。
その試合、そのバットでホームランを打って。それからずっと・・でした。

当時は、野村(克也)さん・ブレイザーで「シンキングベースボール」言うてね、選手一人一人が役割を持って、どうすればチームが勝てるかという野球をしていた。
もうとにかく私は、地面に叩きつけて強いゴロやライナーを打つのが役目やと思って、それでツチノコやったんですね。


イメージ 3

久保寺(雄二)はね、可哀相な選手でした。
私が引退してコーチになって、「活躍したら俺の背番号(7)やる」言うてね。

とにかく一人前にしたいと思って、12月の29日まで練習させました。
それが翌年の1月4日に、風邪薬のんで寝たら急に・・言うて。
急性心不全でした。
大石大二郎とは同級生で、物凄いライヴァル心を持っていましたよ。
元気やったら、どんな選手になっていたのかな。残念やったですね。

スパイ活動ですか?
もう時効やからね。
はい、やってましたよ(爆)。

ベンチに盗聴器があったり、当時はスコアボードもパタンって手で動かすヤツでね、そこから双眼鏡でキャッチャーのサイン覗いて選手に伝えたり。
阪急もどこも、みんなやってましたからね。
バッターも、集中力が凄かったですよ。球種がわかるんやから(笑)。
いいんですかね?こんなこと喋って(笑)。

「野村さんの件」?(笑)。
「野球とるか、奥さんとるか」で、奥さんを選んだんですね(笑)。

その時の一件で、球団から追放のような扱いになって。
それで、(なんばパークスに)名前や写真がないんだと思います。

私的にひとつだけ言わせてもらえるならね、鶴岡(一人)さんの悪口だけはアカンと思います。
退団するとき、鶴岡さんがどうの・・って言われてね。
育ててもらった人なんですからね。あれだけは残念でしたね。


イメージ 4

南海は、「ナンバのチーム」でしょ?
こんなこと言うたらなんですけど、近鉄は藤井寺のほうのチームで(笑)、阪急は神戸のほうで。
「南海は大都会のチームや」いう誇りは、すごく持ってました。

阪神に勝って日本一とか、御堂筋パレードとか、「名門チームなんや」言う気持ちもありましたしね。いつも誇らしく思っていましたよ。

九州に最初に行ったときはね、もう西武のファンばっかりでした。
やっぱり、みじめな気持ちになりましたね。
それが今じゃね、西武のファンなんて隅っこにチョコッとでしょ?
みんなホークスのファン。本当に嬉しいですね。

私ね、いま、すごく安心しているんです。
パリーグ、交流戦ですごく強いでしょ?
お客さんも沢山来てくれるようになったしね。

私たちの頃は、本当に酷かったですから。何百人なんて試合もありましたしね。
オールスターにも何度も出さしてもらいましたけど、選手紹介で「南海・藤原」言うても拍手がパラパラ〜でね、セリーグの選手にはワーッ!って。
絶対負けられん、活躍して勝って、名前売るんや!って、みんな言ってました。

いま解説の仕事してますけど、パリーグの監督さんはみんな「交流戦で貯金したい」って言うんです。
調子のええとこも悪いとこも、ここで取り返すって思ってるんですね。
パリーグ、強いですもんね。毎年パリーグやないですか。優勝は。
みんなパリーグが勝つから、順位が変わらないとかね(笑)。

今年は広島が強いし、勝負事はやってみなわからんのですけど、頑張ってほしいですね。

阪神には、負けたらアカンです。
オリックスは関西のパリーグのチームの代表なんですから、もっと頑張ってほしいです。


イメージ 5

藤原”チャイ”満さん
カメラを向けた瞬間、笑顔で手を振ってくださいました。

少年時代に憧れた、名プレイヤーです。
大感激。感無量・・でした。

67歳。元気イッパイ。
本当に嬉しく思いました。
大前一樹さんの話の引き出し方も、絶妙。
素晴らしく楽しいトーク・ショーでした。

「大阪クラシック・2014」。
バファローズ球団のご尽力にも、感謝です。


南海ホークス1973

イメージ 1

1.島野 育夫   .252  2本 28点

2.桜井 輝秀   .282  3本 28点

3.門田 博光   .310 18本 65点

4.野村 克也   .309 28本 96点
 
5.C・ジョーンズ .244 32本 76点

6.相羽 欣厚   .287  4本 18点

7.佐野 嘉幸   .263  2本 30点

8.藤原  満   .263 10本 44点

  W・スミス   .275  5本 24点

  小池 兼司   .208  2本 14点

  林  俊宏   .227  1本  6点

  片平 晋作   .269  4本 18点

  広瀬 叔功   .244  0本  3点

  阪田  隆   .152  0本  4点

  柴田  猛   .429  0本  2点

  景浦 安武   .?    4本  ?点


P.山内 新一  20勝  8敗 3.30

  西岡三四郎  12勝  8敗 2.93

  江本 孟紀  12勝 14敗 2.74

  佐藤 道郎  11勝 12敗 3.18

  松原 明夫   7勝  7敗 2.87

  村上 雅則   2勝  4敗 5.18

  中山 孝一   1勝  3敗 3.57

  西川 克弘   1勝  1敗 4.38


監督・野村 克也
68勝58敗4分 勝率.540(前期優勝・1位)


「大阪クラシック・2014」
近鉄バファローズVS南海ホークス

今年も今週末に、開催されます。

「三原近鉄VS野村南海」
ホークスは、1973(昭和48)年ユニフォームを選定。
「南海ホークス・最後の優勝ユニフォーム」です。

私が本格的にパリーグ野球の観戦を始めたのは、ライオンズが埼玉県をホームにした1979(昭和54)年から。
ノムさんは「ライオンズの選手」になっていて、”ゆえに”ホークスは既に、「大暗黒期」に突入していました。

なので当然ながら、私は「このユニフォーム」も「強い南海」も、リアルタイムには知らない。
なのになぜだかずっと、「愛着」「親近感」だけはあった、ユニフォーム。

小学校高学年のとき、従兄弟から貰った「あぶさん」を、夢中になって読んでいたから・・です。
そう、「あぶさん」こと景浦安武が「プロ入り最初に来たユニフォーム」・・なんですね。

「ホエールズ時代しか記憶にない」佐藤ミチさんとか、「タイガースのエース&突然辞めた」ことしか知らない(笑)エモやんとか、やはりタイガースの時代に「審判をブッ飛ばしちゃったヒト」という認識しかなかった(笑)島野さんや柴田さん。
代走屋の阪田さんも、西岡三四郎さんも、「名コーチ」高畠さんも。

みんなみんな、「あぶさんで憶えた人たち」でした。
(無論、「ノムさんって、スッゲーひとだったんだな」ということも・・)

小池兼司さん。
「”デンセンマンのひと”(伊東四朗)みたいだな」って思ったんだ。コーチ時代の選手名鑑で・・(爆)。


イメージ 2

「パ・リーグの情報」が、著しく乏しかった時代。

いまの若い野球ファンの人にわかりやすく説明するとしたなら、「今なら、たとえばBCリーグやアイランドリーグ、JリーグならJ3の試合詳細を集めようとするようなもん」とでも言えば、いいのでしょうか。
いや、それでも「いま」のほうが絶対、集まるよな。「ネット」があるんですから。

「あぶさん」は、そんな私たちのような「パをもっともっと知りたい!」の人間にとっては「ガイドブック&入門書的存在」と言っても過言ではない、ほんとうに貴重で素敵な野球漫画でした。

68勝58敗。貯金は「たったの10」。
「阪急が強過ぎて面白ろない」でこの年から始まった、前後期制。

前期は、38勝26敗1分。ハーフ優勝。
なのに後期は一転、30勝32敗3分の3位。

ブレーブス相手には、あまりにも有名な「0勝1分12敗」。
なのになのに、プレイオフだけはチャッカリ、「3勝2敗」。リーグV。
「死んだフリ優勝」として、今も語り継がれています。

「年間勝率」では、2位のオリオンズにも及ばない、「3位」。
後に「福岡のホークス」が「勝率1位なのにPOに泣き続けた」ことを思うと、なんとも皮肉な球団史・・です。

こんなチームが「V8巨人」と勝負になるはずなんて・・やっぱり、なかった。
1勝4敗。完敗。
「V9の助演男優賞」になってしまいました。

「取引先の社長が巨人ファンだったから、招待して後楽園で観ていた。悔しかったな。あんまり喜ぶから、ビールぶっかけてやりたくなったよ(笑)」。
親父が、悔しそうに言っていたものでした。

思えばこの年、「ほんとうは」日本シリーズ、ホークスとタイガースの「関西ダービー」だった筈・・なんですよね。
オーナーが「優勝なんかせんでエエ」(お家芸・嘆)などと、言わなければ。


「南海ホークス・最後の優勝」
その後の「歴史的大凋落」をこの当時予見した人など、絶対にひとりもいなかったはず。

「アレ」が”いなかったら”。
「アレ」さえ”なかったら” ・・。

京セラドーム。
恐らく「そんな会話」が、アチラコチラで・・と、なるのでしょうね。
「同窓会」のために集まった、オールド・ファンの皆々様の間で・・。

悔しいね。悔しいです。
でも、もう時間は戻ってはくれません。

いやでも、いいじゃないか。
こうしてまた、「過去と交信する機会」を、与えてもらえたのだから。

どうせなら、「阪急ブレーブス・リヴェンジマッチ」でもやったほうが、よりリアルだったような気もするんですけど・・ね。


「大阪クラシック・2014」。
スペシャル・ゲストは、藤原”チャイ”満さん。

金欠で散々迷ったのだけれど、コレはやっぱり、「行くしかないやん」。

「南海の応援の為に大阪の大学へ進学」。
リアルタイムをご存知な、aout様。
夢のようなご講義、よろしくお願いいたします。


「過去との交信の旅」。
行って参ります。


イメージ 1

ヴァンフォーレ甲府 0 − 1 ヴィッセル神戸

前半 9分 ペドロ ジュニオール(神戸)

神戸より早くゲームが始まっていたプロ野球・マリーンズVSイーグルスの中継を、テレビを2画面にして同時視聴していました。

東北イーグルスと、ヴィッセル神戸。
「ミキ●ニ繋がり」。

ユニフォーム・カラーも、おんなじ。「クリムゾン・レッド」。

「アンドリュー・ジョーンズ&ケーシー・マギー」。
昨年、現役バリバリのメジャー・リーガーを補強して日本一に輝いた、イーグルス。

「マルキーニョス・シンプリシオ・ペドロ ジュニオール」。
要するに、「おんなじ法則」で戦力補強したということなのかな・・と、感じます。
(「スケール」は、かなり劣るけれど)


正直な話、(私見ですが)「クリムゾン・カラー」になって以降の神戸には、あんまりいい印象が・・ありません。
(正確には、「クラブに対して」ではありません)

経営危機に瀕していた神戸を救った、地元の英雄・・とでも言えば聞こえがいいのだけれど、しかしその「代償」として、まるで”実業団野球界”と同じようなイメージのクラブになってしまったような印象も・・なんです。
(あくまでも「イメージ」ですが)

「なんだこれ。罰ゲームかよ??」とでも言いたくなるようなユニフォーム。
(デッカイ「”マルR”マーク」。私見ですが、選手が可哀相に思いました)

クラブへの積極的な「スポンサード」(支援)、それに伴う戦力補強は、なんにも悪いことなんかではないし(当たり前)、寧ろ素晴らしいこと。
ただ、あんまり(というよりちっとも)「羨ましいな。いいなあ」と感じないのは、何故なんだろう・・。

それはきっと、私が「40年以上に及ぶプロ野球ファンであるから」・・なんだろうと、思います。
意味、わかんない・・?ですよね。すみません。


閑話休題。神戸戦。

「まずはやはり”特別な選手が前線にいる神戸さん”の、それを出させないというところに最大の努力をしながらも、攻撃という意味では、あの1シーンを除いてはできたと。
ただ攻撃のクオリティは、もちろんシュートまで行けていますし、あのシュートが枠に入っていればというシーンもありますけれど、その前のところで…。
もちろん最終ラインにダイレクトに影響するような受け方であったり、ボールの動かし方もあったにせよ、もっとチームとしてシュートの本数を増やしていかないといけない。
なぜならば、”神戸さんのように”1本のシュートを決められるような選手がいるわけではないので。その分、チャンスの数で上回らなければ、J1に残っていくのは難しいと思います。」

城福さん。
基本的に、今年は「仰っていること」が毎々ほとんど「おんなじ」。
「無念さ」がヒシヒシと、伝わってくる。
「悔しい」よね。
私も、悔しいです。

「いつも言っていることですけれど、点が取れる選手が居ればいいのにっていうのは僕の立場で言う事ではないです。そういう選手を獲得するようなクラブではありません。J2から上がってきて、J1のバリバリの中心選手を補強できるクラブと、J1に上がっても主力が抜けていくチームと。この差を埋めるのは日々の努力でしかないので、我々は努力をしていくしかないと思います」

素早いボール回し&個人技。
どうなっちゃうんだろう・・と思った、前半戦。
でも、アレレ?? 失点以降は寧ろ、甲府のほうがずっと落ち着いた、良いサッカーだったように思います。

神戸は、前節の「楽●ダービー」の”悪夢”が尾を引いて、慎重になっていたのやもしれないけれど、それにしても長かった「甲府の時間」。

なんだか妙な言い方だけれど、「いいチームじゃないか、甲府」と、思いましたよ。
解説の玉乃淳さんじゃないけれど、「みんな献身的。応援したくなるチーム」・・ですよ。

「ビッグスポンサー」が無くても、「大型補強」が無くても、「J1で戦っている」。
互角のゲームをしてくれている。

やっぱり「俺たちの誇り」だよ、ヴァンフォーレ甲府は。


連戦。お疲れ様でした。

中断前、最後のホーム・ゲーム。
ゆっくり休んで、しっかり準備してまた、頑張ってください。


イメージ 1

ヴァンフォーレ甲府 0 − 0 浦和レッズ


明治神宮。
ヴァンフォーレの勝利を祈願しました。
レッズのサポさんも、大勢見かけました(苦笑)。

正直な話、「精一杯の後押し」はしてくださったかな・・と、思います。

ココイチのカツカレーも、食べた。
正直な話、「精一杯の御利益」はあったのかな・・と、思います・・(苦笑)。


イメージ 2

「36,505人」
レッズサポーターの皆さん、本当にありがとう。

わざわざ東京で開催する理由は、「ただひとつ」。
皆さんの「大きなお力添え」が必要だから・・です。

「つまんないゲーム」だったろうと思います。
ごめんね。許してやってください。

今月「もう一回」、皆さんの力を貸してください。
28日。平日ですけど、中銀スタジアム。
お願いいたします。。

イメージ 3

たくさん、来てくれました。
遠路はるばる。本当にお疲れ様でした。ありがとう。

レッズ側は結局、「閉鎖エリア」も開放→それも満員→甲府側を赤サポさんに(涙)開放。。

仕方ないです・・よね。
勝ち点をお土産に出来た。本当に良かったです。

イメージ 4

徳島戦&川崎戦の内容・結果で、甲府がきょう「どう出るのか」は、凡そ予想出来ていました。

クリスティアーノは森脇がガッチリとガードしていて、自由にさせたもらえない。
そうでなくても「得点の匂い」「攻撃の意思」を、ほとんど感じませんでした。

浦和の選手のクオリティも、連戦疲労の蓄積?で、なんだか脅威に感じない。
元気は元気無かった(笑)し・・。

そりゃそうだ、みんな疲れてるよな・・でした。

「国立最後に、こんなゲームかよ」。
弟が、嘆きました。

「予想はしてたけど、つまんないですね」。
チケットを譲ったレッズ・サポ。LINEで「ぼやき」。

ごめんね。
「資金力」「戦力」「動員力」。
どれもこれも、「違いすぎる」んです。
「弱者の戦法」です。
ウチは、こうするしかないんだ。

強引にでも、こじ開けてもらうしかないんです。「格違いの個」を持っているんだから。
でもみんな、疲れていた。
慰めにはならんかもしれないけれど、「勝ち点1ずつ」、良かったんじゃないかな・・と、思います。

イメージ 5

国立競技場。
小学校の時から・・ですから、30年以上の付き合いでした。

Jリーグが始まる前は、ラグビーで何度も。
新日鉄釜石&神戸製鋼の黄金時代。慶応の快進撃・雪の早明戦。
同志社大の3連覇も、大東大の旋風も、関東学院&帝京大の黄金期も。

浦和レッズのサポーター時代は、少なくとも10回以上。
負けた記憶は、たったの1回のみ・・です。

1994年。超満員・5万人の国立。
大王者・ヴェルディ川崎に勝利。
誰彼かまわず抱き合って、泣きました。
ヴェルディのルーキー・「ヤシケンさん」がPKを外してくれたんだっけ。
忘れられない思い出です。

そうです、あの時代のレッズVS川崎なんて、今でいえば「甲府VS浦和」みたいなもん・・だったんだ。
そう考えれば、私、「むかし浦和・いま甲府」となったこと、「必然」だったと思えます。

ありがとう国立。
なんだか、しみじみ。
今日は、それだけでじゅうぶん・・です。

イメージ 6

「新国立競技場」。
有識者さん達を中心に、「反対運動」が始まっています。

「現行の競技場をベースにしての改築で充分」。
そのとおりです。

大手ゼネコンの「ためだけ」の新造なんて、要らない。

調布の競技場を観よ!
「一体なんで、収容5万のスタンドなんか作ったの?」・・に、なってるじゃん。

イメージ 7

サッカー・18時終了。
お隣の神宮球場は、18時開始。

こういう時”だけ”、「東京在住の幸福」を・・感じます。

ほんとうはカープを応援したいのだけれど、「きょうは”アカ”を応援する気分になれない」(笑)。

「ホームなのに”アウェイ(赤)”にジャックされていた」スワローズ。
怪我人だらけで、戦力もいっぱいイッパイ。
1勝するのが、大変。懸命の野球。

なんだか、甲府みたい。
今日限定・頑張れ!スワローズ・・でした。

「新国立」が実行されると、「並木通り」も「神宮球場」も、消えてしまうんだとか。

フザケンジャナイ。
ソンナモン、イラナイヨ。

「ありがとう国立」。
でもまだ、「サヨナラハイヘマセン」・・です。

小倉隆史(川崎戦)

イメージ 1

ヴァンフォーレ甲府 0 − 2 川崎フロンターレ

後半 8分 森谷 賢太郎(川崎)
後半13分 オウンゴール(川崎)

この2年間、首都圏のサッカー場では等々力とカシマだけ、観戦に行っていません。

今日も悩んだのだけれど、断念。

「フロンターレにおカネを落としている場合ではない」。
そんなカネがあるのなら・・で、国立の浦和戦のチケット(自由席)を2枚、追加購入。
会社のレッズ・サポにプレゼントしました。

「いいんですか??貰っちゃって。。嬉しいです!!」
「ただし、レッズが”万一”勝ったら”倍返し”だかんね・・」
「えぇ〜〜??」
「冗談デス(笑)。甲府への”寄付”だから、タダでエエよ。そのかわり、”美味い酒”飲ましてクダサイナ!」
「・・それはちょっと・・キビシィんじゃないですか・・(笑)」(→(-_-メ))


川崎戦。
ゲームについては、あんまり触れたくありません。

どっちも、「つまんない失点」。
攻撃も、2ゲームで「31安打・無得点」・・(涙)

「俺の”青春の川崎”は、オリオンズなんじゃい!!」などと馬鹿馬鹿しいヤケクソ愚痴を吐いて、もう忘れます。忘れました・・。


スカパー解説・小倉隆史。
2004年11月・等々力競技場。川崎戦。
「J通算50点目」の、記念ゴール。
今でもよく、憶えています。

私にとっての「甲府のレジェンド」は、今までもこれからも「オグ」です。
バレーでも大木さんでもダヴィでもない。「オグ」です。

クラブの注目度も観客動員も、すべて貴方が入団してから、「上昇カーヴ」が始まったんだ。

ヒトはみな、貴方のことを「悲劇の・・」と、呼びます。
でも、私にとっては、違う。「おんじん」です。

「甲府ってオグがいるんだね! 山梨行ってみようかな・・」
会社で一体、何度言われたことか。

「オイ! オグ使えよ! オグを使え!!」
大木武さんに、睨まれました(笑)。
後にも先にも、甲府の監督&選手にヤジを飛ばしたこと、この一度だけ・・です。
そのくらい、貴方に惚れていました。

「恩人」。
感謝の気持ち、いつまでも忘れません。
甲府のこと、ホンの少しでもいい、これからも気にかけてあげてくださいね・・。


川崎→浦和→神戸→柏→G大阪→C大阪 
「オカネモチ」ばっかり・・。

悔しいね。
悔しいです。

ふと、昨年の今ごろの「哀しみ」が・・頭を過ります。
でも、「逆境でこそ強い」のが、甲府だ。

「社運」の懸った、国立・浦和戦。

「プロヴィンチアの意地」。
全身全霊を込めて、「最後の聖地」に乗り込みます。

頑張れ。頑張ろう!!



.
くさちゃん
くさちゃん
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

野球

甲府&サッカー

サッカーくじ

標準グループ

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事