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「この間、サッカー日本代表の試合中継を観ていたら、”ドカベン香川”なんていう横断幕を見つけたんよ。なんや、嬉しかったなぁ・・」(香川伸行さん) 「ドカベン香川」。 セレッソ大阪時代から掲げられている、長居サッカー場の香川真司向け横断幕。 どうして、香川真司が「ドカベン」・・? 「わかる人には、わかる」。 流石は浪花っ子のセレッソ・サポーター。嬉しいなぁ。 いつもそう、思っていました。 横浜に出発する前、早朝に届いたスポーツ新聞で「訃報」を知りました。 香川伸行さん。 1961(昭和36)年12月・徳島県生まれ。 浪商−南海ホークスで、「コテコテの大阪人」のイメージが強いけれど、「生まれのみ徳島」「香川なのに徳島」。 城福浩さんとは、「同郷&学年違いの同い年」・・でした。 城福さんは評論家時代、マリーンズや野球のことも書かれたりしたことがあるから、ひょっとしたらそれなりにドカベンさん、ご存知だったんじゃなかろうか。 久々の、三ツ沢。 なのになんだか、寂しい出発になってしまいました。 三ツ沢球技場は何度も訪れているけれど、そういえば「マリノス」のゲームって、初めて・・です。 初めての観戦は「フリューゲルスVSレッズ」だったし、甲府サポになってからも、「横浜FC戦」ばかり。 「満員の三ツ沢」を観るのも、フリエVS浦和以来・・でした。 臨場感満点。芝生の匂いも最高。 ビールが美味い。 昨晩、ここ横浜(のホテル)で「飲み物を粗末にした”集団”」がいたようだけれど、ビールは「飲むもの」である。 迫力満点の神戸攻撃陣の顔ぶれを観た直後だったからなのか、怪我人続出のマリノス・イレブンは、ちょっぴり「威圧感不足」。 失点数が少ない方から3番目のマリノスと、「被シュート数最少」「得点数ブービー(涙)」のヴァンフォーレですから、スコアレス・ドロ−は「想定内」。 特別に面白かったわけでもワクワクしたわけでもなかったけれど、「最低でも1」、頑張ってくれました。 (オギちゃん、良かったぞ) あんまり「残れるか否か」みたいなことは考えたくないし、楽しくもないのだけれど、「残れるでしょ。ダイジョーブだよ」と思うようにして、残りゲーム、楽しみたいと思います。 ハードスケジュール。お疲れ様でした。 シッカリ休んで、いい準備をしてまた、頑張ってください。 |
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2014年09月28日
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「ドカベン香川伸行さん急死 52歳心筋梗塞」(日刊スポーツ)http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140927-1373452.html毎週土・日だけサーヴィスで届く、「日刊スポーツ」。 「一面」をチラ見した瞬間に”不愉快”になり、「今日は見んでええわ」とスル―しようとした瞬間、端っこの「小さな見出し」に目を疑って、仰天・・でした。 1988(昭和63)年8月。 夏休みで関西を訪れた際に初めて観戦した、大阪球場の南海ホークス。 2−1でバファローズリードのまま、最終回へ。 9回2死・1塁。 1発出れば逆転サヨナラ・・の場面で登場したのは、「ドカベン」香川さん。 夏休み中で満員だったスタンドから、大歓声が沸き起こった。 この日一番の、大盛り上がり。 ライオンズと激しい優勝争いを展開していた近鉄バファローズを応援していたのだけれど、「もうどっちでもエエわ。南海勝ったれ! ドカベン打ったれ!」。 結局、空振りの三振。ゲーム終了。 その瞬間の「あ〜〜〜!」というスタンドからの大きな大きな溜息、いまも耳にハッキリと残っています。 そして、「でもおもろかった。エエもん観れた」と顔に書いてある、多くのお客さんの姿も、瞼にしっかりと記憶されています。 数年前、日生球場の跡地を訪問したときも、真っ先に脳裏に浮かんだのは香川さんの「プロ1号特大場外弾」でした。 「プロ野球が人の思いで成り立っていた時代」の、最後の「個性派野球人」でした。 かがわのぶゆき【香川伸行】 ドカベンの愛称で親しまれた巨漢選手。 彼にダイエットを要求したファンは、ほんとうのプロ野球ファンとはいえない。 野球場へ足を運ばず、スポーツ新聞の順位表や成績表を見るだけで、ああだこうだと屁理屈をこまねいている理屈屋だ。 ドカベンが打席に立つだけで、どんなにおもしろかったか。 引退するには惜しい選手だった。 「新潮プロ野球大事典」。 11PMの番組内で、この本のことを嬉しそうに話していた香川さん。 いま、この本の「価値」を理解してくれる野球ファンも、あまり多くないかもしれないな。 「最近の野球選手は、個性がない。面白くないね」。 もっともっと、元気でいてほしかったよ。 合掌。 |
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