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「西武沿線在住・42年」になります。 1979(昭和54)年。 埼玉県・所沢に「西武電車が野球チームを作った」と、大騒ぎに。 物心ついた瞬間からの「田淵幸一さんファン」でもあったから、当然のように「ライオンズ・ファン」になりました。 「真っ青なユニフォーム」。 子供心にも、「格好良い」とは思えなかった。 夏場なんてもう、観ているだけで「アツクルシィ」・・(笑)。 いやでも、「タイガースの次に好きなチーム」のユニフォームです。 「愛着」はやっぱり、ありました。「さいしょ」は・・。 秋山幸二さんの野球殿堂入りを祝う、セレモニー。 「背番号絡み」で、栗山巧が花束プレゼンターになりました。 ショーゴだったら、もっと面白かったかも。 小川史さん。 「埼玉ライオンズ」のゲームを初めて見に来たとき、「こんな小っちゃいヒトでもプロ野球選手になれるんだ」と、思ったものでした。 「新生ライオンズ&新生ホークスの一期生」です。 始球式。 「東尾VS田淵」だったはずが、田淵さんの「強制手招き」で、秋山さんも参戦。 大盛り上がり。素晴らしいスイングを魅せてくれました。 ユニフォームが「逆」だったら、もっと盛り上がった・・かも(爆)。 「走れる捕手」だった、伊東勤さん。 田淵さんとは好対照(笑)な、「新時代のキャッチャー」でした。 「ぎりぎりセーフ」で、一緒に日本シリーズを戦いました。 ただひとり、自ら田淵さんに歩み寄って挨拶していた「オカワリ君」。 田淵さん→秋山さん→オカワリ。 「”アーチスト”の系譜」「三代揃い踏み」。 エエなぁ。素晴らしいなぁ。ビールがウマイなぁ・・でした。 「田辺さんって、イメージがちっとも変わらないねぇ・・」 「昔から”フ●顔”だったからねぇ・・(笑)」 山梨県出身。 応援します。頑張ってください。 エルネスト・アントニオ・メヒア。 途中加入後、「大爆発中」。 「嗚呼! 最初っからいてくれれば・・」 「あんまり言わないでやって・・。ランサムがカワイソウ・・」(涙) 特大弾・2発。 オレステス・デストラーデのような迫力でした。 名手・山崎裕之さん。 田淵さんの次に大好きだった、職人プレイヤーでした。 ナニゲニ、イチバンニアッテイタナ、ヒチョリ・・(爆)。 ようやく「御目覚め」、秋山翔吾。 3安打。特大ホームランも。 「”復刻”応援歌」が、良かったのかな。 ベイスターズの三上朋也同様、「いつのまにか」守護神に落ち着いた、高橋朋己。 「数字以上に快速球に見える」。 角三男さんのようなイメージです。 頑張ってください。 「青いライオンズ」と「初代福岡ダイエー」。 誰も言ってくれなかったのだけれど、「”福岡からやって来た”ときのユニフォーム」と、「”福岡にやって来た”ときのユニフォーム」・・なんですよね。 「黄金期」と、「低迷期」。 極端なコントラストでも、ありました。 最初は「愛着」から始まって、途中から「憎い憎いユニフォーム」に。 いやでも、「対ジャイアンツ」のときには勇気・信頼度百倍の、「頼もしいユニフォーム」にも、なって。 私にとってのこのユニフォームは、好き・嫌いを一言では言い表せないような、なんとも言えない「ややこしい感情」(笑)が渦巻いています。 小学2年生から、24歳まで。 思えば、長い長い「お付き合い」をしたユニフォームでも、ありました。 「ライオンズ・クラシック2014」。 行って良かった。 いろんな「自分史」を、思い起こすことが出来ました。 ありがとう。 今年は、「埼玉移転・35周年」・・でした。 来年は今度こそ、「九州最後のライオンズ」に・・期待します。 |
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2014年06月30日
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