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ハム太郎さん&ファイティさん、本当におめでとうございます。 梨田さんは、「2球団での胴上げ監督」に。 「恩師」西本オヤジさんに、並びました。 今季のプロ野球は、「真に強いチーム」がひとつも存在しなかったように、思います。 ことに「群雄割拠」のパリーグは、首位になるも最下位になるも「紙一重の差」。 「どこよりもバランス&総合力に優れていた」ことが、優勝の要因だと思います。 全盛期のライオンズにも引けをとらない、外野守備。 小谷野栄一&金子マコ&田中賢介の内野陣も、実に見事でした。 お世辞にも盤石とは言い難い、先発陣。 素晴らしいフィールディングが、防御率を大幅に下げてくれていたのではないでしょうか。 昨年は貧打に泣いた打線にも、「孝行息子」糸井嘉男が出現。 金子マコ&小谷野は、「ライヴァルの入団」が大きな発奮材料に。 「陰のMVP」は、ニオカだったのやも・・しれませんね(笑)。 小宮山悟さんの「史上最高齢セーヴ達成」で、優勝が決定。 最後の最後に、マリーンズお得意の「お邪魔虫ぶり」が炸裂しましたが(笑)、まぁある意味「梨田さんらしいなぁ」とも・・ですよね。 クライマックスシリーズ&日本シリーズ。 「パ・リーグの代表」として、頑張ってください。 |
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2009年10月06日
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8月の、大阪ドーム。 試合前に行われた、クイズ。 「正解率・51%」。 1995年は、「遠い遠い昔の話」に、なってしまいました。 (因みに、「クイズの内容そのもの」も、間違っている。酷すぎる・・) 1995年。 小宮山悟・伊良部秀輝・エリック・ヒルマン。 セットアッパー・吉田篤史を挟んで、成本年秀・河本育之のダブル・ストッパー。 核弾頭・諸積兼司に、堀幸一・フリオ・フランコ・初芝清のクリーン・アップ。 打撃ベストテンの5傑までに全員が収まった、「ニュー・ミサイル打線」。 オリオンズ・ファンになって以来、初めて&最高に幸福な、1年でした。 「ロッテファン?! なんで??」と言われなくなったのも、この年から・・でした。 シンプルで格好いいユニフォーム。 サッカー応援のような「サポーターズソング・スタイル」が始まったのも、ボビー時代からです。 マリーンズが、「メジャー球団」になった。 「在京セじゃなきゃ嫌」という選手が減り始めたのも、この時期からだったと、思います。 96年のシーズン最終戦には、「ヒロオカ・ヤメロ」と書いたボードを持参して、マリンスタジアムへ。 5回ウラから試合後のセレモニーまで、休みなく続いた「ボビー・コール」。 あのときからずっと、毎年毎年「ボビー、帰って来てくれ・・」と、祈り続けました。 だから、今はただ、「ありがとうございました」としか、言いません。 「残念だなぁ」とは、思わない。 ただひたすらに、「ありがとう」・・です。 「オリオンズ&マリーンズ史上、最高の監督」です。 今はただ、それだけを強調してあげたいです。 「理屈は、抜き」です。罰が当たる。 朝からずっと雨だったのに、超・満員のスタンド。 小宮山悟さんは、「いつか再び、このユニフォームを着て・・」という、奇跡的なご挨拶。 花束を持って現れたお子さん達には、自分にではなくボビーに渡すように伝えました。 素晴らしいゲーム&セレモニーでした。 「セカンド・堀」のタイムリー。涙が出る。 アグバヤニも、ありがとう。 ランビン&バーナム(涙)。忘れないよ。 「最後の勇者」高木さんも、頑張ってもう少し、ユニフォームを着てください。 チキショー。 悔しいけれど、やっぱりいいチームだよ・・。 そりゃ、そうだ。 「ボビーが作ったチーム」・・なんだものね。 サンキュー!ボビー。 心からの、「アリガトウ」です。 |
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福岡ドーム・ホークスVSバファローズ。 試合終了後、「景浦安武選手の引退セレモニー」が開かれました。 素晴らしすぎる。 大拍手!です(笑)。 都合により出席できなかった本人に変わって、水島新司先生が引退のご挨拶。 「昭和48年の入団以来、南海ホークス16年・福岡ダイエーホークス16年・そしてソフトバンクホークス・5年・・」 現役・37年。 福岡ダイエーって、16年も続いたんだっけ・・?! そうかぁ・・。 あぶさん、「福岡のほうが長かった」んですね。 パリーグの情報が、極端に乏しかった時代。 「プロ野球ニュース」以外で、「パリーグ選手の顔&姿を観られる機会」が、ほとんどなかった時代。 私は「あぶさん」で、南海ホークスの選手を憶えました。 「豪傑」佐藤ミチさん、「ペリカン」外山さん、藤原「チャイ」さん。 連載開始当初は、ノムさん&高畠さんの名コンビで・・。 「追い越せジャイアンツ! 追い越せセントラル!で始まったのが、あぶさんです・・」 水島先生の「パリーグへの功績」は、計り知れません。 大阪ミナミの、ボロアパート住まい。 小さな小さな居酒屋で繰り広げられる、「ナニワ人情道」。 野球への愛情と人間の優しさが詰まっていた、「あぶさん」。 ♪ 負けたらあかんで東京に ・・ あぶさんにはやっぱり、「なんば球場と南海ホークス」が、一番似合っていたように思います。 「3年連続三冠王」「年間56本塁打」「史上初の4割打者」。 どんどん「非現実的スーパーマン」になっていった、あぶさん。 「庶民派ヒーロー」から、「世界最強打者」になってしまった、あぶさん。 漫画喫茶に行っても、「南海時代だけを観るように」なっていました。 「あぶさんにも、”人並みの幸せ”を味わわせてあげたかったんです」 水島先生がそう仰るのなら、すべてを受け容れましょう。 62歳まで現役を続けたからこそ、「史上最高の引退式」が開催されたのですし・・ね。 「南海ホークス・最後の大物」。 お疲れ様でした。 |
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