|
金曜日は、会社の焼肉会。 食べ過ぎで汗を掻きたくなって、深夜のサウナへ。 倉木麻衣ちゃんが、テレビに出ていました。 懐かしいな、元気だったんだな・・と思いながら観ていたら、「デビュー15周年」なんだとか。 そうか、15年・・だよな。 私が小瀬に通うようになった2000年、スタジアムで麻衣ちゃんの歌、よく流れていたもの。 ♪どんな作り物も 簡単に壊れてしまう日が来る ・・ コレ、甲府の歌みたいだな・・なんて、スタジアム外のベンチでヤケ酒飲みながら聴いていたっけ。 早いもんなんだな、15年。 麻衣ちゃんは「変わらず」可愛らしかったけれど、甲府はずいぶんと「変わりました」。 同行する予定だった友人が突如キャンセルになって、ひとりで甲府入り。 これ幸い、久々に身延線に乗ってみたくなりました。 20年以上前、静岡の富士から甲府まで、身延線を完乗したことがあります。 鉄道ヲタ・・? ソーデス(爆)。 「これが甲府駅か。もう来ることもないだろう」と、思った。 いま思えば、ギャグみたいなお話・・です(笑)。 南甲府駅から小瀬まで、ウォーキング。 4キロくらい? そんなに大した距離じゃありません。 バス小瀬さんには申し訳ないのだけれど、結構好きなアクセス法・・です。 折角だから・・と、麻衣ちゃんの歌を探して、聴いてみる。 懐かしいな、もう15年か。 途中、チームを救ってくれた「クリーニングすわん」さんのお店も。 なんだか、しみじみなお散歩になりました。 日大明誠高校って言ったら、今季引退したプロ野球・木田優夫さんの母校ですね。 ジャイアンツのドラフト1位投手だったにも関わらず、40歳を超えてなお、独立リーグでもご活躍なさいました。 小瀬にも遊びに来てくれないかな。似顔絵コンテストとかで。 「50周年」って、素晴らしいですね。読クよりも長い。 レミオロメンって個人的にはあんまり思い入れがなくて、好きな曲は「南風」しかないのだけれど(ごめんなさい)、楽しみに待っています。 遠路はるばる、サンフレサポーターさん。ありがとう。 市民球場跡地の新スタジアム問題。 田辺一球さんともども、応援しています。 美術館?ふざけんじゃない。 「あそこ」は、世界一の”スポーツ(平和)の聖地”なんだ。 「14067人」。 大観衆。 メインスタンドのアウェー側はいつも空席が目立つのだけれど、この日は立ち見の方も大勢いました。 来年の浦和戦は、もっと凄いことになるのかな。 天気も最高。ビールも美味い。 今季残留を争った5チームの中で、「専スタを持たない」のは甲府だけでした。 「専用」は当然ほしいのだけれど、でもやっぱり「小瀬がいいな」とも思ったり・・です。 試合前のスタメン発表で、「大きな拍手」。 バックスタンドに反応してくれました。 良かったです。 「UWFメインテーマ」が、頭の中でリフレインした・・よ。 マサルちゃん&橋爪君が、「自由にさせなかった」。 ゲーム全体よりも、「そっち」を観ている時間のほうが長かったです(苦笑)。 頑張れよ。ずっと、応援しています。 今年1年、携帯サイトやJsゴールで、城福さんの「試合前&試合後のコメント」は全部欠かさず拝読しました。 「もう、一杯いっぱいなのかな」「疲れきっちゃったかな」。 コメントの端々に、そんな感じがありました。 限られた予算・戦力。 「やりたいサッカー」を捨て、リアリストに。 目一杯の戦術を駆使しての、見事な「連続残留劇」。 「やり遂げた。もう勘弁してください」。 そう言われても、致し方ないように思えました。 「スポニチ記事のこと」は、きょう松尾潤さんのコラムを読むまで知らなかったけれど、私は正直、「今年で最後なのだろう」の覚悟で、小瀬に行きました。 残念でならない。残念としか言いようがない。 でも「ガッカリ」は一切、ありません。 「残留したけど、”残留”はならず・・か」。 でも、仕方ない。 ありがとう・ありがとう・・と、手を合わせてきました。 すんばらしい指揮官でした。 どこが相手でも、「大丈夫。城福さんだもの」と、思えました。 「代表監督」、やってほしいな。祈っています。 佐々木翔も、アベショーちゃんも。 ひょっとしたらひょっとして、今季一番飛躍した新井だって・・。 これから先は、「寂しい季節」に入ります。 でも、これは「甲府の宿命」です。 仕方ないんだ。 「抗えない宿命」を背負っての、「奇跡の連続残留」。 素晴らしいです。お見事でした。 ありがとう。 J1・ヴァンフォーレ甲府は、「俺たちの誇り」だよ。 |
全体表示
[ リスト | 詳細 ]
|
お昼休み。喫煙所。 スマホに入ったニュース速報を観て、呆然としていました。 「クサちゃん、たぶんいま、俺もクサちゃんとおんなじ気分だよ(苦笑)・・」。 「みんな、”昭和が遠くなった”なんて、”ツイッタ―”や”フェイスブック”で書いている。なんだか、可笑しいよね・・(苦笑)」 職場の友人・Kさんが、声を掛けてくれました。 「持つべきものは友」・・ですね。 「クサちゃん、何が一番好きだった? 俺はやっぱ、残侠伝だなぁ。”死んでもらいますよ”だよ、健さんは・・」 私は、「ヒューマンな健さん」も「ヤクザな健さん」も「番外地の健さん」も、みんな好きでした。 ぜんぶ、「いっしょ」だよ。なんにも変わりがない。 どの健さんも、ぜんぶ、みんな、「義理と人情のひと」。 おんなじです。 「どれがいちばん」なんて、選べないです。 北海道・函館本線。旧上砂川支線・上砂川駅。 映画・「駅」の舞台になった終着駅です。 23年前、廃止直前の頃に一度、訪問しました。 人影のない待合室には、ロケ時の写真が沢山貼られていた。 いしだあゆみさんや健さん、烏丸せつこさん。”さくらさん”も・・。 折り返しの列車に乗っていたのは、私を含めて3人。 なのに委託業務のお姉さん、手を振りながら汽車を見送ってくれました。 八代亜紀さんの「舟唄」が、頭の中でリフレインする。 なんだか無意識のうちに胸が熱くなって、泣いていました。 夕張に行った時も、網走に行った時も。 何処に行っても、脳裏に健さんが浮かびました。 北海道は私にとって、「健さんそのもの」でした。 「俺、健さんの映画(DVD)って何本持ってたかな・・?」 5本。 なんだ、少ないんだなぁ・・。 テレビのHDにも、「鉄道員(ぽっぽや)」と「ホタル」が残してあるけれど、それでも「7本」。 TSUTAYAに行くか。3連休は。 みんな、「貸出中」なのかもしれないですけど・・ね。 でも、いいですよね。 テレビとビデヲがあれば、これからもいつだって、健さんには会えるんですから。 それはこれからもずっと、変わらないんですから。 「健さんは”ダイコン役者”なんだけど、でも恰好イイんだよなぁ・・」 ・・少年時代に聞いた、親父の「健さん評」、今でも大好きです。 合掌。
|

- >
- エンターテインメント
- >
- 映画
- >
- 俳優、女優
|
若松勉さん・池山隆寛さん・青木宣親選手。 スワローズ球団にとっては、「34」に次ぐ「栄光のナンバー」です。 正直、池山さんの時でさえスワローズ・ファンの友人と「そりゃないよな」と、少々哀しいお酒を飲んだりしたくらいなのだけれど。 嗚呼、なのに、大引啓次・・?? 山田哲人君に・・ならば、まだわからんでもない・・けれど。 なんなの・・かな。 私、いちおう「ビッキーファン」だったりもするのだけれど。 いやでも、やっぱり、一抹の寂しさを・・です。 スワローズの「1」。 「34」に比べれば、かなり”マシな扱い”を受けてはきたんですけど・・ね。 ニッポンの野球は、こういうところがやっぱり「まだまだ」・・だなぁ・・。 大引啓次。 そこまでせんでも、獲れる選手じゃないのかな。 いい選手ですよ。いいプレイヤーです。 でも、でも。 ”そうまでして”獲らなければならない選手・・なのか・・なぁ・・。 |
|
むかし、「サカつく」というテレビゲームに嵌っていたことがあります。 自分でJクラブを創設し、経営・維持・育成して、ビッグクラブを目指す・・というもの。 まず最初の仕事は、「ホームタウン選定」。 私はいつも、石川県金沢市を選んでいました。 当時はまだ北陸にJのクラブが無かったことと、母の生まれ故郷で愛着度が高かったことが理由でした。 「いつか本当に金沢に出来たらいいなぁ」と、願い続けてきた。 アルビが大成功(当時)したのだから、金沢だって・・とも、思っていました。 やっと、ついに、「第一歩」・・ですね。 おめでとうございます。 北國新聞。 明日の朝刊、「ゴジラが55のユニフォームを着た!」なんて話題は、とりあえず置いておいてやってください(苦笑)・・ね。 幼少期から中学に入るころくらいまで、夏休みは毎年と言っていいほど石川県(金沢&能登)に家族旅行(母の里帰り)をしていました。 当時はまだ上越新幹線もなく、「特急白山号」で6時間半。 夜行急行の「能登」とか、臨時急行の「越前」(ボックス席!)とか。 帰りは米原まで特急電車で出て、東海道新幹線・・というパターンだったけれど、これとて所要時間は似たようなもの。 とにかく、時間が掛かりました。 石川は海も綺麗だし魚も美味い。 大勢いる親類はみな親切だし、居心地も申し分ない。 でも子供心には正直、「行き帰り」が憂鬱でなりませんでした。 そういえば、一度だけ航空機で羽田から小松へ・・というのが、あった。 アレは、トータル3時間くらいだったかな? 嬉しかったなぁ・・。 沖縄市陸上競技場。 ツエーゲンのサポーターさんも、数十人、いらっしゃいました。 遠路・はるばる。 どう安く見積もっても、旅費&航空券、10万円近かったんじゃないでしょうか。 大変だな。 でも、素晴らしいです。郷土愛。 おめでとうございました。 石川県金沢市。 もう20年以上、足を運んでいません。 私の夢は、「ヴァンフォーレを観に金沢旅行に行くこと」でした。 ひょっとしたら来年(コラッ)叶うの・・かな・・? いや、悪い冗談(爆)ですね。 でももう、そう遠くない将来には・・ですね。 北陸新幹線。 今度はもう、3時間台で行くことが出来ます。 こちらもまた、「夢のよう」・・です。 「朝、目が覚めたら日本海に朝日が昇っていて・・」も、今となってはとても風情があって良かったんですけど・・ね。 行くぞ金沢、待っててください。 金子昌広君も、頑張っていた。 貢献出来たね。良かったです。 一緒にJリーグを盛り上げよう。頑張りましょう。 |
やっぱりサッカーは楽しいと感じたし、みんなに感謝しています。 これまでサッカーをやらせてもらって、たくさんの人の支えがあった。苦しかったり、うまく行かないときも、いつも上から色んな人が引っ張り上げてくれて、僕はそれにしがみついていた。本当に感謝をしています。 サッカー人生の中で、J1、J2、JFLと色んなカテゴリーを経験した。なかなかこういう経験が出来る選手が少ない中、僕のようなレベルの選手が出来たのはありがたいこと。 最初に所属した甲府では、チーム存続の危機で、クラブハウスも無く、土のグラウンドで練習をしていた時もあった。その中でも地域の人が食事を助けてくれたり、細かいことから色んな人に支えられて、ここまで来ることが出来た。 サッカーできることは当たり前なことではない。Jチームがあることも当たり前のことではない。色んな人の思いで出来ていることを感じながらやれたのは、自分に取って大きな財産だと思います。 毎々「J2&J3ハイライト」を観ていると、アッチにもコッチにも「元甲府選手」の名前が出て来ます。 頑張ってるんだな。頑張ってほしいな。 どこに行っても、何年経っていても、心からそう思います。 特に、「あのころを知っている選手」には・・。 美尾敦。「ファンタジスタ」。 夢も希望もなかった、あの時代。 J1なんて「別の国のリーグ」くらいにしか思えなかった、時代。 数少ない「かすかな光」(U18代表)だったのが、ミオちゃん・・でした。 とっても嬉しかったよ。記者会見。 ありがとう。 これからも元気に。 これからのほうが、ずっと長いです。 頑張ってください。 |







