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昨日は、深夜0時半に帰宅いたしました。 シャワーも浴びたしサッサと寝ようか・・と思い、TVをボンヤリ観ていたら、「ヒバクシャからの手紙」(NHK)という番組が・・。 そうか、きょうは「8月6日」なんだ・・と、思いました。 お昼のワイドショーで、「東京の若者への街頭インタビュー」という特集がありました。 「1945年の8月6日は、何があった日かご存知ですか?」 最初、「なんだそりゃ・・。なんちゅう質問や・・(苦笑)」と思ったのですが、なんと返ってきた答えは・・ 「え?? え〜っと、ピンと来ないです・・」(♂) 「え・・。すみません、わかんないです・・(笑)」(♀) 無論、「そういう答え方をした若者だけをオンエアした」ということなのでしょうが、それにしても、そもそもが「知らない若者がいる」こと自体、なんともいえない哀しみでした。 「私は、高校時代まで広島で原爆ドームを観て過ごしました。大学からずっと東京なんですが、こっちに来て一番驚いたのは、東京では8月6日が”ごく普通の一日”だったことですね。誰も広島の話をしないので、最初はビックリでした。」(大下容子アナ) 「人間にとって何よりも恐ろしいのは、”無知”です。日本人は、原爆を絶対に風化させてはいけないのです」(山本晋也監督) 真夜中でしたが、「夕凪の街・桜の国」のDVD、観ました。 ちょうど1年ぶりの鑑賞でしたが、やっぱり泣けました。 原作の漫画では、舞台設定が「昭和30年」になっていますが、映画では「昭和33年」に。 変更されている明確な理由はわからないのですが、私は勝手に「カープ」がキーになっているのでは?と、思っています。 「出来たばっかりの市民球場にも行ってみたいしの・・」 監督の佐々部清さんは、大の野球好き(トラキチ)。 ところどころに、「カープ」「市民球場」「長谷川」という台詞が出てきます。 「市民球場が誕生した年」を舞台に・・というのが「真相」だったのでは?と、思えるのです。 映画が公開された2007年は、「市民球場・開場50周年」の年でした。 「僕も世界中でいろいろな球場を観てきましたが、”平和をかみ締めながら野球を楽しめる球場”というのは、全世界で広島市民球場だけなんですよ」 苫篠賢治さん。 「新球場は凄く楽しみなんですが、でも・・、僕はやっぱり、”あの場所”で新しく作るか、フルキャストスタジアム(宮城)のような感じで出来なかったのかな・・というのが、やっぱり残念です」(同) 二宮清純・携帯サイト「上田哲之のカープ・アイ」。 今年もし、カープが8、9月に3位争いをすることになったら、広島はものすごい盛り上がりをみせるはずなのだ。街は、あの初優勝のときに迫るような活況を呈するはずなのだ。 もし、8月に3位争いをしたら、なぜ広島の街がこれまでにない興奮に包まれるのか。 それは、現在の広島市民球場が今年で最後だからである。 ほとんどの市民が、内心では現在地での新球場建設を願ったのに、かなわなかった。それは、想像以上にひとりひとりの心の傷となって残っている。 だからこそ、最後の市民球場で日本シリーズを、という夢をみたいのだ。 ・・・ デーゲームのときは、朝の9時ころから。 ナイトゲームのときは、お昼の3時ころから。 缶ビールとおつまみを買い込み、川を挟んでドーム&市民球場と対峙して、ゆったりとした時を過ごす。 野球の話。生活の話。人生の話。平和への感謝。 「人間にとっての、本当の贅沢」を味わえるひととき・・なんです。 心の底から、「ヒロシマ、来て良かったなあ」と思える、ひとときなのです。 この「本当の贅沢」は、今年限りになります。 そして今年も、「8月6日・市民球場」は・・無かった。 「風化」しているのは、なにも東京だけではない。 むしろ「本当に深刻」なのは、「地元そのもの」なんじゃないのか・・?と思えて、仕方ありません。 「こんなに離されて、日本シリーズってのもなあ・・」。 でも、「カープに出てほしい」んじゃないんだから。 「市民球場でゲームをしてほしいだけ」なの・・・ですから。 頑張れ、カープ。
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