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若松勉さん・池山隆寛さん・青木宣親選手。 スワローズ球団にとっては、「34」に次ぐ「栄光のナンバー」です。 正直、池山さんの時でさえスワローズ・ファンの友人と「そりゃないよな」と、少々哀しいお酒を飲んだりしたくらいなのだけれど。 嗚呼、なのに、大引啓次・・?? 山田哲人君に・・ならば、まだわからんでもない・・けれど。 なんなの・・かな。 私、いちおう「ビッキーファン」だったりもするのだけれど。 いやでも、やっぱり、一抹の寂しさを・・です。 スワローズの「1」。 「34」に比べれば、かなり”マシな扱い”を受けてはきたんですけど・・ね。 ニッポンの野球は、こういうところがやっぱり「まだまだ」・・だなぁ・・。 大引啓次。 そこまでせんでも、獲れる選手じゃないのかな。 いい選手ですよ。いいプレイヤーです。 でも、でも。 ”そうまでして”獲らなければならない選手・・なのか・・なぁ・・。 |
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むかし、「サカつく」というテレビゲームに嵌っていたことがあります。 自分でJクラブを創設し、経営・維持・育成して、ビッグクラブを目指す・・というもの。 まず最初の仕事は、「ホームタウン選定」。 私はいつも、石川県金沢市を選んでいました。 当時はまだ北陸にJのクラブが無かったことと、母の生まれ故郷で愛着度が高かったことが理由でした。 「いつか本当に金沢に出来たらいいなぁ」と、願い続けてきた。 アルビが大成功(当時)したのだから、金沢だって・・とも、思っていました。 やっと、ついに、「第一歩」・・ですね。 おめでとうございます。 北國新聞。 明日の朝刊、「ゴジラが55のユニフォームを着た!」なんて話題は、とりあえず置いておいてやってください(苦笑)・・ね。 幼少期から中学に入るころくらいまで、夏休みは毎年と言っていいほど石川県(金沢&能登)に家族旅行(母の里帰り)をしていました。 当時はまだ上越新幹線もなく、「特急白山号」で6時間半。 夜行急行の「能登」とか、臨時急行の「越前」(ボックス席!)とか。 帰りは米原まで特急電車で出て、東海道新幹線・・というパターンだったけれど、これとて所要時間は似たようなもの。 とにかく、時間が掛かりました。 石川は海も綺麗だし魚も美味い。 大勢いる親類はみな親切だし、居心地も申し分ない。 でも子供心には正直、「行き帰り」が憂鬱でなりませんでした。 そういえば、一度だけ航空機で羽田から小松へ・・というのが、あった。 アレは、トータル3時間くらいだったかな? 嬉しかったなぁ・・。 沖縄市陸上競技場。 ツエーゲンのサポーターさんも、数十人、いらっしゃいました。 遠路・はるばる。 どう安く見積もっても、旅費&航空券、10万円近かったんじゃないでしょうか。 大変だな。 でも、素晴らしいです。郷土愛。 おめでとうございました。 石川県金沢市。 もう20年以上、足を運んでいません。 私の夢は、「ヴァンフォーレを観に金沢旅行に行くこと」でした。 ひょっとしたら来年(コラッ)叶うの・・かな・・? いや、悪い冗談(爆)ですね。 でももう、そう遠くない将来には・・ですね。 北陸新幹線。 今度はもう、3時間台で行くことが出来ます。 こちらもまた、「夢のよう」・・です。 「朝、目が覚めたら日本海に朝日が昇っていて・・」も、今となってはとても風情があって良かったんですけど・・ね。 行くぞ金沢、待っててください。 金子昌広君も、頑張っていた。 貢献出来たね。良かったです。 一緒にJリーグを盛り上げよう。頑張りましょう。 |
やっぱりサッカーは楽しいと感じたし、みんなに感謝しています。 これまでサッカーをやらせてもらって、たくさんの人の支えがあった。苦しかったり、うまく行かないときも、いつも上から色んな人が引っ張り上げてくれて、僕はそれにしがみついていた。本当に感謝をしています。 サッカー人生の中で、J1、J2、JFLと色んなカテゴリーを経験した。なかなかこういう経験が出来る選手が少ない中、僕のようなレベルの選手が出来たのはありがたいこと。 最初に所属した甲府では、チーム存続の危機で、クラブハウスも無く、土のグラウンドで練習をしていた時もあった。その中でも地域の人が食事を助けてくれたり、細かいことから色んな人に支えられて、ここまで来ることが出来た。 サッカーできることは当たり前なことではない。Jチームがあることも当たり前のことではない。色んな人の思いで出来ていることを感じながらやれたのは、自分に取って大きな財産だと思います。 毎々「J2&J3ハイライト」を観ていると、アッチにもコッチにも「元甲府選手」の名前が出て来ます。 頑張ってるんだな。頑張ってほしいな。 どこに行っても、何年経っていても、心からそう思います。 特に、「あのころを知っている選手」には・・。 美尾敦。「ファンタジスタ」。 夢も希望もなかった、あの時代。 J1なんて「別の国のリーグ」くらいにしか思えなかった、時代。 数少ない「かすかな光」(U18代表)だったのが、ミオちゃん・・でした。 とっても嬉しかったよ。記者会見。 ありがとう。 これからも元気に。 これからのほうが、ずっと長いです。 頑張ってください。 |
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66 ジュビロ磐田 65 ジェフ千葉 65 ギラヴァンツ北九州 64 モンテディオ山形 63 大分トリニータ J2・昇格挑戦権争い。 残念ながら出場権のない北九州を除いても、4クラブが僅差の大混戦。 毎年のことですが、どうして最後の最後にこうも「超・僅差」になるのでしょう? 長丁場の末なのに。凄いです。 今年の「決定戦」は、12月7日(日)。 会場はどこになるのだろう?と思っていたのですが、味の素・・でした。 東京在住の身としては有り難いことなのですが、出来ることならば「最上位(3位)クラブのホームで一発勝負を」と思ったりも・・です。 というより、「勝ち抜きクラブVSJ1・16位の入れ替え戦」が一番盛り上がりそうなんですけど・・ね。 なにはともあれ、「味の素」。 今年も「早割り特価」(1500円)のチケット、買いました。 1999年。「オーイタの悲劇」。 まさか・まさかの「ロスタイム失点」での、昇格消滅。 相手は、モンテディオ山形でした。 石崎監督。イシさん。 今年は、「山形監督で大分との争い」です。 しみじみ、面白いもん・・ですね。 あの時は大真面目に「頑張れオーイタ!」だったけれど、考えてみれば逆転昇格したのはFC東京でした。 「東京になんか要らんワ!石崎さん可哀相・・」なんて思ったんだよな、あのころは・・(爆)。 良かったんですけどね、トーキョーで。 「味の素」で、山形VS大分。 不思議なコラボ。 個人的には、コレが希望・・です。 久々に「念仏」、聴きたいな。 石さん、頑張ってください。 みんな頑張れ。頑張ろう。 |
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「お前、初芝ファンなんだろ? サッサと帰って応援しろ!www」 ・・野球ヲタクの上司です。 社会人野球日本選手権・決勝。 セガサミーの監督は、「あの」初芝清さん・・です。 大会中ずっと気にかけてはいたのだけれど、まさか決勝まで進むとは・・でした。 途中経過を気にしながら急いで帰ってきたのですが、嗚呼!残念、「完敗」でした。 いやでも、「初芝監督」(笑)。 「大健闘」・・ですよね。 セガサミーには他にも、元近鉄の前田忠節さんがコーチとして在籍。 サミーと準決勝で激突した大阪ガスの投手コーチは、元マリーンズの成本年秀さん。 何を今さら、でもようやっと少しだけ、「そういう時代」になってきたのかな・・という感じです。 「準優勝」。 やっぱりちょっと、残念。 でもしかし、かずさマジック時代も含めて初芝さん、意外や意外(失礼)で「名指導者」なのかも・・です。 お疲れ様でした。 1989(平成元)年・川崎球場。 ふとしたきっかけで、球場内でうどん屋さんを営む小母さんと知り合いになりました。 「選手のサイン、貰ってあげるよ! 誰のがほしいの?」。 ・・あんまり深く考えずに、なぜだかすぐに出た名前が「初芝選手」・・でした。 当時はまだ、ルーキー。 ようやっとレギュラーで出場し始めたばかりのころ・・という選手でした。 なんでだろう? 不思議と、「応援したくなる雰囲気」を持っている人でした。 元々、「デカくて飛ばす人」が好み(笑)だったりするのも、ありました。 「ハッちゃん?? あの子なら、いつでももらえるよ! 私、普段は寿司屋をやっているんだけど、いつも来てくれているから・・」。 「金田(正一)監督がね、いつもハッちゃんとか堀(幸一)くんとか、若い子たちを連れてお寿司を食べに来てくれるの。金田さんって自分は全然食べないで、”この子たちにいいネタどんどん出してやって!”って。いろいろ言われる人だけど(笑)、ネは良いヒトなんだよ・・(笑)」 「ハッちゃん、”僕のサインなんか欲しいヒトがいるんですね”って喜んでいたよ(笑)・・」 大好きだった、川崎球場。 いつまでも忘れない大切な思い出・・です。 初芝清さん。 私の小学校時代からの幼馴染に、高校野球部(二松学舎大附)の後輩がいます。 社会人になって同期生になったヒトには、「初芝さんと対戦したことがある」という人が。 いま勤めている会社の所在地(埼玉県坂戸市)も、初芝さんの「生まれ故郷」。 「小学校時代に特大ホームラン打って、ここいらじゃ有名人だったんだぜ」(上司)・・。 私にとっては、なにかと「ご縁のあるひと」・・です。 いつの日かまた、オリオンズのユニフォームを。 待っていますよ。 追伸。 「おんなじボール」に、”もうひとり”。 プロ野球80年の歴史で「ただひとり」の大事件を起こした、オリオンズの元投手。 「事件現場」もまた、私の会社の至近・・でした。 あまりにも明と暗が過ぎる、「晩節」。 寂しくて切なくて、やりきれません。 |








