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自宅最寄りの、西武池袋線・東長崎駅。 駅を出たら、強い雨が降っていました。 今日は雨予報なんてなかったから、傘なんて持っていない。 仕方がないので、止むのを待とう・・となって、駅前のカレーハウスに入りました。 30分ほど過ごして店を出ると、まだ降っている。 雷も伴う雨なので、動くに動けません。 店の前で煙草を吸いながら途方に暮れていると、なんとお店の店長さんが傘を持って出て来ました。 「よろしかったら、お使いください。もしまたお越しいただける機会がありましたら、そのときにお返しくだされば結構です・・」 ささやかな、幸福感。 ちょっと大袈裟ですけど、「世の中、捨てたモンじゃねぇなあ」と・・思いました。 「ありがとう!店長さん」というコトで、お礼に「カレーハウスのPR」を・・します(笑)。 「CoCo壱番屋」。 通称・「ココイチ」。 カレー専門店です。 友人に教えてもらって以来ファンになって、以後20年近い付き合い・・です。 チェーン店ですから、「メチャうま!」というほどに本格的なわけではないけれど、「なんか、無性にカレーが食いてーなー」なんてときに立ち寄ると、一定以上の満足感は味わえます。 ライスの量・トッピング・辛さを、自分の好みで自由に選べます。 私は「激辛カレー党」なので、辛さを5段階&それ以上で選択出来るのは、嬉しい限り。 結構な値段になってしまうのが玉に瑕・・なのですが、豊富な種類のトッピングが揃っているのも、「ココイチ」の魅力です。 山梨県にある、「昭和インター店」。 サッカー観戦の前の「ゲン担ぎに・・」と、ここで「ロース”カツ”カレー」を食べたら、ヴァンフォーレ甲府が勝った(笑)。 以後、7回連続で「同じ席で同じメニュー」を試したら、「観戦7連勝」を達成しました(爆)。 そういえば、スワローズの石川&館山の両投手も、クライマックス・シリーズ出場を目指して「”ココ一番”で勝てるように」と、ココイチカレーを食べていたんだとか(笑)。 「ココイチ」、何気に「勝負運」があるのやも・・ですね。 (ココイチの「本拠地」は愛知県なんですけど・・ね) 日本全国、わりとよく見かけるお店なので、ぜひ一度立ち寄ってみてください。 |
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2009年10月14日
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実に馬鹿馬鹿しい「野球ヲタクの郷愁」を、書きます。 もしよろしかったら、お付き合いしてやってください。 (ひたすらに長いので、「アホか?」となったら、スルーしてください) 「1989年10月13日」。 「野球ファン歴・34年」の私にとって、5指に入る「忘れられない1日」・・なんです。 我が愛するブレーブスは、史上空前の大混戦となったパリーグ優勝争いの渦中に・・いました。 開幕から、8連勝。 松永・ブーマー・門田・石嶺・藤井。 猛打爆発の、「ブルーサンダー打線」。 前半戦終了時点で、2位に8.5差を付ける、独走態勢。 投手陣に不安要素を抱えてはいたものの、「普通に戦えば、優勝は間違いない」という状況下・・でした。 「みんなでオ●ックスを倒そう。オ●ックス戦にエース級を投入しよう。でないと、”パの灯”が消えてしまう・・」 仰木彬さんによる、「ブレーブス・包囲網キャンペーン」。 ハッキリ言って、「非常に不愉快」・・でした。 「自己都合のために他球団を煽るな。何が”灯が消える”だ。綺麗ごと言ってるだけじゃないか・・」 しかし、残念ながらこの「呼びかけ」が、効果を発揮し始めてしまいます。 下位に低迷していたオリオンズやファイターズが、ブレーブス戦になると「目の色」を変えてくるようになりました。 無論、「眼下の敵」ライオンズやバファローズは、言うに及ばず・・です。 勝利目前で、中継ぎ&抑えが打ち込まれての「信じ難い逆転負け」が、日を追う毎に増えていきました。 気がつけば、バファローズ&ライオンズが、「すぐ下」にまで迫ってきていました。 後年、仰木さんご自身が認めていらしたように、この年のバファローズの戦力はライオンズ&ブレーブスと比較すると、決して盤石とは言い難い厳しいメンバー構成・・でした。 しかしこのチームには、「世論」という「大きな味方」が・・ついていた。 言うまでもなく、前年の「10.19の悲劇」・・です。 「今年こそ、バファローズに優勝させてやろうよ」という雰囲気が、世間一般にも充満していました。 「通常のシーズン」ならば、間違いなく私だって「そう思っていた」と、思います。 しかし・・ね。 私だって、「阪急ブレーブス・消滅」という、バファローズファンに勝るとも劣らない「哀しみ」を抱えて、この年のシーズンを迎えていたのです。 「今年優勝してくれれば、少なからず心の傷も癒える。有難いなぁ」・・だったのです。 残り試合が一ケタになろうとしてもなお、どこにもマジックが点灯しない「空前の大混戦」。 ブレーブスに「初マジック・9」が点灯したのは、9月も終ろうとしていた頃・・でした。 しかし、一向に「勝利の女神の姿」は・・見えない。 そうこうしているうちに、「10.12の奇跡」が・・起こりました。 「ラルフ・ブライアント 4連発」。 世間の空気は、完全に「バファローズ、”良かった”なぁ・・」と、なっていきました。 しかし同じ日、ブレーブスも川崎球場のダブル・ヘッダーで、2試合計・26得点の大爆発。 「明日もう1回、オリオンズに勝てばいいんだ。そうなれば、最後まで何が起きるかわからんじゃないか・・!」 必死にそう言い聞かせて、川崎球場に向かったのが、「10月13日」・・だったのです。 これほどまでの大混戦にも関わらず、川崎球場のスタンドは、「いつもよりはかなり多い」といった、程度。 「主催者発表で」1万8千人・・ですから、現在で言うならば「神宮球場のベイスターズ戦なみ」といった程度でした。 それでも、いつもなら「野鳥の会じゃなくても数えられる程度しかいない」のですから、物凄く嬉しかった。心強かった。 静岡から来たという団体のファンの方に囲まれて、ジュースやらお菓子やらを頂戴しながら、「ブレーブスが絶対に優勝するよ!」と励まされての、観戦。 藤井康雄&ブーマーの特大弾で、3−0。 佐藤義則さんも、快調なピッチング。 「楽勝だ。もう大丈夫だ」と、思いました。 愛甲猛の「平凡な外野フライ」が、我々めがけて、飛んでくる。 レフトの石嶺和彦さんは、グラブをはめた左手を振りながら、ゆっくりバックしてくる。 「さて、トイレにでも行って来るか」と席を立ったら、石嶺さんがなんと、フェンスにへばり付いている。 ?!? 「打ち損ないの、ただの外野フライ」じゃ・・ないか・・・。 ベンチまで戻りかけていた佐藤義則さんが、呆然とした表情でこちらを向いて立っている。 スタンドの「最前列」に、ボールが1個、転がっている。子供たちが「争奪戦」をはじめている・・。 「何が起こったのか」、しばらくわかりませんでした。 スコア・ボードを見たら、なんとオリオンズが「逆転したことになって」いた。 8回オモテ。 「ノーコン・伊良部秀輝」が、マウンドに上がりました。 1死・満塁。門田博光。 いつもなら「楽勝で打ち返せる」はずの若僧投手に、全然タイミングが合わない。 ボテボテの、投手ゴロ・・。 静岡の団体さんたちは、「新幹線の時間だから」と、席を立ってしまいました。 「残念だけど、仕方ないね。応援、ありがとうね・・」 「こんな汚い球場と貧乏球団、消えてなくなれ・・!!!」 ヤケクソで叫んだ、汚すぎる野次。 その「汚い球場」と「貧乏球団」が、翌年から「なによりも愛する存在」になるなど、夢にも思っていませんでした・・(笑)。 翌日の10月14日は、「オフクロの誕生日」です。 生涯で唯一、「何もしてやらなかった誕生日」に、なってしまいました。 1週間くらい、「野球の話題」を一切、シャット・アウトした。 未だに、「あの年の仰木さんの胴上げ」は、一度もきちんと観たことがありません。 日本シリーズで、「巨人が勝ったっていいよ。どうでもいいよ」などと思ったのも、あの年だけ・・です。 「アホな餓鬼だったんやなぁ」と、しみじみ・・思います(苦笑)。 「史上最高のペナント・レース」。 上位3強すべてに互角の勝負を演じた、福岡ホークス。 「近藤マジック」で面白野球を展開した、ファイターズ。 最後の最後に「存在意義」を見せ付けて、バファローズに「罪滅ぼし」をしてみせた、オリオンズ。 1位から3位までの最終ゲーム差は、なんと「0.5」。 この年に「クライマックス・シリーズ」があったら、文句を言うファンは一人もいなかったでしょう。 いや、「無かったからこそ」、空前の展開になったんでしょうけど・・ね。 もっと「純粋に」、シーズンを楽しみたかった。 それが今でも、残念で仕方ありません。 20年経った今でも、「10.13」というと必ず思い出す。 「どうしても忘れられない、悔しい思い出」。 あくまでも「プロ野球に関して」・・ですが、皆さんには、ありますか? もしよろしかったらぜひ、教えてください。 ダラダラと長いだけのアホな駄文。申し訳ありません。 もし、最後までお付き合いいただいた方が一人でもいてくださったのならば、本当にありがとうございました。 最後に。 仰木彬さんも近鉄バファローズも、大好きでしたよ。間違いなく・・。 |
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