人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

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梨田昌孝さん

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さっき鏡で(ユニフォーム姿を)見たんですけどね、懐かしいなぁと思いましたね。
なんだか若返ったような気分というか・・。お腹まわりは、大分立派になっちゃいましたけどね・・(笑)。
この帽子はね、最初は嫌だったですね。子供用の帽子みたいでね。
西本さんも、「子供の目印にちょうどいい」って。
でも、いま見るとなかなかに斬新ですね。

一番印象に残っているシーンは、南海戦の平野光泰さんのバックホーム(79年・優勝決定試合)。
センターに抜けた瞬間は「もうダメだ」と思ったけれど、ホームに向かって物凄いボールが来た。
これは落としたら大変だと、緊張したのを憶えていますね。

鈴木(啓示)さんには、200勝したあたりから指名してもらえなくなった。
別に、指名料を取っていたわけじゃないんだけどね(笑)。
食事に連れて行ってもらった時に聞いたんですけど、「お前じゃ燃えないんだ」と。
僕は性格的に、打たれても「ドンマイ、仕方ないですよ」のタイプなんだけど、有田(修三)さんは平気で「アンタ、こんなボールでよう200も勝てたね」なんて言うんだと・・(笑)。
それで燃えるんだって、言ってましたね。

(捕手2人体制は)そりゃ、メシのタネなんですから、ゲームにはもっと出たかった。
でも、出られない時にはベンチから「自分ならこうする」なんて研究してね、勉強にはなりましたね。

「こんにゃく打法」。
僕は元々、バットのヘッドが下がるクセがあったんです。
で、それなら最初っから一杯まで下げてしまえばいいと、あんなフォームになったんですね。

10.19はねぇ・・。
あの、いっつもお客さんがいない川崎球場、200人とか300人とかしかいない川崎球場(笑)に、物凄いお客さんが入ってね。
外野席の後ろにあるビル(マンション)にも、人がよじ登っててね、大変だったですね。
亡くなってしまった鈴木貴久がね、転げるように還ってきて、中西さんと抱き合ってね。
忘れられないですね。


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日本ハムの監督としてここ(大阪ドーム)に来たときは、やっぱり変な気分でしたね。
「なんで俺が3塁側におるんやろ?」とかね。

近鉄の歴代の監督で300勝以上を挙げた人は、西本さん・仰木さんと僕だけなんです。
西本さんは8度も優勝なさって、でも一度も日本一にはなれなかった。
やっぱり、「日本一」というのには今でも拘りがありますし、またチャンスがあれば・・とは、やっぱり思いますね。1000勝もね。

大村直之ですか・・?
実は日ハムの監督だったときにね、獲得を打診したことがあったんですよ。
でも当時は、球団が若手中心に切り替えたいという方針だったから、実現できなかった。
いまも、野球は続けているようですよ。

もし今でも近鉄バファローズが存在していたら・・?
どうですかね・・。
一度くらいは、日本一になれていたんじゃないかな・・と、思いますね。
やっぱり、そうであってほしいですよね ・・。


「”どこの球団”とは申しませんが、また監督就任のお話とか、あるんですか?」
「マスコミ関係の方もおりますので、”そういったご質問”はちょっと・・」

インタビュアーのコメントの端々に、なんだか妙に「嫌なもの」を感じました。
「もう”話”、出来てるんじゃないの・・?」と思うような空気も、梨田さんご本人から何となく、感じたり・・。
そしてそれは、大きな拍手で「煽っている(ようにみえる)」”現”バファローズ・ファンの”予想外の多さ”によって、より一層「嫌なもの」になりました。

”それ”が嫌だ!おかしい!と言いたいわけでは、ないんです。
むしろ、「やっぱり、”ココ”しかないんだものね」とも、思うんです。

でも、何と言ったらいいのだろう・・。
お話全般、やはり「流石やな上手やな」ではあったものの、特に初めて聞くようなエピソードもなく(例外といえば、”帽子の話”くらいでしょうか)、なんだか「慎重に内容を選びながら」お話をされているように感じました。

それがより一層、「寂しいな」「切ないな」という気持ちを、助長しました。
無論それは、「梨田さんが云々」ということでは、決してなく・・です。

「近鉄と言うチームは、個人個人がバラバラに好き勝手やって、結果的にそれがひとつにまとまって勝つチームだった」

ファイターズは、「真逆なチーム」でした。
だから、「居心地、悪かったでしょう・・?」とも、やっぱり、思う。
もう一度、「ほんとうにやりたかった野球」、したいんじゃないかな・・とも。

もし、「就任」(”復帰”では、ない)となったら、残念だけれど静かに・コッソリ、応援します。

私はやっぱり、「ニシモトの血」「猛牛の血」が好きだから。

「偽物の猛牛」。
でも関西にはもう、「パの球団」はその”偽物”たったひとつしか、ないのだから・・。

因みに私、「あの帽子」、好きでしたよ。梨田さん。
それは私が当時、「子供」だったからなのかもしれないですけど(笑)・・ね。

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折角の盆休み初日(11日)だというのに、あろうことか会社から緊急の出勤命令。

やむなく出社して、早めに問題解決。
さて帰ろうか・・と思ったところに、同僚から「ちょっとだけ、やっていこうぜ」。
田んぼだらけの片田舎、会社の前にど派手に鎮座しているパチンコ屋さんに・・でした。

夜はバレーボール(韓国戦)観たいし、じゃあ2000円だけ・・と付き合ったら、なんとなんと開始10分で「大フィーヴァー」。

「ウルトラバトルモード」だの「ウルトラボーナス」だの。
延々2時間、「右打ちのみ」。積み重なった箱は9つ。
なんだかワケがわからないうちに、2000円が57000円になっていました。

テクニックも何もない。単に「運が良かっただけ」。
ただひたすらに2時間、「右打ち」していただけです。
同僚は興奮&喜んでくれたけれど、なんだか「拍子抜け」。
「こんなんでエエのんかな。ホンマに・・」でした。

「儲かった」なんてことよりもはるかに嬉しかったのは、やっぱり「タロウ」に再会出来たこと。

徹底的な「子供向け&コミカル路線」で製作された「タロウ」は、古くからのウルトラ・フリークには、あまり評判がよろしくない。
知名度も人気もシリーズ中で最上位に君臨したにも関わらず、ファンの評価は未だ真っ二つ・・という「異色作」です。

でも、再放送全盛の時代(昭和53年〜頃)にウルトラに嵌った私のような世代にとっては、やっぱりタロウは「特別」。
大概の同級生も、「最初に好きになったのはタロウ」でした。

ハチャメチャに明るくてわかりやすい、でもしっかりした作り。
今どきこういう「子供向け」、少ないように思います。

篠田三郎さんが、昔むかしの爽やかな姿で登場。
名古屋章さん、東野英心さんら、鬼籍に入ってしまった方々も。
バードンにエンマーゴ、タイラントにピッコロ。
懐かしい怪獣たちもゾロゾロと。
遊園地のアトラクションみたいだったラビットパンダ(攻撃車)まで・・。
「ボーナス終了かな・・?」と思ったところに、ゾフィやセブンが援護に来たり・・!
どうせならペギー葉山さん(ウルトラの母!)にも、ご登場願いたかったです。

違う意味で、「興奮しっ放し」。
「やだねぇ、”お子ちゃまヲタク”は・・ww」
ほんとに・・ねぇ・・(爆)。
でも、嬉しかったよ。ありがとう。

「今日は出るような気がするんだ。やって損はないよ」とアドヴァイスして誘ってくれた同僚に、御礼の1万円。

さて、盆休みの資金が出来たぞ・・と思ったのもつかの間、買ったばかりのコンタクトレンズは落とすは、定期券を紛失するわで、アッという間に「ほぼチャラ」に・・(嘆)。

やっぱり世の中、「ラクして儲けちゃいけないよ」・・ですね。
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ヴァンフォーレ甲府 2 − 1 ザスパ草津

前半12分 オウンゴ−ル(甲府)
前半42分 ダヴィ(甲府)
後半33分 松下 裕樹(草津)

ヴァンフォーレ甲府 1 − 0 水戸ホーリーホック

前半 8分 堀米 勇輝(甲府)


草津戦の当日は、大阪方面に旅行中。
無論、録画予約はしていたのだけれど、なにしろ連日連夜、「ロンドン・オリンピック」。
今日こそ甲府観るぞ、または早く寝るぞ!と心に決めて帰宅しても、バレーボールがあるよ、体操があるよ、卓球にレスリングにフェンシングもボクシングも・・の、日々。
「ソーカ。キサマハコーフヨリモオリンピックガダイジカ・・」?
そんなこと、絶対にないんですけど・・ね。ごめんなさい。

・・で、そんなにも「五輪漬け」だったわりに、実はサッカーに関してだけは、男女ともに一度もまともに観戦しませんでした。

「Jリーグなんて全然見ないけど、代表はやっぱ外せないでしょ?? 今日も2時間しか寝てないよ(笑)」。
そんなことを普通に口にする同僚に、少々反発心が芽生えたから・・というのも、あります。
(ちなみにこの同僚、「GK権田がどこのクラブに所属しているのか」すら、知りません・・)

何よりも・・の理由は、「単純に開始時間が無茶過ぎるから」ではあったのですが、「五輪くらいは普段馴染みのない競技を多く観たい」「とりあえず結果だけわかればそれで良い」と思っていたこともまた、事実でした。

「タケシマ(独島?)のプラカード」
朝のニュース速報を観ながら、しみじみ「”あんなもの(試合)”観なくて、本当に良かった」と思いました。

韓国という国家に対してどうとかこうとか、とりあえずここでは一切、申しません。
別段、「反チョウセン」だとかそういった感情も、まったくない。
ニッポンという国が「”昭和が成人になるころ”まで」はまったくもって”愚かしい国”であったこともまた、存じています。

いやしかし、それにしても・・の、「プラカード」です。

韓国の”プロサッカー事情”については、正直それほど詳しくは知りません。
しかし少なくとも、「国内で大いに盛り上がっている」「スポーツ文化発展に寄与している」という話は、ほとんど聞いたことがない。
チーム名に企業名が使われている事実だけをもってしても、ヨーロッパなどのサッカー先進国に倣って高い理想を掲げて存在してきた、ということは、ないはず・・です。

Jリーグ・20年。
この国のスポーツ文化に寄与した「貢献度」は、計り知れないものがある。
私はそう、思っています。

無論、「問題点」「課題」は、山のようにあります。
現時点での「完成度」は、”理想”とは大きくかけ離れているであろうことも。

でもそんなの、「当然のこと」です。
だってまだ、「ハタチ」なんですから。
修正して、改善して、「立派な社会人になる」のは、これからのお話。
ずっとずっと、「先」のこと・・です。
そう思えば現状、「上出来」ですよ。

「なでしこジャパンの多くの選手は、物心ついたときからJリーグがあった世代。そういう文化的蓄積が大きいと思います」(為末大さん)

はるかはるか先に生まれ、熟成され、成熟したヨーロッパのサッカーとは、そもそも「重ねた年月」が違いすぎます。
それを単純に比較して「Jはアカン」と嘆いていたら、いつまで経っても進歩も進化もありません。
むしろ、「そんな国民が多い土壌」のなかで、W杯や五輪での健闘、全国各地域での小さくない盛り上がり&サッカーファン増加&街おこしへの寄与は、もっと大いに賞賛されるべき・・と、私は思います。

「韓国なんて、必要以上にライヴァル視するに値しない」。
少なくとも「Jの視点」で言うならば、私はそう思いたいです。
国際大会での成果だけを追い求め、スポーツの”健全な利用”は後回し。
ニッポンは、そんな国になってはいけない。

「富士急ハイランドとかいろいろな選択肢があるなかで、小瀬を選んでくれた皆さんのために頑張りたかった」
荻晃太。「Jの理想」です。ありがとう。

堀米君も、良かったね。
”チャンス”を活かせなかった高崎寛之が、ちょっと残念。
でも、ダヴィ不在という「絶好の(嬉しい)試練」を、チーム全員で。
「理想」とはほど遠い内容ではあるけれど、これもまた、「成長の過程」なのでしょう。

「6連勝」も、「クラブ初」。
今年は、こんなのばっかし。嬉しい限りです。

なんだか未だに「居心地が悪い」のだけれど(笑)、これが心からの「快感」に変わってくれば、「成熟」ということ・・なんでしょうね。

山梨県にヴァンフォーレがあってくれて良かった。
しみじみそう思う、今日この頃・・です。

茨城県(水戸)や群馬県にも、クラブのことをそう思ってくれるひとがもっともっと増えてくれたらいいなと、心から願っています。

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