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「甲子園球場での日本シリーズ開幕は、50年ぶり」。 50年前。1964(昭和39)年。 この年の日本シリーズも、「タイガースVSホークス(南海)」です。 ホークスの第1戦先発は、「ジョー・”スタン”カ」。 関西の野球ファンに「スカタン」の愛称で親しまれた、大投手。 今季の「第1戦・ホークス先発投手」も、「”スタン”リッジ」。 ・・これもまた、「不思議な縁」ですね。 「このシリーズ(1964年)は外国人シリーズと謳われ、スタンカの他、南海はハドリ、ローガン、阪神はバッキー、バーンサイド(いずれも投手)らが活躍した(ウイキペディア)」。 メッセンジャー(勝ち投手?)&ゴメス(3打点)&マートン(2打点)。 こんなところも、「酷似」になるやも・・しれません。 「似て非なること」は、「”関西決戦”ではない」こと。 パセ合わせて最大4球団もあったにも関わらず、「関西ダービー」の日本シリーズは、この1964(昭和39)年の一度きり。 これは明らかに、「タイガースの責任」(笑)。 もっとも「惜しかった」のは、1973(昭和48)年。 「残り試合2・マジック1」まで迫りながらの、「逆転V逸」。 フロントが「優勝せんでええ。2位でええ」などと言わなければ、「巨人V9阻止」となり、シリーズでの「関西決戦第2章」が実現していた・・のに。 この年、もしタイガース優勝だったなら、おお!またしても「タイガースVSホークス(南海)」・・でした。 やっぱり、「不思議な縁」・・やなあ。 「タイガースVS九州パ」という観点で言うと、「VS西鉄ライオンズ」は一度も実現せず。 タイガースは昭和37年&39年に優勝。 西鉄ライオンズの「最後の優勝」は、昭和38年。 「藤本のじっちゃんVS中西太さん」。 三原脩さんは、どっちを応援したのだろうか。 「ニアミス」。惜しかった・・。 第1戦 19904人(甲子園) 第2戦 19190人(甲子園) 第3戦 29932人(大阪) 第4戦 30107人(大阪) 第5戦 26962人(大阪) 第6戦 25471人(甲子園) 第7戦 15172人(甲子園) 合計 166738人 1試合平均 23820人 昭和39年日本シリーズの、入場者数。 東京オリンピック・フィーヴァーに沸くなかでの「とばっちり」で、シリーズとは思えないような観客数に。 私の親父は当時、23歳。 「甲子園で”スカタン”にやられた。入場券は”当日に普通に買えた”し、兄貴(私の叔父)と、”何の約束もしていなかったのに球場のスタンドでばったり会った”。それくらいガラガラだった。”外野席なんて人が全然いなかった”な・・」 「あのころは関西でも南海ファンの方が多かった。学校でも南海ファンによく阪神を馬鹿にされた。三宅・吉田・鎌田は名手だったが、遠井(吾郎)のせいで”守りは南海が上”なんて言われてな・・」 遠い遠い昔の、今となっては「信じられない」物語です。 そんな親父も、73歳。 ベッドで「寝たきり」になりました。 第1戦。「予想どおり」。 今年は、タイガースかな。タイガースでエエかな。 個人的には、そんな気分です。 「Gに4連勝」で”古いトラ党”はもう、お腹イッパイなんやろうけど(笑)・・ね。 解説席に、阿部慎ちゃん。 よう引き受けたな、しかし・・(苦笑)。 甲子園。やっぱエエな。行きたいなぁ。 |
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「浦和レッズ・公式戦通算1000ゲーム目」。 「浦和サポ8年&甲府サポ15年」(私)。 「国立ラストゲーム&1000試合目」が、甲府戦。 なんだかわからないけれど、「やっぱ、何かしら”ご縁”があったということなのかな」と、ちょっぴり感慨に浸ったり・・でした。 92年のJリーグ誕生と同時に、「浦和応援」に。 2000年のJ2公式戦の最中に、「甲府サポにクラ替え」。 気が付けば、甲府のほうがはるかに「長い付き合い」になっています。 1000ゲームか・・。 300試合くらいは、「関わって」いるのかな。 駒場にもアウェーにも何度も足を運んだけれど、「弱小時代」を含めて、ほとんど「浦和が負けたゲーム」を観た記憶がありません。 「いい思い出」をたくさんくれた、浦和レッズ。 でもいまは、なんにも思い入れがない。 非人情・・? ごめんなさい。 「消滅危機→必死な日々→奇跡の昇格→Jの優等生」。 「甲府とともに15年」。ジェットコースターな日々。 浦和サポ時代の何倍も、何十倍も、何百倍も、思い入れビンビンな歴史・・です。 「いま再び、”必死な日々”」。 でも、楽しいです。浦和サポ時代の何倍も。 「19977人」。 ウィークデイのナイター&「終日・雨」。 なかなかお目にかかれない(?)、「ガラガラな浦和ホーム」。 遠く甲府からもサポーターさん。ありがとう。 浦和のスタメンを観て、しみじみ。 やっぱ、「Jの巨人」「Jのホークス」や・・なぁ・・(苦笑)。 いや、「Jの”カープ”」(爆)・・・か・・? 「生え抜き至上主義」なわけでは、断じてありません。 プロは「実力社会」です。 いやでも、それにしても、「自前のスター」がやっぱり、もう少しほしい・・よね。 「ミスター」福田正博さん。「野人」岡野雅行さん。 大好きだったSBコンビ・堀さん&杉山さん。 大ヴェテランの名取さん&広瀬さんに、「真ミスター」・山田ノブ。 そうそう、「名将」チョウ・キジェさんも。 「・・ったく、しょうがねーなー、モリタは・・」なんて、言ってたんだっけ・・(笑) 「純正」。 「あのころのレッズ」が、懐かしいです。 昔むかし、浦和レッズはよく「Jの阪神タイガース」なんて言われていました。 曰く、「応援は熱狂的なのに、成績に反映されない」・・(笑)。 現・浦和レッズ。 ”降格圏ウロウロの相手連”に、「取りこぼしまくり」。 「”肝心なところで”いつも勝てない」。 ・・そういう意味では、今もやっぱり「Jのタイガース」(爆)・・ですけどね。 ゲーム内容は、あまりにも「予想通り」・・。 「どうしよう・どうしよう・・」の、浦和。 「得点のニオイ」がほとんどなかった(涙)、甲府。 まぁ、いいです。 「ウィークデイ・サーヴィス」で300円(!)だった生ビールが、美味しかったから・・。 (「甲州ワイン」も300円だったけれど、当然飲みませんでした) 甲府サポーターさんの「ジョーフク・コ−フ!コール」に、ちょっぴり「涙」。 来年もまた、出来ることならば「城福さんの甲府」を応援したい。 真面目にやっぱり、そう思いました。 荻ちゃん、頑張ったなぁ。 個人的には、ジウシーニョにも敢闘賞をあげたいです。 「首位・浦和」。 今季、「まだ勝ち点3を獲れていない」のは、わずか4クラブだけ。 「2試合終了で勝てなかった」のは、神戸と甲府だけ・・です。 キリノ、大丈夫かな(涙)。 クリス、残念やったなぁ・・。 いやでも、雨のなか、みんな頑張ってくれました。ありがとう。 東武東上線・朝霞台駅。 待ってろよ、川崎フロンターレ。 最後の最後まで、頑張ろう!! |

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土曜日は、「出勤日」でした。 通常、「土曜は有給休暇」のパターンが多いのですが、22日(水)に「夕方に”早退”しなければならない」ので、止む無く(笑)・・でした。 新潟県の取引先に電話。 「アレ?! クサカベさんが土曜日に出てるなんて珍しいですねえ(笑)。てっきり”こっち”に来てるのかなと思ってましたよ・・」(→苦笑)。 夕方16時。 営業部の「レッズサポ」・M君が現れました。 「甲府の結果は、言いませんよ・・(笑)」 「それより、”ウチ”ですよ・・。クサカベさんに”謝らないと”・・」。 ・・・? 「いやねぇ・・。またカマしちゃいました。足元すくわれましたよ・・・」。 ・・負けたの? 「ええ、”惨敗”ですわ。仙台に(苦笑)」。 ・・・・。 「すみませんねえ、仙台に勝ち点やっちゃって・・(苦笑)」 ・・いや、「そんなこと」は、どうでもいい・・んだよ。。 「よくないでしょ? 仙台勝ったら、困るじゃないですか。甲府は・・」 ・・いや、そんなことじゃ・・ないんだよ・・(嘆)。 仙台の監督さんはね、渡辺晋さんって言うんだけど、「元・”暗黒”甲府イレヴン」のひとり・・なんです。 だから、渡辺さんが勝つのは、仙台が勝つのは、それはそれで喜ばしいんです。 ごめんね、申し訳ないんだけど・・(苦笑)。 そんなことよりも・・・ねぇ・・。 どうしてなんか・・・な。 どうしていつも・・なんか・・な。 浦和。 なんでいつも、「甲府戦の直前に負け」・・・なんか・・な(怒)。。 あ、いや、別にキチンと調べてるわけじゃないんだけどさ。 なんだかいつも、甲府戦前になると「次は絶対に負けられない!」みたいな状況にしてるような気が・・するんだよ・・(怒)。 「ハッハッハ! たしかにそうかもしれないですねえ・・。国立の試合の前もたしか、負けでしたしね(笑)。 いやでもね、申し訳ないんですけど、ウチからすれば甲府は”いつだって負けてはいけない”相手なんですけどね(笑笑)」 ・・そんなこと、言われんでもわかっとりますがな(苦笑怒)。 でも、ね。 私にとっての「VS浦和」は、「J1甲府最高の大一番」・・なんだよ。 極論・超極論、「浦和に勝つこと」が、私の最高の願い・・なんです。 カシマがどうだ、ガンバがどうだって言っても、「ニッポン最大のクラブ」はやっぱり、浦和だと思うから。 だから、倒したいんだよ。 阪神ファンの「打倒・ヨミウリ」みたいなもん・・なんだよ。 私、「平日に有給休暇」なんて、絶対取らないでしょ? でも、来週の水曜日(22日)は、取ったんだよ。 取らなくてもギリギリ間に合うんだけどね、でも、私にとっての「大一番」だからね。 「夕方まで仕事すれば文句ないだろ?!」で、取ったんです。 試合前から飲んで、気合入れて、乗り込みたいから・・ね。 嗚呼!なのに、直前の直前に「4失点惨敗」(爆怒)なんて・・・・。 「危機感マックス」で、迎え撃つ・・なんて・・・(涙) 「まぁなんにせよ、ウチが連敗することはないでしょうね(笑)。国立みたいにドン引きされてドローくらいならあるかもしれませんけど、でも甲府が勝つなんてことはいくらなんでも・・(苦笑)」 うるさい!ウルサイ!・・(号泣)。 「木曜日」、待ってろよ。 私、真っ赤に目を腫らして、出勤してやるから・・・な。 なんだか気分が優れないまま、帰宅。 新潟戦。「カワナカジマ」。 録画予約したゲームを、観る。 「ちょっぴり”退屈な展開”になっちゃうのかな・・」と危惧していたのだけれど、 どっこい、お互いの「”良さ”を消す”良さ”の攻防」が、面白かった。 「1」は残念だけれど、キリノ&タクマがようやっと「持ち味」を見せ始めてくれたのは、収穫・・と、思います。 「もう時間がないんだよ!」と言えばそうなのだけれど、ポジティブ・シンキング!・・です。 浦和戦。 東武東上線沿線に勤めて15年になるけれど、ようやっと「メリット」を感じられる日になりそう・・です。 朝霞台駅からJR線に乗り換えれば、埼玉スタジアムはさほど遠くない。 浦和戦。「その次は川崎戦」。 大変・・だな。 でも、負けない。 甲府サポは、強いよ。「逆境」には。 頑張ろう・・! |
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●1−4 タイガース ●2−5 タイガース ●2−4 タイガース ●4−8 タイガース 「歴史的大惨敗」「惨劇の巨人」。 恐らくは、「球団史上・最悪級の・・」ではないかと、思います。 先制パンチを浴びて、結局まんま・・なゲームばかり。 「菅野が使えていれば」「”あそこ”でセぺダが打っていれば」はあったにせよ、「どっちがタイガース?! どっちが和田さん?!」(笑)みたいなゲームばっかり・・でした。 「クライマックス大反対派」であること自体は、なんら変わりがありません。 和田さんが突如として「積極&強気采配」を披露したのも、「2位だからね。失うもんなんかないからね」が前提としてあったからなのでしょうし、それはタイガースの選手全員、多かれ少なかれあったはずです。 やっぱり、「不条理が生んだ結果」・・ですよね。 (突如「和田コール」を始めたタイガース・ファンや、「和田は名将になった」(!)などと書いた新聞記者にも、ビックリ唖然・・) 「クライマックスはいらない」は、不変。 でも同時に・それ以上に、「ヨミウリのヨミウリによるヨミウリのためだけに存在する野球界」に心底嫌悪感を持って生きてきた身からすると、「良かったヨカッタ」な結果では、やっぱり・・ある。 だって、ニッポン野球界に蔓延る「”不条理なこと”のほぼすべて」は、「ヨミウリ」に起因している・・のだから。 いやでも、それにしてもの、「大惨敗」。 結局、多くの関係者やライターさんが「巨人がなぜ強いか」を一生懸命に説明したところで、(真に僭越ながらも)「しょせん&やっぱり、”こんなもの”だったということなんじゃないのか?」な結果・・と言うほかはないようにも、思えます。 「ジャイアンツ・16勝8敗」 「タイガース・9勝15敗」 「カープ・9勝15敗」 「2014・パセ交流戦」の結果です。 「純パ&嫌G党」の一員としてはこの上なく屈辱的なこの結果が結局そのまま、「セのペナント・レース」を決してしまいました。 逆に言うならば、「”セ内”に限って言うなら、”まったく差がなかった”」ということでも、あるわけです。 タイガースは、クリーン・アップ&先発投手陣&クローザーの顔ぶれ&プレーぶりに、「説得力」がしっかり備わっていました。 CSに限らない。シーズン中からずっと・・です。 今季のジャイアンツには、シーズン中から終始、「なぜトップ?」というイメージしか、湧いてこなかった。 「プロの評論家諸氏」はみな、「わかってないね。巨人が強いのはだね・・」というような論調で記事をたくさん書いている。 いやでも、やっぱり、多くの「”素人な”野球ファン」に必要なのは、「”見た目”の説得力」なんじゃないのかなぁ・・と、やっぱり思うんです。 パリーグのホークスにも言えることなのだけれど、結局のところ今季のパセの王者には、「”数”で押し切った」というイメージしか湧いてこず、「個人の輝き」とそれでしか醸し出せない「説得力」が、欠けていたように思います。 「今季のMVPは誰?」と言われて、すぐに出て来ますか?GとHから・・。 (私がもし選ぶなら、山田哲人君と大谷翔平君でOK!と、オモイマス。スミマセンネ、シロートカンガエデ・・) 「金子千尋」 「アルフレド・デスパイネ」 「ユリエスキ・グリエル」 ”予想通り”出始めた、「”調査”開始」のニュース。 何を今さら、「とっくの昔から」始めてはいたのでしょうけど・・ね。 「なんで”最初”がフレデリク・セぺダだったのか?」の経緯を調べれば、なんら驚くことでもありません。 金子千尋なんて、「やっと(記事が)出たか」というくらいにしか、思いません。 哀しいね、「ニッポンプロ野球」。 「ヨミウリが作り、ヨミウリの為に存在し、ゆえにヨミウリに都合の良いものにしかならない」・・。 広島カープや西日本パイレーツの”誕生経緯”も、元を辿れば「ヨミウリの都合」・・なのです。 「巨人が負けると嬉しい」。 でも、「巨人が負けた”あと”の哀しみ」もまた、”覚悟”しなければならない。 今季のストーブ・リーグ(死語)もまた、「哀しい話題」に振り回されることになるのでしょうね・・。 「三原さんアンタ、ナニ考えとんのじゃ! 優勝チームのエース(南海・別所昭さん)を引き抜いて優勝しようなんて、そんならワシら、練習なんかする必要ないじゃないか。優勝したければ余所の選手を引き抜けばいいんだから。ワシこんなチーム、もう辞めたるわ!」・・ 「猛牛」・千葉茂さん。 千葉さんと仲良しだったのが、今なお「巨人史上最高の捕手」と言われる、「伝説のファイター」吉原正喜さん。 吉原さんと千葉さん&川上哲治さんがいつも連れ立って遊び(飲む・買う)に出かけたのは、東京・中野の「新井薬師」だったのだそうです。 「あらいやくし」。 私の自宅最寄の、バリバリの「地元」です。 「新井薬師前駅」の道を真っ直ぐに1キロほど進むと、長嶋茂雄さんが大学時代に汗を流した元・立教大学野球部グラウンドの所在地がある。 私の自宅は、この2つを結ぶ道の「ほぼ中間」にある。 (ついでに言うと、「某球団の某新監督氏」も、そうである・爆) 凄い! 「ジャイアンツのレジェンドの皆さんゆかりの地」に、私は住んでいるんだなぁ・・! なのになんで私、「熱狂的アンチG」・・なのかなぁ・・。 吉原さんの本を読みながらふと、「哀しい思い」にかられました。 「アンチでいる”理由”があること」が、哀しい。 そういうこと・・です。 いまも悪名高き「最悪の戦場」と言われるインパールで、吉原さんは生涯を終えました。 もしまだご存命だったなら、「今の巨人軍」に、何を思うのかな。 千葉さんと「いま」、どんなお酒を飲んでいるのだろう。 もちろん、もし「嘆いている」のならば、それは”結果に対して”では、ない。 そう、思います。 ニッポンの野球はやっぱり、「永久に”哀しいまま”不滅」・・ということ・・なのかな。 合掌。 |
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「仰木彬さん」。 バファローズの監督に就任なさったとき、世間一般では「無名なひと」と呼ばれていました。 「選手時代の”実績に乏しい”」「地味」「良く知らない」。 ・・そんな声が大半だったと、記憶しています。 かくいう私も、「よく知らない」。 あろうことか、最初は”みょうじ”も”なまえ”も「読めなかった」(!)・・。 (自身の名誉の為に言っておきますと、3年後に漢検1級を取得しました・爆) 「ちっとも&ぜんぜん、”実績のない野球人”なんかじゃない!」と”きちんと(大変な人物であると)知った”のは、情報量が圧倒的に増えた数年先のお話・・です。 そんな、当時「無名で地味なひと」を一躍”大有名人”にしたのが、「10.19」。 昭和63年10月19日。川崎球場。 「知ってるよ、そんなこと」・・? いやもう、「26年も前のお話」です。 リアルタイムで知っているのは、「30代後半くらいからの世代」だけ・・でしょう。 あの日、球場に同行した私の弟が、まだ13歳だった時代のお話。 その弟はいま、「10歳の娘の父親」です。 昭和最後の大激闘。 「近鉄バファローズ」「ロッテオリオンズ」「川崎球場」。 もう、「遠い遠い昔のできごと」になってしまいました。 球場の外野席後方にあるマンションから、双眼鏡を使っての観戦。 途中、双眼鏡を持つ手が何度も震え、困りました。 鈴木貴久さんがホームに滑り込んだ瞬間は、アウトなのかセーフなのかわからなかった。 マンションの同士の皆さんも一瞬、静かになった。 誰だかはわからなかったけれど、コーチと思しき人が出てきて、鈴木さんと抱き合っている。 それは「肉眼」でもハッキリ、わかりました。 マンション、「大熱狂」。 誰だかサッパリわからない他人同士で、抱き合い&大騒ぎ。 私に抱き着いてきたオジサン、「ほんとはロッテファンなんだけどね・・」(笑)。 いつまでも忘れないし、忘れたくない。 「昭和野球のクライマックス」。 いまにして思うと、「古き良き昭和野球の”総決算”」だったのかも、しれません。 立ち会えたこと、今でも私の素晴らしい思い出です。 「もし私がコミッショナーだったなら、決着が着くまで続けろ! 責任は私が持つ!と言いますねぇ・・」。 長嶋茂雄さん。 当時、ほとんどの記者さん&ライターさんの記事は、「感動!感動!の安売り大会」の様相を呈していました。 でも本当は、「なんで”時間切れ”なの?引き分けで優勝が出来ないの?」を、もっと問題にしなければいけなかった。 「有藤さんの抗議云々」よりも、「ルールそのものの是非」を。 稀代のエンターテイナー・長嶋さんは、そんな「不条理」をよく理解してくれていました。 「もし当時、”クライマックス”があったら・・」。 この季節になると毎年、思ったり・・します。 昭和63年と平成元年の、パシフィック・リーグ。 この2年間だけは、恐らくは誰も文句を言わなかったろうと、思います。 いや、でも。 やっぱり、「なくてよかった」んだよ・・ね。 「なかった」から、26年も経った今でも、「語り継がれて」いるんだよ。 きっと、そうだ。 そう、思います。 鈴木貴久さん&仰木彬さんに、合掌。 中西太さんは、「まだダメ」・・ですよ。 |








