|
先週末は、旅に出ていました。 なので、試合はビデオ録画。 しかし、月曜から金曜まで、毎日「深夜残業」。 1週間、まったくJ1の結果を観ること・知ることが出来ませんでした。辛かった。 「クサカベさん、どうしましょう。”甲府より下”ですよ。一緒に降格しますか(笑)」。 会社のレッズサポ、ムラカミ君。 「甲府の結果は言わないでね」と、話はそこで切りましたが、広島戦、どうなったのだろうか。 浦和が、甲府より下・・? それって、どういうこと・・?でした(笑)。 土曜日にようやっと、観ることが出来ました。 「連戦疲れ」なのか、サンフレに元気がない。 頑固なペトロさん、「イジデモスタメンハカエナイヨ」だったのでしょうけど、それで「助けられた」感が、なきにしもあらず。 阿部ちゃんがマークを分散してくれたお陰で、マイクがゴール。 「それなりの収穫」は、感じました。 (克ちゃんを除いては・涙) けれど、やっぱり、「カタルシス」が・・ない。 「なんだかモヤモヤ&スッキリしない気持ち」が、今回も・・。 こういうゲームを観ると、「はやく次の試合が見たいな」となるのだけれど、今回は結果的に「2日連続・ダブルヘッダー」になったので、ストレスを軽減することは、出来ました(笑)。 「0−1」「1−1」「1−2」「1−1」「1−1」・・・。 なんだかずっと、「岩隈VSダルビッシュ」みたいなスコアばかりが続いていました。 「守りはある程度頑張っている」とも言えるのでしょうけれど、「なんだかもっとスカッ!としてぇなぁ・・」。 良かったね。 良かったです・・(涙)。 トゥーリオも金崎もケネディもいなかった? ACLがあって、水曜の夜にゲームしてたから・・? てやんでぃ。 仮にそうであっても、「ざーますVSボンビー」の対決であることには、なんら変わりはないじゃんか。 こちとら、「全員が五体満足でもイッパイイッパイ」という面子(ごめんね)なのに、野戦病院が連日大盛況・・の、状態なのです。 今季初めて・復帰後初めての、「ビッグ・クラブ」との対戦。 「下克上」。 あくまでも「私見」なのですが、「何が何でも残留してほしい」とか「○勝してほしい」なんて、一切、考えたことがない。 私が望んでいるのは、「下克上」「ボンビーの意地」。それだけ。 頑張ってくれました。ありがとう。 永里→内田→阿部ちゃん。 流れるように鮮やかに。芸術的に。お見事でした。 ついに初登場の、市川大祐。 でも実は今年一度、公式戦で観ています。 「元旦・国立」。天皇杯。 「清水のゲームなんだけど、甲府の選手が出ている」。 テルちゃん共々、応援に行きました。 なんとも、不思議な気分だったな(笑)。 そのゲームに、同じく「清水のゲームなのに名古屋の選手として出ていた」のが、藤本淳吾。 同点FK。 「嗚呼、また今日もか・・」と一瞬、思いました。 「漢・片桐淳至」。 初出場。復活。「大歓声」。 「何かやる。ゼッタイ」。 そんなオーラがプンプン、漂っていました。 名古屋戦。 恐らく、きっと、「この日・このときのために・ためだけに」、彼は東海リーグから這い上がってきたんだ。 間違いない。 そう、思いました。 「決勝アシスト」。 ドラマみたいな、マンガみたいなスーパー・クロス。 「出来すぎ」なんて言ったら、怒鳴られる。 「情念」だったんだよね。 いいもん観さしてもらった。ありがとう。 市川にも「挨拶代わり」がありました。 永里も内田も、試合のたびにパフォーマンスが上がっています。 マサルにも一発、出た。良かったね。 頑張ろう。 「じゅうぶん、やれます」よ。 「ホームタウン韮崎市・サンクスデー」。 「にらさき出身の著名人」というと、恐らく100人に100人が「中田ヒデ」と答えるだろうと、思います。 けどごめんなさい。私は、「小林一三」。 阪急・東宝グループの創始者。日本屈指の大実業家。 「阪急のルーツ」を遡っていくと、山梨県に辿りつく。 「むかし阪急ブレーブス、いまヴァンフォーレ甲府」の私にとっては、とってもとっても嬉しい「繋がり」・・です。 「武田信玄に次ぐ」と言ったらさすがに大袈裟かもしれないけれど、「甲斐の国が生んだ偉人」であることは、なんら疑いようがない。大人物です。 そうそう、武田信玄公に、きちんとご報告をしなければ。 「テッポウ軍を、成敗しましたよ」。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年05月16日
全1ページ
[1]
|
♪ 晴れたる青空 我らのブレーブス ・・・ ラッキー・セブン。「阪急ブレーブス応援歌」。 作詞・サトウハチロー&作曲・藤山一郎。 「依頼者」は、大下弘さん。 「物凄い応援歌」です。 そうか! 「ハチローさん&大下さん」だから、「晴れたる青空」・・なんだ。 所沢や後楽園では、試合前などに応援団の方と歌っていました。 今でも、CDで聴くことが出来ます。有難いことです。 オリオンズのラッキー・セブンには、「ロッテ親衛隊の歌」が流れました。 そこまで徹底してくれるのなら、「”マリーンズ”のラッキー・セブンです」は、ないよなぁ。 あと、ユニフォームも「ブルー&ハメコミ」にしてほしかったな・。 どうしてもっと、「統一感」を大事にしてくれないのかな。 「パリーグは、運命共同体」であるはず・・なのに。 西宮球場のベンチ上に、ありましたね。 「物凄い顔ぶれ」です。 「さすがに、55に大物OBはいないだろう」と思っていたのですが、なんと石嶺和彦さんがいた。 「主砲の系譜」。ちょっぴり、嬉しかったです。 しかしこのチーム、「右の大砲」がいないな。 偉大なるスラッガー・長池徳二さんの「3」は、イ・スンヨプ。残念です。 せめて嶋村一輝(Bs→YB)なら、かなり似合っていたんじゃないでしょうか。 そういえばこの日のゲーム、「レフト・イシミネ」も参加していました。 「自分の番号を背負っている選手は、やっぱり気になる。大引には頑張ってほしいね」。 加藤チャーさん。 この日は、勝敗に直結するエラーを犯してしまいました。 頑張ろうな。「物凄い番号」を貰ってるんだから。 「ヤマモリぃ! ユニフォームが違うでぇ・・!!」 今坂団長には、始球式(翌日)ではなく「特別応援席」(ヤジ席)を用意してあげてほしかった。 (「マイクつき」で) この日、オリオンズの岡田幸文が魅せた「超・美技」には、敵味方なく大きな拍手が起こりました。 それはきっと、「この男を育てているのは山森雅文である」ということを皆が認識しているからなのだろうと、私は勝手に思いました。 「1978年・オリオンズドラフト1位」。 この年、オリオンズに入団した選手は、たったの2人。 しかしこの2人が、福間納さんと落合博満さん。凄い! 後藤光尊。 「近鉄バファローズ復活祭」には、出来ることなら「出場辞退」、してもらえないかな・・。 無論、彼には何ら「責任」はないのだけれど。 「超特例措置」で、背番号変更なんてのも・・いいな。 (新庄剛志が一度、やってます) 「阪急の匂い」を感じる、数少ない選手。 今季は、大不振。頑張ってください。 「ヤクザ顔」「モミアゲ」も、復活。 「'70sベスト仮装大賞」は、森山周。 モミアゲ(笑)のみならず、ユニフォームの着こなしもバッチリでした。 「阪急のユニフォームは、ストッキングの横線もいいですよね。私の現役のころは、みんなちゃんと”表に出していた”もんですが・・」(大矢明彦さん) 「出していない選手」が、大勢いました。残念です。 「もっと騒げ」から、「ガソリンタンク」へ。 ビハインドの状況下での、「超豪華&もったいないリレー」。 ライオンズの牧田和久やマリーンズの渡辺俊介に、16か17を着せてみたいです。 アーロム・バルディリス。 ベネズエラ出身。 「偉大なる大先輩」のこと、ちゃんと知っているでしょうか。 「4」だったら、最高に似合っていたのに・・な。 「フィールド・オブ・ドリームス」。 この時間がずっと、続いてほしい。 そう、思いました。 「快速の1・2番で掻き回して、勝負強い3番打者が一掃する」。 この日は、オリオンズが「ブレーブスの野球」を復刻してしまいました。 岡田&荻野、速い速い。 改めて、惚れ惚れしました。 福本豊さんの「オギノ評」、ぜひ拝聴してみたいな。 「まだまだやね。スタートがアカンな」・・・(嬉嬉)。 早く帰ってきてくださいね・・<オギノ(涙) 私が西宮球場で最後にゲームを観たのは、1991年夏。 そのときもオリオンズ戦でしたが、レフト外野席には10数人のお客さんしか、いなかった。 「物凄い時代」に、なりました。 ただ、出来ることなら、「応援」でもお付き合いをしてあげてほしかったな。 「花の子ルンルン」に対抗して、サリーちゃんとか、サザエさんとか・・(笑)。 ブレーブス・ファンの「復刻応援」、とても嬉しかった。 独特のスロー・テンポ。 懐かしくて、涙が出そうでした。 途中に「タオル踊り」が挿入されたのには、本当にガッカリしたけれど・・。 「このチームは、バファローズである」。哀しい現実です。 「私は阪急ブレーブスに夢を見てきたのだし、この日はその夢が、まさに夢だったことを確かめに来ていたのだ」(「わが愛しきパ・リーグ」(大倉徹也著・講談社新書・刊) 「阪急」を応援するでなく、無論「マリーンズ」の応援も、しない。 ただただ、心地良い空間に身を委ねて、「野球があった人生の幸せ」を、振り返っていました。 「阪急」がもし今も存続していたら、その後の多くの素晴らしいマリーンズ・ファンの方々との出会いも、なかった。 このブログを立ち上げることも、なかったと思います。 そう思うと、「人間万事・塞翁が馬」です。 だからもう、悲しみも嘆きも、ありません。 「阪急ブレーブス。ありがとう」。それだけです。 ダラダラ・長々。 お付き合いしてくださった方がひとりでもいてくださったのなら、この上ない喜びです。 本当に、ありがとうございました。 |
全1ページ
[1]




