人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

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ヴァンフォーレ甲府 2 − 0 サンフレッチェ広島

後半20分 山本 英臣(甲府)
後半32分 新井 涼平(甲府)

金曜日は、会社の焼肉会。
食べ過ぎで汗を掻きたくなって、深夜のサウナへ。
倉木麻衣ちゃんが、テレビに出ていました。

懐かしいな、元気だったんだな・・と思いながら観ていたら、「デビュー15周年」なんだとか。
そうか、15年・・だよな。
私が小瀬に通うようになった2000年、スタジアムで麻衣ちゃんの歌、よく流れていたもの。

♪どんな作り物も 簡単に壊れてしまう日が来る ・・
コレ、甲府の歌みたいだな・・なんて、スタジアム外のベンチでヤケ酒飲みながら聴いていたっけ。

早いもんなんだな、15年。
麻衣ちゃんは「変わらず」可愛らしかったけれど、甲府はずいぶんと「変わりました」。

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同行する予定だった友人が突如キャンセルになって、ひとりで甲府入り。
これ幸い、久々に身延線に乗ってみたくなりました。

20年以上前、静岡の富士から甲府まで、身延線を完乗したことがあります。
鉄道ヲタ・・? ソーデス(爆)。
「これが甲府駅か。もう来ることもないだろう」と、思った。
いま思えば、ギャグみたいなお話・・です(笑)。

南甲府駅から小瀬まで、ウォーキング。
4キロくらい? そんなに大した距離じゃありません。
バス小瀬さんには申し訳ないのだけれど、結構好きなアクセス法・・です。

折角だから・・と、麻衣ちゃんの歌を探して、聴いてみる。
懐かしいな、もう15年か。

途中、チームを救ってくれた「クリーニングすわん」さんのお店も。
なんだか、しみじみなお散歩になりました。

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日大明誠高校って言ったら、今季引退したプロ野球・木田優夫さんの母校ですね。

ジャイアンツのドラフト1位投手だったにも関わらず、40歳を超えてなお、独立リーグでもご活躍なさいました。
小瀬にも遊びに来てくれないかな。似顔絵コンテストとかで。

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「50周年」って、素晴らしいですね。読クよりも長い。

レミオロメンって個人的にはあんまり思い入れがなくて、好きな曲は「南風」しかないのだけれど(ごめんなさい)、楽しみに待っています。

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遠路はるばる、サンフレサポーターさん。ありがとう。

市民球場跡地の新スタジアム問題。
田辺一球さんともども、応援しています。

美術館?ふざけんじゃない。
「あそこ」は、世界一の”スポーツ(平和)の聖地”なんだ。

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「14067人」
大観衆。
メインスタンドのアウェー側はいつも空席が目立つのだけれど、この日は立ち見の方も大勢いました。
来年の浦和戦は、もっと凄いことになるのかな。

天気も最高。ビールも美味い。

今季残留を争った5チームの中で、「専スタを持たない」のは甲府だけでした。
「専用」は当然ほしいのだけれど、でもやっぱり「小瀬がいいな」とも思ったり・・です。

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試合前のスタメン発表で、「大きな拍手」。
バックスタンドに反応してくれました。
良かったです。

「UWFメインテーマ」が、頭の中でリフレインした・・よ。

マサルちゃん&橋爪君が、「自由にさせなかった」。
ゲーム全体よりも、「そっち」を観ている時間のほうが長かったです(苦笑)。

頑張れよ。ずっと、応援しています。

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今年1年、携帯サイトやJsゴールで、城福さんの「試合前&試合後のコメント」は全部欠かさず拝読しました。

「もう、一杯いっぱいなのかな」「疲れきっちゃったかな」。
コメントの端々に、そんな感じがありました。

限られた予算・戦力。
「やりたいサッカー」を捨て、リアリストに。
目一杯の戦術を駆使しての、見事な「連続残留劇」。

「やり遂げた。もう勘弁してください」。
そう言われても、致し方ないように思えました。

「スポニチ記事のこと」は、きょう松尾潤さんのコラムを読むまで知らなかったけれど、私は正直、「今年で最後なのだろう」の覚悟で、小瀬に行きました。

残念でならない。残念としか言いようがない。
でも「ガッカリ」は一切、ありません。

「残留したけど、”残留”はならず・・か」。
でも、仕方ない。
ありがとう・ありがとう・・と、手を合わせてきました。

すんばらしい指揮官でした。
どこが相手でも、「大丈夫。城福さんだもの」と、思えました。

「代表監督」、やってほしいな。祈っています。

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佐々木翔も、アベショーちゃんも。
ひょっとしたらひょっとして、今季一番飛躍した新井だって・・。

これから先は、「寂しい季節」に入ります。

でも、これは「甲府の宿命」です。
仕方ないんだ。

「抗えない宿命」を背負っての、「奇跡の連続残留」。
素晴らしいです。お見事でした。


ありがとう。
J1・ヴァンフォーレ甲府は、「俺たちの誇り」だよ。

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追悼・高倉健さん

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お昼休み。喫煙所。
スマホに入ったニュース速報を観て、呆然としていました。

「クサちゃん、たぶんいま、俺もクサちゃんとおんなじ気分だよ(苦笑)・・」
「みんな、”昭和が遠くなった”なんて、”ツイッタ―”や”フェイスブック”で書いている。なんだか、可笑しいよね・・(苦笑)」

職場の友人・Kさんが、声を掛けてくれました。
「持つべきものは友」・・ですね。


「クサちゃん、何が一番好きだった? 俺はやっぱ、残侠伝だなぁ。”死んでもらいますよ”だよ、健さんは・・」

私は、「ヒューマンな健さん」も「ヤクザな健さん」も「番外地の健さん」も、みんな好きでした。

ぜんぶ、「いっしょ」だよ。なんにも変わりがない。
どの健さんも、ぜんぶ、みんな、「義理と人情のひと」。
おんなじです。

「どれがいちばん」なんて、選べないです。


北海道・函館本線。旧上砂川支線・上砂川駅。
映画・「駅」の舞台になった終着駅です。

23年前、廃止直前の頃に一度、訪問しました。
人影のない待合室には、ロケ時の写真が沢山貼られていた。
いしだあゆみさんや健さん、烏丸せつこさん。”さくらさん”も・・。

折り返しの列車に乗っていたのは、私を含めて3人。
なのに委託業務のお姉さん、手を振りながら汽車を見送ってくれました。

八代亜紀さんの「舟唄」が、頭の中でリフレインする。
なんだか無意識のうちに胸が熱くなって、泣いていました。

夕張に行った時も、網走に行った時も。
何処に行っても、脳裏に健さんが浮かびました。
北海道は私にとって、「健さんそのもの」でした。

「俺、健さんの映画(DVD)って何本持ってたかな・・?」
5本。
なんだ、少ないんだなぁ・・。

テレビのHDにも、「鉄道員(ぽっぽや)」と「ホタル」が残してあるけれど、それでも「7本」。

TSUTAYAに行くか。3連休は。
みんな、「貸出中」なのかもしれないですけど・・ね。

でも、いいですよね。
テレビとビデヲがあれば、これからもいつだって、健さんには会えるんですから。
それはこれからもずっと、変わらないんですから。


「健さんは”ダイコン役者”なんだけど、でも恰好イイんだよなぁ・・」
・・少年時代に聞いた、親父の「健さん評」、今でも大好きです。

合掌。
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「ヤクルト、大引と初交渉 背番号1の提示」(産経新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141113-00000534-san-base

若松勉さん・池山隆寛さん・青木宣親選手。
スワローズ球団にとっては、「34」に次ぐ「栄光のナンバー」です。

正直、池山さんの時でさえスワローズ・ファンの友人と「そりゃないよな」と、少々哀しいお酒を飲んだりしたくらいなのだけれど。

嗚呼、なのに、大引啓次・・??
山田哲人君に・・ならば、まだわからんでもない・・けれど。


なんなの・・かな。
私、いちおう「ビッキーファン」だったりもするのだけれど。
いやでも、やっぱり、一抹の寂しさを・・です。


スワローズの「1」
「34」に比べれば、かなり”マシな扱い”を受けてはきたんですけど・・ね。
ニッポンの野球は、こういうところがやっぱり「まだまだ」・・だなぁ・・。


大引啓次。
そこまでせんでも、獲れる選手じゃないのかな。

いい選手ですよ。いいプレイヤーです。
でも、でも。
”そうまでして”獲らなければならない選手・・なのか・・なぁ・・。


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「金沢、J3創設初年度V…J2昇格が事実上決定」(読●新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141116-00050041-yom-socc

むかし、「サカつく」というテレビゲームに嵌っていたことがあります。
自分でJクラブを創設し、経営・維持・育成して、ビッグクラブを目指す・・というもの。

まず最初の仕事は、「ホームタウン選定」。
私はいつも、石川県金沢市を選んでいました。

当時はまだ北陸にJのクラブが無かったことと、母の生まれ故郷で愛着度が高かったことが理由でした。

「いつか本当に金沢に出来たらいいなぁ」と、願い続けてきた。
アルビが大成功(当時)したのだから、金沢だって・・とも、思っていました。

やっと、ついに、「第一歩」・・ですね。
おめでとうございます。

北國新聞。
明日の朝刊、「ゴジラが55のユニフォームを着た!」なんて話題は、とりあえず置いておいてやってください(苦笑)・・ね。


幼少期から中学に入るころくらいまで、夏休みは毎年と言っていいほど石川県(金沢&能登)に家族旅行(母の里帰り)をしていました。

当時はまだ上越新幹線もなく、「特急白山号」で6時間半。
夜行急行の「能登」とか、臨時急行の「越前」(ボックス席!)とか。
帰りは米原まで特急電車で出て、東海道新幹線・・というパターンだったけれど、これとて所要時間は似たようなもの。

とにかく、時間が掛かりました。

石川は海も綺麗だし魚も美味い。
大勢いる親類はみな親切だし、居心地も申し分ない。
でも子供心には正直、「行き帰り」が憂鬱でなりませんでした。

そういえば、一度だけ航空機で羽田から小松へ・・というのが、あった。
アレは、トータル3時間くらいだったかな? 嬉しかったなぁ・・。


沖縄市陸上競技場。
ツエーゲンのサポーターさんも、数十人、いらっしゃいました。

遠路・はるばる。
どう安く見積もっても、旅費&航空券、10万円近かったんじゃないでしょうか。

大変だな。
でも、素晴らしいです。郷土愛。
おめでとうございました。


石川県金沢市。
もう20年以上、足を運んでいません。

私の夢は、「ヴァンフォーレを観に金沢旅行に行くこと」でした。

ひょっとしたら来年(コラッ)叶うの・・かな・・?
いや、悪い冗談(爆)ですね。

でももう、そう遠くない将来には・・ですね。

北陸新幹線。
今度はもう、3時間台で行くことが出来ます。
こちらもまた、「夢のよう」・・です。
「朝、目が覚めたら日本海に朝日が昇っていて・・」も、今となってはとても風情があって良かったんですけど・・ね。

行くぞ金沢、待っててください。

金子昌広君も、頑張っていた。
貢献出来たね。良かったです。

一緒にJリーグを盛り上げよう。頑張りましょう。


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やっぱりサッカーは楽しいと感じたし、みんなに感謝しています。

これまでサッカーをやらせてもらって、たくさんの人の支えがあった。苦しかったり、うまく行かないときも、いつも上から色んな人が引っ張り上げてくれて、僕はそれにしがみついていた。本当に感謝をしています。

サッカー人生の中で、J1、J2、JFLと色んなカテゴリーを経験した。なかなかこういう経験が出来る選手が少ない中、僕のようなレベルの選手が出来たのはありがたいこと。

最初に所属した甲府では、チーム存続の危機で、クラブハウスも無く、土のグラウンドで練習をしていた時もあった。その中でも地域の人が食事を助けてくれたり、細かいことから色んな人に支えられて、ここまで来ることが出来た。

サッカーできることは当たり前なことではない。Jチームがあることも当たり前のことではない。色んな人の思いで出来ていることを感じながらやれたのは、自分に取って大きな財産だと思います。


毎々「J2&J3ハイライト」を観ていると、アッチにもコッチにも「元甲府選手」の名前が出て来ます。

頑張ってるんだな。頑張ってほしいな。
どこに行っても、何年経っていても、心からそう思います。
特に、「あのころを知っている選手」には・・。

美尾敦。「ファンタジスタ」。
夢も希望もなかった、あの時代。
J1なんて「別の国のリーグ」くらいにしか思えなかった、時代。

数少ない「かすかな光」(U18代表)だったのが、ミオちゃん・・でした。

とっても嬉しかったよ。記者会見。
ありがとう。

これからも元気に。
これからのほうが、ずっと長いです。
頑張ってください。



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