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●1−4 タイガース ●2−5 タイガース ●2−4 タイガース ●4−8 タイガース 「歴史的大惨敗」「惨劇の巨人」。 恐らくは、「球団史上・最悪級の・・」ではないかと、思います。 先制パンチを浴びて、結局まんま・・なゲームばかり。 「菅野が使えていれば」「”あそこ”でセぺダが打っていれば」はあったにせよ、「どっちがタイガース?! どっちが和田さん?!」(笑)みたいなゲームばっかり・・でした。 「クライマックス大反対派」であること自体は、なんら変わりがありません。 和田さんが突如として「積極&強気采配」を披露したのも、「2位だからね。失うもんなんかないからね」が前提としてあったからなのでしょうし、それはタイガースの選手全員、多かれ少なかれあったはずです。 やっぱり、「不条理が生んだ結果」・・ですよね。 (突如「和田コール」を始めたタイガース・ファンや、「和田は名将になった」(!)などと書いた新聞記者にも、ビックリ唖然・・) 「クライマックスはいらない」は、不変。 でも同時に・それ以上に、「ヨミウリのヨミウリによるヨミウリのためだけに存在する野球界」に心底嫌悪感を持って生きてきた身からすると、「良かったヨカッタ」な結果では、やっぱり・・ある。 だって、ニッポン野球界に蔓延る「”不条理なこと”のほぼすべて」は、「ヨミウリ」に起因している・・のだから。 いやでも、それにしてもの、「大惨敗」。 結局、多くの関係者やライターさんが「巨人がなぜ強いか」を一生懸命に説明したところで、(真に僭越ながらも)「しょせん&やっぱり、”こんなもの”だったということなんじゃないのか?」な結果・・と言うほかはないようにも、思えます。 「ジャイアンツ・16勝8敗」 「タイガース・9勝15敗」 「カープ・9勝15敗」 「2014・パセ交流戦」の結果です。 「純パ&嫌G党」の一員としてはこの上なく屈辱的なこの結果が結局そのまま、「セのペナント・レース」を決してしまいました。 逆に言うならば、「”セ内”に限って言うなら、”まったく差がなかった”」ということでも、あるわけです。 タイガースは、クリーン・アップ&先発投手陣&クローザーの顔ぶれ&プレーぶりに、「説得力」がしっかり備わっていました。 CSに限らない。シーズン中からずっと・・です。 今季のジャイアンツには、シーズン中から終始、「なぜトップ?」というイメージしか、湧いてこなかった。 「プロの評論家諸氏」はみな、「わかってないね。巨人が強いのはだね・・」というような論調で記事をたくさん書いている。 いやでも、やっぱり、多くの「”素人な”野球ファン」に必要なのは、「”見た目”の説得力」なんじゃないのかなぁ・・と、やっぱり思うんです。 パリーグのホークスにも言えることなのだけれど、結局のところ今季のパセの王者には、「”数”で押し切った」というイメージしか湧いてこず、「個人の輝き」とそれでしか醸し出せない「説得力」が、欠けていたように思います。 「今季のMVPは誰?」と言われて、すぐに出て来ますか?GとHから・・。 (私がもし選ぶなら、山田哲人君と大谷翔平君でOK!と、オモイマス。スミマセンネ、シロートカンガエデ・・) 「金子千尋」 「アルフレド・デスパイネ」 「ユリエスキ・グリエル」 ”予想通り”出始めた、「”調査”開始」のニュース。 何を今さら、「とっくの昔から」始めてはいたのでしょうけど・・ね。 「なんで”最初”がフレデリク・セぺダだったのか?」の経緯を調べれば、なんら驚くことでもありません。 金子千尋なんて、「やっと(記事が)出たか」というくらいにしか、思いません。 哀しいね、「ニッポンプロ野球」。 「ヨミウリが作り、ヨミウリの為に存在し、ゆえにヨミウリに都合の良いものにしかならない」・・。 広島カープや西日本パイレーツの”誕生経緯”も、元を辿れば「ヨミウリの都合」・・なのです。 「巨人が負けると嬉しい」。 でも、「巨人が負けた”あと”の哀しみ」もまた、”覚悟”しなければならない。 今季のストーブ・リーグ(死語)もまた、「哀しい話題」に振り回されることになるのでしょうね・・。 「三原さんアンタ、ナニ考えとんのじゃ! 優勝チームのエース(南海・別所昭さん)を引き抜いて優勝しようなんて、そんならワシら、練習なんかする必要ないじゃないか。優勝したければ余所の選手を引き抜けばいいんだから。ワシこんなチーム、もう辞めたるわ!」・・ 「猛牛」・千葉茂さん。 千葉さんと仲良しだったのが、今なお「巨人史上最高の捕手」と言われる、「伝説のファイター」吉原正喜さん。 吉原さんと千葉さん&川上哲治さんがいつも連れ立って遊び(飲む・買う)に出かけたのは、東京・中野の「新井薬師」だったのだそうです。 「あらいやくし」。 私の自宅最寄の、バリバリの「地元」です。 「新井薬師前駅」の道を真っ直ぐに1キロほど進むと、長嶋茂雄さんが大学時代に汗を流した元・立教大学野球部グラウンドの所在地がある。 私の自宅は、この2つを結ぶ道の「ほぼ中間」にある。 (ついでに言うと、「某球団の某新監督氏」も、そうである・爆) 凄い! 「ジャイアンツのレジェンドの皆さんゆかりの地」に、私は住んでいるんだなぁ・・! なのになんで私、「熱狂的アンチG」・・なのかなぁ・・。 吉原さんの本を読みながらふと、「哀しい思い」にかられました。 「アンチでいる”理由”があること」が、哀しい。 そういうこと・・です。 いまも悪名高き「最悪の戦場」と言われるインパールで、吉原さんは生涯を終えました。 もしまだご存命だったなら、「今の巨人軍」に、何を思うのかな。 千葉さんと「いま」、どんなお酒を飲んでいるのだろう。 もちろん、もし「嘆いている」のならば、それは”結果に対して”では、ない。 そう、思います。 ニッポンの野球はやっぱり、「永久に”哀しいまま”不滅」・・ということ・・なのかな。 合掌。 |
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2014年10月19日
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「仰木彬さん」。 バファローズの監督に就任なさったとき、世間一般では「無名なひと」と呼ばれていました。 「選手時代の”実績に乏しい”」「地味」「良く知らない」。 ・・そんな声が大半だったと、記憶しています。 かくいう私も、「よく知らない」。 あろうことか、最初は”みょうじ”も”なまえ”も「読めなかった」(!)・・。 (自身の名誉の為に言っておきますと、3年後に漢検1級を取得しました・爆) 「ちっとも&ぜんぜん、”実績のない野球人”なんかじゃない!」と”きちんと(大変な人物であると)知った”のは、情報量が圧倒的に増えた数年先のお話・・です。 そんな、当時「無名で地味なひと」を一躍”大有名人”にしたのが、「10.19」。 昭和63年10月19日。川崎球場。 「知ってるよ、そんなこと」・・? いやもう、「26年も前のお話」です。 リアルタイムで知っているのは、「30代後半くらいからの世代」だけ・・でしょう。 あの日、球場に同行した私の弟が、まだ13歳だった時代のお話。 その弟はいま、「10歳の娘の父親」です。 昭和最後の大激闘。 「近鉄バファローズ」「ロッテオリオンズ」「川崎球場」。 もう、「遠い遠い昔のできごと」になってしまいました。 球場の外野席後方にあるマンションから、双眼鏡を使っての観戦。 途中、双眼鏡を持つ手が何度も震え、困りました。 鈴木貴久さんがホームに滑り込んだ瞬間は、アウトなのかセーフなのかわからなかった。 マンションの同士の皆さんも一瞬、静かになった。 誰だかはわからなかったけれど、コーチと思しき人が出てきて、鈴木さんと抱き合っている。 それは「肉眼」でもハッキリ、わかりました。 マンション、「大熱狂」。 誰だかサッパリわからない他人同士で、抱き合い&大騒ぎ。 私に抱き着いてきたオジサン、「ほんとはロッテファンなんだけどね・・」(笑)。 いつまでも忘れないし、忘れたくない。 「昭和野球のクライマックス」。 いまにして思うと、「古き良き昭和野球の”総決算”」だったのかも、しれません。 立ち会えたこと、今でも私の素晴らしい思い出です。 「もし私がコミッショナーだったなら、決着が着くまで続けろ! 責任は私が持つ!と言いますねぇ・・」。 長嶋茂雄さん。 当時、ほとんどの記者さん&ライターさんの記事は、「感動!感動!の安売り大会」の様相を呈していました。 でも本当は、「なんで”時間切れ”なの?引き分けで優勝が出来ないの?」を、もっと問題にしなければいけなかった。 「有藤さんの抗議云々」よりも、「ルールそのものの是非」を。 稀代のエンターテイナー・長嶋さんは、そんな「不条理」をよく理解してくれていました。 「もし当時、”クライマックス”があったら・・」。 この季節になると毎年、思ったり・・します。 昭和63年と平成元年の、パシフィック・リーグ。 この2年間だけは、恐らくは誰も文句を言わなかったろうと、思います。 いや、でも。 やっぱり、「なくてよかった」んだよ・・ね。 「なかった」から、26年も経った今でも、「語り継がれて」いるんだよ。 きっと、そうだ。 そう、思います。 鈴木貴久さん&仰木彬さんに、合掌。 中西太さんは、「まだダメ」・・ですよ。 |
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