選手、現場スタッフ、フロントスタッフが一体となって駆け抜けた3年間でした。 いつもファン、サポーターの皆さまが温かい応援をしてくれたこと、苦しい時にゴール裏から熱い思いで背中を押してくれたことを忘れることは出来ません。 ヴァンフォーレ甲府というクラブの歴史の一員になれたことは、自分の人生にとってかけがえのない宝物です。 3年間、本当にありがとうございました。 ■海野一幸会長コメント: フロントとしての気持ちは感謝、残念至極、そしてエール、この3つです。 かねてより城福監督には残留の有無にかかわらず続投を切望してきました。 様々な記録を作り、2試合を残して3季連続J1という甲府にとっての歴史を作ることができたのも城福監督の情熱や戦術、選手、スタッフ、フロントそれにサポーターとの信頼関係があってこそであり、まさにたぐい稀な才能を持った監督であることが証明されました。 クラブの続投要請に「すべては残留決定後」と説明を受けてきましたが、結論として「残っても残らなくても今季で退任したい。プロヴィンチアとしてのチャレンジは充実し、成し遂げた。今後は別のステップで指導者人生に挑戦したい」というものでした。 クラブとしては城福監督の夢にエールをもって送り出すべきではないかと苦渋の承諾をいたしました。 彼は優勝を狙えるチームも、A代表を率いる力もある人物であり、その彼を甲府に縛り付けるエゴを通してはいけないと判断いたしました。 3年間の尽力に心から感謝し、今後の飛躍をサポーターと共に祈ろうと思います。 「自分の人生設計で目標があります。チャレンジするためには、年齢的にも、今、区切りをつけるべきだと考えました。簡単な決断ではなかったです」。 目標については「甲府ではできないのかという話にもなってしまうので、言葉にするのは控えたい」とした。 関係者によると、J1で優勝するため、次のステップに進む決意をしたようだ。今後については白紙という。 城福監督はU―17日本代表監督、F東京の監督などを経て、12年に甲府の監督に就任した。1年目にクラブ初のJ2優勝。昨季、今季とクラブ史上初の2季連続J1残留に導いた。 今季の予算が約15億円とJ1最低レベルで、専用練習場、専用のクラブハウスもない地方クラブでの3年間。 「(甲府が歩んできた)右肩上がりの(成長)曲線を加速させ、どうお手伝いすることができるか。現状のなか、何ができるかということにチャレンジした3年間でした。特別な経験をさせてもらった。監督としても、選手から教えられながら、成長できました」と振り返った。 そして、「この環境で、選手は本当によくやってくれた。ベストな準備をしてくれた。感謝しています。経済的に山梨県が楽観視できないのは肌で感じています。専用練習場、専用クラブハウスができて、人が集まるような環境が早くできることを、これからは外からになりますが、応援していきたいです」と続けた。 (スポーツ報知) 「残念ですね」「ガッカリしないでくださいね」・・。 連休明け。 「残留確定」のお祝いコメントを貰えるのだろうと思っていたら、会社ではみんながみんな、「慰めのことば」(苦笑)ばかり・。 (相手はみんなレッズ・サポだから、私も「お悔やみ申し上げマス」ばかりだったのだけれど・・爆) 「でも、”レッズ側”から言わせてもらえば、”吉報”ですよ。これで来年は、甲府からシッカリ勝ち点奪えますね(笑)。いやいや、嫌味なんかじゃないですよ、城福さんへのリスペクトです。ホント、丸裸にされましたもんね。いま(浦和が)ヤバい状況になってるのは、城福さんのせいだよ(笑)。甲府に勝てないんだもんなぁ・・。凄い監督ですよ・・」 ありがとう。 仰るとおり・・です。 「彼は優勝を狙えるチームも、A代表を率いる力もある人物であり、その彼を甲府に縛り付けるエゴを通してはいけないと判断いたしました」 私が土曜日の夜に特急・あずさの車中で思っていたこと、(僭越ながら)海野会長と「おんなじ」でした。 だからもう、一点の曇りもなく「ありがとうございました。頑張ってください!」・・です。 個人的な願いは、「代表監督」。 でも、ちょっぴり、「調布で”夢の続きを”」・・とも・・。 ちょっと、違うのかな。どうなのかな。 でもまた、観たいです。「ムーヴィング・フットボール」。 甲府では、叶わなかったけれど。 行くよ、飛田給。 ムチャクチャ、応援しますよ。 無論、東京じゃなくても。 「お別れの日」が、東京戦。 やっぱり「日程くん」、凄いな・・(笑)。 360℃、全方位「アイシテル・ジョーフク」。 素晴らしいですね。楽しみだ。 城福甲府・ホーム最終戦。 元気出して、小瀬へ・・!です。 |
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2014年11月25日
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