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1位 福島原発事故 2位 東日本大震災 3位 東日本大震災 4位 東日本大震災 5位 東日本大震災 「その他のニュース」なんか、ありません。 ただただ、無念。合掌。 原発問題も震災も、まだ何も終わってはいません。 継続。引き続き。支援も、問題提起も。 がんばろうニッポン。 12月24日。 取引先のある、群馬県桐生市に行って来ました。 「クサカベさん、サッカー好きだったよね。行ってみる? すぐそばだけど」。 松田直樹さんの、ご実家です。 「ほんと、可哀相だったね。実家のすぐ近所にある葬儀屋が全部取り仕切ったんだけどさ、あの葬儀屋、倒産寸前だったのが、今回の件で”命拾い”したんだよ。嫌な話だけどね・・」 松田直樹さん。享年・34。 早過ぎるよね。早過ぎました。 伊良部秀樹さん。大馬鹿野郎だ。 西本幸雄さん。 私の、生涯変わらぬ「もっとも尊敬する野球人」です。 (追悼記事は、来年ゆっくりと) 成田文男さんも、与那嶺要さんも、箕島の尾藤さんも。 スーちゃん。談志さんも市川森一さんも。 ありがとうございました。 東北の、フクシマの、長野や千葉や茨城の。 すべての「無念の皆さん」にも、合掌です。 今年も、お世話になりました。
ありがとうございました。 |
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2011年12月31日
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スカパーフジ・「プロ野球ここだけの話」。 テーマは、「サブマリン投手」。 ゲスト・山田久志さん・松沼博久さん・渡辺俊介投手。 ●サブマリン投手になったきっかけは? ●山田さん 僕は元々、三塁手だったの。高校二年まで。 サヨナラエラーやってね、その日のうちに「お前、クビ。投手やれ」。 高校を卒業して、岩手の富士製鉄釜石という会社に入って。 そこの監督さんに、「お前、このままじゃダメだ。横から投げてみたらどうか」って言われたの。 それが、キッカケですね。 もしエラーをしなかったら投手になってなかったかもしれないし、釜石に入ってなかったら下手投げになっていなかったと思う。「その後の山田」も、なかっただろうね。 たまには、エラーもしてみるもんだよ(笑)。 ●松沼さん 僕も高校二年までは内野手でした。 監督さんから投手やれ、って言われて転向したんですけど、全然、ストライクが入らない。 たまたま、先輩に下手投げの人がいたので、見よう見まねでやってみたら、コントロールが良くなった。 「これならいけるかも」ってなって、そのまま・・でした。 ●渡辺俊介 僕、立位体前屈が得意なんですけど、それで小学生の時、親父から「横から投げてみろ」と言われたんです。 と言っても、当時はまだ山田さんや松沼さんの映像を観るチャンスもなかったので、誰を参考にしてマスターしたらいいのかわからない。 近所の草野球のおっちゃんに下手投げの人がいて、それを手本にしたりもしましたよ(笑)。 野球カードって、あるじゃないですか。 あれで、杉浦忠さん(南海)のカードを貰ったんですけど、もう、衝撃でしたね。 ボールをリリースする瞬間の画なのに、右足が地面にピッタリ着いているんです。 「なんて凄いフォームなんだ。どうしたらこんな投げ方が出来るんだろう?」って、一気にアンダースローに興味が湧いてきたんです。 その後、山田さんのフォームの映像も見られるようになって、「下手投げにも格好いい人がたくさんいる!」って感激して、このフォームで行こうと決めました。 ●「これぞサブマリン!という投手を3人、挙げてください」 ●「杉浦忠・秋山登・皆川睦男」(山田さん) 僕らの世代は、野球を始めたころのスターって言ったら、立教の杉浦さん・長嶋さんだった。 この世界に入ってお会いした先輩方のなかで、会うときに緊張したのって、杉浦さんと長嶋さんだけだったね。 杉浦さんはもう、別格やね。 カーヴなんて、大袈裟にいうと「ベースを巻いてくる」んだから。 野球界の先輩ってのは、みんな意地悪なの。 なにか教えてって言っても、誰も教えてくれない(笑)。 でも、杉浦さんは本当に優しい人なのね。なんでも教えてくれた。 「ヤマ、腕の振りはこうやぞ、手首の角度はこうやぞ・・」。 カーヴを教えてもらったのも、杉浦さんでした。 秋山さんはね、格好いい投手でしたね。 「サブマリン=17番」のイメージの元祖ですよ。 「17がほしいなぁ」って、思ったもんね。秋山さんがキッカケだったんですよ。 皆川さんは、スピードはないけど打たせて取る名人。 優しそうなイメージなんだけど、実は意地悪なんだよ(笑)。何も教えてくれなかった。 あの人、山形でしょ? 僕が秋田だから、ライヴァル意識があったんじゃないかな。 プロでも、同じ関西の電鉄同士だったしね。 ●「杉浦忠・山田久志・金城基泰」(松沼さん) 山田さんは、僕らにとってみたら神様。 でも杉浦さんは、さらにその上を行くような存在(笑)でした。 金城は凄かったですね。バックスイングが大きくてね。 彼よりも大きく腕を振ろうとしてみたんだけど、出来なかった。 本当は、後ろは小さいほうが理想なんだけど、彼は大きく大きくだった。 「でもそれが金城の弱点だった。バッターから見ると、ボールの握りが全部見えるから、それで球種がわかるんだって。プロのバッターってすごいんだなって思ったね。でも速かったよね、金城は」(山田さん) あとは、高橋直樹さんとか、右ではないけど永射保ですかね。 左バッターはみんな、誰も打てなかった。レロン・リーなんて、右打席に入ったんだから。 ●「杉浦忠・山田久志・仁科時成」(渡辺俊介) プロに入った時の投手コーチが仁科さんだったので、最初はよく真似をしました。 左足を掛ける独特の投げ方なんですけど、真似出来なかったですね。 ●「シンカー」 ●山田さん カーヴと真っ直ぐだけじゃシンドイなぁと思うようになって、シンカー投げたいなぁ!ってなったのね。 それで、杉浦さんに聞きに行ったの。 そうしたら、「俺悪いけど、シンカー投げないんや」と。 あの人は、真っ直ぐとカーヴしか投げなかった人なんだよね。 それで皆川さんに聞きに行ったら、教えてくれない。意地悪なんだ(笑)。 阪急の先輩の足立光宏さんと言う人がいたんだけど、教えてって言ったら「ダメ!」(笑)。 仕方ないから、独学でマスターしましたよ。 ムキになってシンカーを投げに行ったのは、落合(博満)だけ。 清原にはね、実は一回も投げたことがないんです。 全部、真っ直ぐ勝負。 だから、清原のコメントはショックだったね。 「シンカーを打った」って。 真っ直ぐに力がなくなって、自然に落ちてただけなんだよ。 「ああ、俺も衰えたのかな」って、思ったね。 ●渡辺俊介 僕もシンカーを覚えたくて、高津さんとか葛西さん・川尻さんなんかに聞きに行ったんです。 でもなかなか、マスター出来なかった。 高津さんには、「お前のフォームじゃ無理」って。 でも、山田さんにお会いしたとき、「シンカーは低めに投げるボールじゃない。高めから落とすんだ」って言われて、それからシックリ行くようになりました。 バッターに「チャンスボールだ!」と思わせる高さへ投げて、ほんの少し落とせばいい、と。 昨年は、その「落ち際」を狙われてよく打たれたんですけど、だから今年は逆手にとって、シンカーを投げずに真っ直ぐで勝負した。 そうしたら今度は、フライアウトの山になりました(笑)。 ●松沼さん 僕にとってのシンカーは、逆に「低めに投げたい時に使うボール」でした。 勝手に沈んで、低めに行く。 晩年なんて、130球投げるとしたら100球くらいがシンカー。 それで3年くらい、生き延びました(笑)。 ●ブルペンの練習中に、山田さんのフォームを真似して投げてみたことがあるんです。 そうしたら審判の方に、「いまの、二段モーションじゃないか?」って言われた(笑)。 「このフォームは、284勝をマークした山田久志さんのフォームですよ」って言ったら、みんな突然何も言わなくなって・・(笑)(渡辺俊介) ●いま、ぼくのフォーム(映像)を観て思うこと? 綺麗だねぇ。いいフォームだねぇ・・(笑)。 でもお客さん、入ってないねぇ・・(笑)。 もう少し、入ってくれても良かったよね・・。(山田久志さん) 「カーヴの正しい投げ方は、山田さんに教えてもらいました」(渡辺俊介) 「僕がカーヴを教えてもらったのは、杉浦忠さんだった」(山田久志さん) 杉浦忠→山田久志→渡辺俊介。 素晴らしき「野球の伝統(伝道)」に、ただただ、感動です。 「山田久志・深沢恵雄・仁科時成・高橋直樹・松沼博久・金城基泰・渡辺俊介」。 私が「実際に見た、尊敬する(思い出深い)サブマリン投手」は、この7人。 「7人のサブマリン(侍)」・・ですね。 一番「格好いいな」と思ったのは、「南海ホークスの21番」だった、金城さん。 無論、「いま一番大事に思う投手」は、俊介ですけど・・ね。 山田さんはやっぱり、「別格」だな。 もちろん、杉浦忠さんも。 |
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