初めて対戦したのは、二軍戦。 「なんだコイツは。こんな凄いピッチャー、どこから連れて来たんや?」と思いました。 後で聞いた話ですが、実は南海でバッテリーを組んでいた可能性もあった。 ホンのちょっと先に、西鉄にさらわれたんだね。 オールスターで初めてバッテリーを組んだとき、外角低めと内角高めに構えて、何球かずつ投げさせてみた。 全部、ミットを構えた所に来ました。大変なコントロールだった。 長いことこの業界でやってきたけれど、間違いなくナンバーワン。 稲尾ほどコントロールの良い投手はいなかった。 当時はビデオなんてない、16ミリのフィルムです。 鶴岡さん、南海の監督の鶴岡さん、”私のお師匠さん”。 「お前、よう打つ言われるけど、稲尾のシュートはよう打たんなぁ」と言われましてね。 カチ〜ンと来た。ムッとしてね。 16ミリで撮った映像で研究しましたよ。徹底的に。 わかったんです。見事に。「クセ」がね。 次の対戦で、打ちましたよ。狙い撃ち。 それをね、スギ(杉浦忠)がねぇ、3人で話をしていたときに、言うんだ。 「サイちゃん(稲尾)、コイツ、よう研究しとるよ、シュートを」と。 まったく、余計なコト言うなオマエ!って言いましたけどね、その瞬間に稲尾ね、表情がガラっと変わった。 次に対戦した時には、完璧に変えてきましたね。また打てなくなった。 当時はまだ、どの投手も「手元」を隠してなんかいなかった。 私が研究を始めてからなんですよ。投手が手元を隠すようになったのは。 けっこう貢献してるんだ、私はね。野球界に(笑)。 私にとっての稲尾は、「教科書」でした。 稲尾無くして、野村は無かった。 野村無くしても、稲尾はあったろうけどね(笑)。 田中マー君が1年目に活躍して、新人王獲って。 2年目にね、「どんな投手になりたいか?」と聴いたら、「ストレートで三振が獲れる投手になりたい」って言うんだ。 で結局、失敗した。成績落としてね。 その時にね、話をしてやったんです。稲尾の話をね。 「投手は、速い球だけやないぞ。コントロールやぞ。むかし、稲尾って投手はな・・」。 ヤクルトの監督の時にも、投手にはとにかく「シュートを投げろ」と言った。 稲尾って言うと誰もがスライダーって言うけど、私に言わせれば「シュート」なんです。 とにかく、シュートが嫌だった。シュートあっての、スライダーだったんですよ。 だからヤクルトの投手にも「シュート覚えろ、シュート覚えろ」って、言った。 そこから出てきたのが、川崎憲次郎ですよ。 監督になってからも、「稲尾が教科書」だった。 永久欠番? 「遅い!」。 私に言わせれば、「何を今さら」ですよ。 大変な番号なのに。 パ・リーグは、昔からそういうところが鈍感と言うかね。 近鉄の鈴木啓示が欠番だったけど、近鉄が無くなっちゃって、それ以来いなかった。 出来ることならね、本人が元気なときに、生きている間に、こういうことをしてやってほしかったですね。 「鶴岡さん。”私のお師匠さん”」。 なんだか、感涙。「大収穫」。 「雪解け」。 稲尾さんの「おかげ」です。 さすが、神様。 ありがとうございました。 |
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2012年07月01日
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「チャゲアス」には、昔からあまり興味がありませんでした。
だから、こんなにも素晴らしい「名曲」があったことも、知らなかった。
1958年・福岡県生まれ。
チャゲさんの少年時代を歌っています。
「稲尾和久デー」。
試合終了後のグラウンドで横になって拝聴していたら、なんだかしんみりしてしまいました。
数々のハンディ・キャップを背負いながら、豊かな生活に憧れ、貧しくも元気が漲る町のパワーを後押しに、史上最強の快進撃。
当時の博多の町とライオンズの映像が、ものの見事に「曲」にマッチしている。
なんだか、目頭まで熱くなってしまいました。
まだ小学生だったころに亡くなった私の叔父は、「生まれも育ちも石川県」であるにも関わらず、「熱狂的な西鉄ファン」でした。
夏休みで石川・金沢に行くと、何度も何度も「西鉄は強かった。今の野球はつまらん」と言っていた記憶があります。
戦争前に父親を亡くし、長男として5人の兄弟の父親代わりとして中学卒業と同時に猛烈に働いて大家族を支えた叔父にとって、「当時の博多とライオンズ」には、なにか親近感のようなものがあったのやも、しれません。
そういえば、「今も昔もトラ一筋」である私の母も、「今までに見た野球選手の中で一番好きだったのは稲尾さん」です。
「西鉄ライオンズの時代に生まれたかった」。
改めて、そんな思いにかられました。
貧しくてもいい。
「あの時代の空気」を感じてみたかった。
そう、思いました。
「西鉄ライオンズのようなチームは、もう二度と現れないと思う。でも、現在のライオンズにも、そのDNAだけは脈々と受け継がれているはずです」。
チャゲさん。ありがとう。
「ライオンズ」の名前が残っていてくれて、本当に良かった。
「阪急のファン」として、心から羨ましく、ちょっぴり寂しく、でも「ありがとう」と、思いました。
CD、探してみよう。
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西村京太郎さんの「鉄道ミステリー小説」が、大好きでした。 学生時代から20代前半にかけて、100冊近く読んだ記憶があります。 十津川警部と、亀井刑事。名コンビ。 私は小説を読むとき、いつも登場人物の容姿を自分なりにイメージしながら読み進めます。 十津川警部は、長塚京三さん。 で、「亀さん」はいつも、地井武男さんでした。 「なんで?」と言われても、正直、よくわかりません。 なんとなく、頭に浮かぶ「十津川警部&亀さんのイメージ」が、長塚さん&地井さんだっただけ・・です。 (なので「TV版西村ドラマ」は一切、観ないようにしていました) 実直で誠実、ちょっと不器用な人情派。「亀さん」。 そんなに「ハズレ」でもなかったような気が、します。 「散歩は、いいですよぉ!」。 「ちいさんぽ」は、「歩くことの楽しさ」を教えてくれた名番組でした。 土曜日。 ちょうど原宿に所用が出来たので、「追悼さんぽ」、してきました。 新宿→代々木→千駄ヶ谷→原宿→渋谷。 15キロ。約1000カロリー消費。 いい汗、掻きました。気持ち良かった。 地井さん、ありがとう。
合掌。 |

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