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昨日は、夕方の4時に寝てしまい、結局朝までそのまま・・(13時間睡眠・呆)。 大相撲の千秋楽も、見られずじまい・・でした。 早朝、「そういや、どうなったのかな・・」と思うまでもなく、TVを付けた途端にアッチもコッチも「大フィーバー」。 「深〜〜〜い溜息」・・でした。 15日間、「全部の取組」を観ました。 圧倒的な集中力。スピード。 「決定戦」では、痛めている左肘を一切、使っていない。「腕だけ」で、仕留めた。 強かった。確かに。 「文句」は一切、ありません。取組については。 でもやっぱり、「何だかなあ・・」が、どうしても拭えませんでした。 「心・技・体」。 横綱に求められる、最も大事なもの。 「古臭いね」 「そんなこと言ってるから、相撲は人気が出ないんだよ」・・。 「守らねばならない伝統」は、ある。 大相撲は、「単なるプロ・スポーツ」とは断じて違うから・・です。 「相撲に”心”が求められるのは、武道の一種だからです」(TBSラジヲ) そのとおり。 「だから、横綱が土俵でガッツ・ポーズをするなどというのは、本来許されない行為」(同)。 まったく、そのとおり。 「ダメ押し」も、おんなじ。見苦しいにも程がある。 「朝青龍という人は、感情が表に全部出てしまうんでしょうね。嬉しいと、それが素直に表に出る。アレはアレで、いいんじゃないですかねえ・・」(TBS・街頭インタビュー)。 寂しいな。 ただただ、「虚しい」です。 「相撲なき、相撲状況」・・。 「多くの苦難を乗り越えての・・・」 耳にタコが出来るほど聞いた、フレーズ。 「苦難」って、一体なんですか・・・? 何を指しているんでしょうか・・・・? 「度重なる怪我」・・? それなら、「多少は」わからなくはないけれど。 でも恐らくは、「多数のバッシング」のこと・・だよね? ではその「バッシング」とは、”なにゆえに起こったこと”なんでしょうか? 大相撲で最も重要なものであるはずの、「巡業」。 よりによって、大看板であるはずの横綱が「すっぽかし」。 あろうことか、「怪我の治療」を理由にしていたはずが、「母国でサッカー」。 一部の「馬鹿なメディア」による(視聴率狙いの)「面白半分バッシング」には、わずかながらも同情はしますが、多くの「バッシング」は、極めて「妥当なもの」であったはず・・です。 「相撲にも”ヒール”は必要」 馬鹿言っちゃいけません。 「力士(横綱)として何ら”落ち度はない”が、あまりにも強いので憎らしい」 許されるのは、そういった類の「ナチュラル・ヒール」だけ・・です。 (「かつての」北の湖のように) 「やっぱり朝青龍がいないと、相撲は盛り上がらない」 ・・背筋が凍ります。 「強い巨人をみんなで倒す。それで球界は盛り上がる」 「やっぱり巨人が強くないと、プロ野球は・・・」 ・・そんなことを言い続けた日本のプロ野球は、どうなった? 「●●が強くないと・・というシステムを作り上げるということは、結局その”●●の横暴を許す”、ということに他ならない」(玉木正之氏) いまの相撲界、まさにそうなってしまっていませんか・・? 稽古なんかしなくてもいい。本場所で勝ちゃあいいんだろ? 巡業? ヤだね。 国に帰って、ノンビリするんだ。サッカーもやりたいしな。 土俵に上がるだけで、大歓声。 勝ったら勝ったで、また大歓声。 半年以上「サボっていた」力士相手に、白鵬以外誰も付いていけない・・。 まだ中日までしか終わっていないのに、「このまま両横綱が全勝で行って、千秋楽決戦になってほしい」などと公言した、武蔵川理事長。 「朝青龍フィーバー」とやらで、連日の大入り。視聴率も絶好調。 「八百長騒動」を起こした週刊現代&武田頼政さんが、相撲協会相手に「本当に言いたかったこと&したかったこと」は、「八百長はあるのか否か」だったわけでは、ないはず。 その「本当に糾したかったこと」も、全部吹き飛んでしまいました。 「やっぱり巨人が強いと・・」に、なってしまった。 「悪いのは、”勘違いした人間”じゃない。”勘違いさせた組織”です」(やくみつる氏) 「勘違いさせた組織」は、今ごろ「ウハウハ」なのでしょうね。 「どんどんバッシングしてくれ。盛り上げてくれ。また”同情した客”がどんどん入る。ウッシッシ・・」 国技館の「異様な盛り上がり」、とってもとっても寂しかったです。 本来、横綱が「同情」なんかされたら、恥ずかしいでしょ。情けないでしょ・・・? 大相撲は、絶対に「単なるスポーツ競技」なんかでは、ないはずなのに・・。
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2009年01月26日
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