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「ベイ・エリア」には、豚をも凌駕するほどのウィルスでも蔓延しているのでしょうか。 古葉竹識(1987年-1989年) 須藤豊(1990年-1992年) 江尻亮(1992年) 近藤昭仁(1993年-1995年) 大矢明彦(1996年-1997年) 権藤博(1998年-2000年) 森祇晶(2001年-2002年) 山下大輔(2003年-2004年) 牛島和彦(2005年-2006年) 大矢明彦(2007年-2009年) 20年で、「10人」。 一体、何をしているんでしょうか。 何がしたいんでしょうか。 2002年以降の7年間で、「4人」。 T○Sに経営権が変わってから、一度でも「いいこと」なんて、あったでしょうか。 「せーせーした」 「遅すぎたくらい」 「さあ、これから反抗だ!」 ベイスターズ・”ファン?”の悲しい感想を拾いながら、何ともやりきれない気分に・・です。 違うんですよ。「怒りの矛先」が。 1997年。 シーズン終盤までの、優勝争い。 「37年ぶり」を予感し、熱狂して。 「謎の解任」には、ファンも一緒に「もらい泣き」。 凄まじい「オーヤ・コール」に、もらい泣き。 誰も憶えてなんか、いない。 「今の采配」「今の結果」にしか、興味を示さない。 「おかしな采配」は、確かにありました。 でも、「手のひら返し」は、いけないよ。 私はタイガース・ファンだった時代、吉田義男さんにだけは、一度も野次を飛ばしたことがありません。 「38年ぶり」。 私は、忘れません。 「権藤さんじゃないよ。大矢さんだよ・・」。 「故郷」でいつか、会いましょう。 私は「スワローズ・大矢明彦」の、大ファンでした。 「スワローズの27」は、「古田の背番号」じゃ、ない。 |
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2009年05月18日
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マリーンズ・福浦和也選手の、「出囃子」。 「獅子VSレオ」。 「阿久悠ダービー」・・(笑) かつて(今も?笑)の「ウルトラマン信者」としては、嬉しい限り・・です。 昔、「ウルトラマン大全集」というカセットを、持っていました。 「ウルトラQ」から「レオ」までの全主題歌が入った、カセット。 いちばん好きだった歌が、「ウルトラマンレオ」でした。 「ウルトラマンレオ」は、第一次&第二次ウルトラマンシリーズの中で、もっとも視聴率が低迷したシリーズとして、知られています。 放送開始の昭和49年は、「オイルショック」の年。 派手な特撮シーンを製作することが出来ず、光線技よりも空手技を重視。 当時の「スポ根ブーム」を意識してか、主人公が厳しいシゴキと特訓による試練を課せられます。 それまでのウルトラマンとは一線を画す、試み。 「派手さがない」「暗い」と、子供達から嫌われて、不人気に・・だったのでしょうね。 結局、途中からは大幅な「路線変更」を。 この主題歌も、全52話中13話までしか、使用されませんでした。 「ウルトラマンレオ」 作詞・阿久 悠 突然 嵐が巻き起こり 突然 炎が吹き上がり 何かの予言があたるとき 何かが終わりを告げるとき 誰もが勇気を 忘れちゃいけない 優しい心も 忘れちゃいけない ・・・ 「福ちゃん、”意図的に”選んだんじゃないのか?」と思えるほどに、”示唆的な”詩。 現在のマリーンズに異常にマッチする、切なさ・・。 「昭和49年」は、チームにとって「特別な年」であるはず・・なのに。 ♪ いまこの平和を壊しちゃいけない みんなの未来を壊しちゃいけない ・・ レオに出て来てもらいたい。 球団事務所に。 |
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