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三原脩さん。 西本幸雄さん。 星野仙一さん。 「3球団で優勝監督」。 プロ野球史上、達成されたのは上記お三方のみ。 「共通していること」が、他にもあります。 「グラウンドでは、とにかく怖かった」 「ユニフォームを脱ぐと、別人のように優しくて」・・。 「星野さんは、10のうち7つは怒っているんです。いや9かな(笑)。で、残りの1つでフォローするんです。その、1のフォローがあるから、9のお叱りを純粋に受け止められるんです」(鈴木孝政さん) プロ野球の選手とビジネスマンを結びつけたりするのは好きではないのだけれど。 サラリーマン生活を26年も続けている身になって考えると、「フォローの1」、素晴らしいな、羨ましいなと、ピュアに感じます。 私が物心ついてプロ野球の世界の虜になったのは、昭和50年代の前半からでした。 「巨人にあらずはプロ野球にあらず」の時代。 首都圏のテレビの野球中継は、「巨人・巨人。以上」。 タイガース・ファンの一家に育った私にとって、テレビ野球中継の唯一最大の楽しみは「どこでもいい。巨人をやっつけろ」。 80年代後半まで続いた「ダサ格好良い」ブルーのユニフォームを身に纏い、後楽園やナゴヤ球場で巨人のユニフォームに闘志剥き出し・仁王立ちする星野の仙さんは、文句なしのヒーローでした。 マリーンズ・ジョニー黒木の全盛期、マウンドでの表情や居ずまいを観るたび、「懐かしいな、星野さんみたいだ」なんて思ったりしたこともありました。 「阪神・星野」には正直、あんまり魅力を感じなかった。 そればっかり(メイン?)の報道が何だかちょっぴり寂しい、40歳後半の元・野球少年です。 星野さん、ありがとうございました。合掌。
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2018年01月09日
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