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ライオンズVSカープ(所沢)。パセ交流戦。 津田恒実さんの「青・赤・紺のユニフォーム」を着て、両腕に阪急ブレーブスのリスト・バンドという、なんだか奇妙なコーディネート(?)で、球場に行きました。 試合前のトーク・イベントが終わって、球場入り口の喫煙コーナーに。 友人としばし、素晴らしいトーク・ショーの余韻に浸っておりました。 「あの・・それ、阪急ですよね。嬉しいなぁ・・」 ブレービーの、リスト・バンド。 着けて来てよかったな。 またまたまた、「嬉しい嬉しい出会い」に恵まれました。 見たところ、恐らく「同世代」のお兄さん。 はい。阪急のファンでした。 ひょっとして貴方も、まさか阪急の・・? 「ええ、私も阪急のファンでした。広島と阪急のね・・(笑)」 東京の、巣鴨から。 生まれも育ちも、巣鴨なのだそうです。 なのになんで、広島と阪急・・? 「山本浩二さんと、山田久志さんのファンだったんです。だから広島と阪急。 二人とも、格好良かったですよね。いつも期待を裏切らない。大きなスランプで成績を落とすこともなかったでしょう? それでこそ本当のスターじゃないですか。それで大好きになったんですよ」 1974年生まれ。 私とは、3つ違いでした。 「黄金時代は知らないんですけど、阪急はスマートで格好良かった。広岡とか森の西武って、なんだかいやらしいじゃないですか(笑)。いつもいつも、西武に届かない。そういうのが逆に、良かったんですね」 ガッチリ、握手。 仰る通りです。 「黄金時代をよく知らない」も、同じ。 なのに、「マニアック」なのもまた、おんなじ・・でした。 カープが山口(高志)を打てなかった理由って、西宮球場のバッテリー間が薄暗くて、ボールが見づらかったからって言われていますよね。 なんで阪急、身売りしたんでしょうね。未だにわからないんです。会社はデカいんだし、やっぱりオーナーが”宝塚オタク”だったからなんですかね・・? この間のブレービー(復活)、良かったですよね。 入ってたひと、トラッキーやってた人みたいで。 ビデオ見て、研究したみたいですね。 カープって、僕らの餓鬼の頃は”強豪球団”でしたよね・・。なんでこうなったんでしょうかね・・。やっぱりあの、96年でしたっけ?札幌円山の大逆転負けで巨人に優勝さらわれて、アレがずっと尾を引いてるんじゃないですかねぇ・・。そう思えて仕方ないんですよ。 内川(聖一)、来て欲しかったなぁ。 アイツのカミさん、カープのファンだったんですよねぇ?(笑)。 いろんな意味で、チームを変えられるチャンスだったと思いますよ。 そうですか、巨人が大嫌いなんですか・・(笑)。 私はね、昔からそんなに・・。 いやもちろん、「好き」ではないですよ。でも、どうでもいい存在と言うか、どっちでもいいというか・・。 むしろ、広岡とか森とかの西武のほうがイヤだったですね。 「どこでもいいから負かしてくれ!」なんてね。 広島の日本シリーズね、2回やって2回負けたんですよね。惜しかったな。 93年にヤクルトが勝ったじゃないですか。あれ、嬉しかったなぁ。 あれからですよね、ライオンズが日本シリーズで勝てなくなったのは・・。 阪急は、いつもいつもライオンズの後塵を拝してばかり・・。 でも、ライオンズ戦にはいつも僅差の好勝負を演じてくれた。 それが何よりも嬉しかったし、誇りでした。 「そうそう! いつも対戦成績は五分五分でね。なのに、ロッテとか日ハムとか、下位のチームにコロッと負ける(笑)。でもそういうところがまた、良かったんですよね・・」 「たら・ればは喰うな」。 でも、あえて。 「もし”ライオンズ黄金時代”がなかったなら、ブレーブスはどうなっていたのでしょうか・・」. どうでしょうかねぇ・・。 「延命」、出来たのかな・・。 少なくとも、もう少し優勝を重ねることは出来たのやも・・ですね。 阪急って、いいチームでしたよね。ほんと、今でも残念で仕方ないんですよ・・。 あ、もう試合開始・・ですね。 いやぁ、もっともっとお話、したいですよ・・。 またぜひ、お会いしたいです。ありがとうございます・・。 「最近の野球は、面白くない」。 さんざんそう言っておきながら、それでも「野球ファン」を辞めない理由。 それは、「ただひとつ」。 「過去と交信しているファンの人々」と、こうして出会う機会があるから。 「野球の神様」が、そういった機会を与え続けてくださるから・・です。 ありがとうございました。 とりあえず「死ぬまで」付き合いますよ。プロ野球とは。 「過去」は永久に、消えませんから。 |
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2012年06月17日
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「僕は日本シリーズ(86年)で、トンビ(東尾)からホームラン打ってるの。 第一戦の、9回ウラね。同点ホームラン。」 「広島市民球場ってのはね、狭かったの。おまけに、風も吹いててね。 アレ、(飛距離)93Mくらいだったんじゃない? ギリギリのホームラン(笑)」 「いや、93.5Mくらいは飛んでたやろ・・(笑笑)」 「あの試合、実は9回は(渡辺)久信が行く予定だったんですよ」 「もし久信やったら、絶対に打てんかったね・・(爆)」 「実はあの日本シリーズ、浩二さんと”賭け”をしてたんですよ。”勝ったほうが食事券10万円”って。 第4戦が終わって、カープの3連勝でしょ? もうボク、そのとき10万円渡したもん(笑)。負けたって」 「”香典袋”に入れてな(爆)。まぁ普通は、もう決まったって思うよね。それがまぁ、4連敗で・・(笑)」 「そうしたら浩二さん、祝儀袋で20万円の食事券を贈ってきた(笑)。 ほんとうに食事券ですよ(笑)。焼肉店のね・・」 東尾修さん&山本浩二さん。 ライオンズVSカープ戦にちなんで行われた、「夢のトーク・ショー」。 面白くないワケがありません。 Q.入団したころのお話を聴かせてください。 ●東尾さん 西鉄からずっとやらせて頂きましたけど、とにかく弱かった。 稲尾(和久)さんとは現役が1年ダブっているんですけど、「おお!これが”神様”か!」と思ってピッチングを観ていたら、もうどの球も「ヘロヘロ」なんです。 ああ、神様でもこうなっちゃうのかと思ったね。 西武になって、埼玉に来てから初めて、プロらしいチームになったんじゃないかな。 当時はまだ”こんな屋根”なんかなくて、綺麗な球場でしたね。 根本さんと広岡さんで、強くなって。 ●浩二さん 僕が入ったころのカープは、もう・・(笑)。 大洋ホエールズとか、ヤクルトスワローズとかと、いっつも最下位争い(笑)。 いまトンビ(東尾)が言った根本さんが、最初の監督で。 当時は知らなかったんですけど、その根本さんが密かに「今の若手を育てて、数年後に優勝するんだ」って、計画を立てていたらしい。 水谷(実雄)とか、水沼(四郎)とか、三村(敏之)とか、当時は同年代の選手が多かったんですけど、とにかく徹底的にシゴかれましたね。 あと、よきライヴァル・衣笠(祥雄)ね。 練習の時は、必ず「衣笠はナニしてる・・?」。 アイツが練習を止めるまで、止めなかった。 彼の存在は大きかったですね。 Q.印象に残っている対戦相手を教えてください ●東尾さん 「嫌らしい打者」と言ったら、福本(豊)さん。 「顔が怖い打者」だったら、張本(勲)さん(笑)。 「凄い打者」と言ったら、落合(博満)も上手かったけど、門田(博光)さんかな。 デービス?! あの野郎ぉ〜〜〜(爆)。 ●浩二さん 僕はね、入団の仕方が非常に気に喰わなかった、江川(卓)だね。 実は彼、後輩(法大)なんだけど、当時「後輩とは思っていない」というようなコメントを残したこともあります。 だから対戦するときは絶対に打ってやろうと思ったんだけど、これがまぁ、凄いボールを投げてきた。 ホップするんですよ。トンビ(東尾)とは違って(笑)。 物凄いボールだったね。 ●浩二さん 実は私たちね、同期(69年)なの。入団がね。 私は大卒でトンビが高卒。4つ下。 なのにコイツ、最初っから「タメ口」ききやがるんだ(笑)。偉そうにね。 ゴルフもよく一緒にするんだけど、コイツまた、上手いんだ(笑)。 だから余計に、上から目線になりやがって・・(爆) ●東尾さん 同期って言っても、ボクは高卒のドラフト1位ですからね。 浩二さんは高校でドラフトから漏れたから、同期になっただけ。田舎の高校から大学(法政)行って・・(笑)。 ナニ言うとるか。和歌山の田舎モンがぁ・・(爆)(浩二さん) Q.古巣の球団にメッセージを ●浩二さん 皆さんご存知の通り、今年は非常に評判が”良かった”んですけども・・(爆)。 投手陣に希望の持てるメンバーが揃って、なのに打てなくて試合を落として。 でも、まだ3位ならじゅうぶんに期待出来ますし、そう思うようにしましょうよ。 そう思っていたほうが、楽しいから・・(笑) 堂林(翔太)ね。アレはいいですよ。 ココ(ハート)がとてもいいんです。期待してもらっていいと思います。 ●東尾さん ここ2〜3年ね、全然変わってない。リリーフ陣がね。 久信は投手出身なんだから、しっかり育てなきゃいけなかった。 ずっと変わってないでしょ? 毎年、リリーフでゲーム落としてる。 腹立ちますよ。イライラしてます。 でもまだ、3位ならありますよ。 今年はホークスがダメだから。秋山、今年はお休みだから(笑)。 「嬉しいねぇ。背番号8のユニフォームだよ。ちょっとサインでもしましょうか・・!」 浩二さん。 トークショーの最中だったのに、突然壇上から降りての「即席サイン会」。 「あ、あっちにもいるねぇ! ちょっと持ってきて。あとで(サイン)するから!」 「背番号8のユニフォーム」も、「サインペン」も、なかった。 とってもとっても、悔しいです。 「ミスター赤ヘル」は、私にとっても少年時代の「大スター」。 「ミスター4番打者」でした。 監督時代晩年は、「ミスター●カヘル」などと揶揄されたりもしましたが、私に言わせれば「言語道断」。 掛布雅之さん・山本浩二さん・田淵幸一さん。 文句なしの4番。永遠のスーパー・スターです。 ありがとう。ライオンズ。 たったの、20分。 でも、大満足のスペシャル・イベントでした。 さてさて。 もう試合なんてどうでもいいから、飲みに行こうよ・・・(笑)。 |
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