人生いろいろ

せなぱぱさん、ありがとう。3年ぶりのブログです。これからまた、宜しくお願いします。

懐かしのプロ野球

[ リスト | 詳細 ]

34年の観戦歴と読書歴(?)を活かして、実際に観た・観ないに捉われずに、懐かしの球団・選手をリスペクトした記事を書いていきたいと思います。
体験談&アドヴァイスも、大歓迎です。よろしくお願いいたします。
記事検索
検索

全46ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

イメージ 1

オリオンズ 6 ー 4 ライオンズ


「かつての本拠地・”東京”に凱旋」
東京ドーム。
神宮球場で東京音頭を最初に歌ったのは、オリオンズ応援団の皆さん。
神宮球場のほうが良かったのだけれど、「大人の事情」だったのでしょうね。

「たくさんの人に愛されるチームに」
村田兆治さん。

寂しくて切なかった川崎を知る、村田さん。
胸に沁み入りました。

「40年前に指名を頂いて今がある。やはり最初の球団は格別」
落合博満さん。

小池秀郎騒動のとき、「オリオンズはそんなに悪いチームじゃないよ」。
「嘘」ではありませんでした。

今の世の中、「エース村田・4番落合」なら、大変なお客さんが集まるでしょう。

超満員の球場でプレーをさせてあげたかった。
心からそう、思いました。


試合後の、「メモリアル映像」。
オープニングに濃人渉さん。続いて成田文男さん。
「永田ラッパさん」も。

どうしてもっと、大勢のOBの皆さんを招待してあげないのだろう。
どうしてユニフォームを、オリオンズにしてくれなかったのだろう。

だから私、球場には行きませんでした。
でもやっぱり何だか、感慨深かったです。


「村田や落合より、初芝とか堀の方が盛り上がったんじゃない?」
ファンコメ。
そんな寂しいこと、言ってくれるな。

「歴史」は大切です。
もっと知りたい・もっと好きになりたい。

そう思ってほしいな。ちょっぴりでも。
心からの、願いです。

愛する阪急ブレーブスを失って、何だか無気力になりかけて。
救ってくれたのが、「川崎のオリオンズ」でした。

いつのまにやら、28年です。
「半分以上」になったんですね。

腐れ縁。
今さらもう、ヨソのファンになんかなれないし。

もうずっと、「墓場までオリオンズ」です。

イメージ 1

西城秀樹さんで真っ先に思い浮かぶことは、2つあります。
「東京のファイターズ」と、「ハウスのCM」。

東京ドームのファイターズ戦。
5回が終了すると、ウォーミング・アップで流れる「ヤングマン」。

♪ 憂鬱など吹き飛ばして 君も元気出せよ ・・

ガラガラのスタンドに囲まれてプレーする選手たちを励ます、「パリーグ賛歌」のように聞こえたりもしたものです。

盟友・野口五郎さんがファイターズ・ファンだったこともまた、「不思議な縁」でしたね。


思えば、日本人ソロ歌手として初めて「スタジアム・コンサート」を開催したのも、秀樹さん。

大阪球場・後楽園球場。
「昭和のプロ野球」とも、深い関わりがあった方でした。


昨晩、ファイターズが久々に東京ドームでゲームを開催していたのも、「何かの暗示」だったんでしょうか。

今晩、我が家の夕食は、偶然にも「バーモントカレー」でした。

合掌。
イメージ 1

「京都でも“復刻”阪急ユニを着用!」(ベースボールキング)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180507-00152465-baseballk-base

5月27日(日)・京都西京極球場。
阪急ブレーブスが「復活」します。

「またかよ」では、ありません。
「阪急沿線のブレーブス」は、「30年ぶり」です。

「もう阪急の沿線に”球場”はないんだよな」と思っていたのだけれど、どっこい、「準フランチャイズ」が京都線沿線に生き残ってくれていました。

昭和42年・球団初優勝の地。
どうせなら、昨年の「80周年」に初優勝のユニフォームで復刻してくれたら良かったのに。
・・いや、とりあえず、愚痴はよしましょう。

今や貴重なクラシック・スタイルの球場ですから、ここでVS南海ホークスをやってほしかったです。

イメージ 2

相手は、「ロッテ・オリオンズ」。

実はこちらも今季、「ロッテ球団50周年」。
なのに、「記念ユニフォーム」は何ともショボい「袖ワッペンのみ」(嘆)。

歴史も品格も感じる「オリオンズ」の名前を、今季だけでももっと重宝して欲しかったのだけれど。
スワローズのように、突如の「オリオンズ復活」なんていうのも、未だに期待しているのだけれど。
(だって、どう考えたって、オリオンズの方が・・ずっといい)

無理かな。無理ですね・・。

どうせなら、付き合って「復刻」なんてやってくれたら、新幹線で飛んで行くんだけど・・な。


どちらを応援するか?
そんなもん、「ブレーブス」に決まっています(笑)。

一晩だけですけどね。
「マリーンズ」って名前、実は未だにあんまり好きじゃ・・ないから(苦笑)。
イメージ 1

東京在住・西武沿線育ち。
なのに、阪急ブレーブスのファン。

私はちょいと、「ヘンな少年(青年)」でした。

オリックス・ブレーブスになって少し愛着が薄れてしまい、川崎のオリオンズに「浮気」。
もうすぐ30年になります。

でもやっぱり、今でも阪急電車は大好きですし、「神様・仏様・小林一三様」だったりもする。

オリオンズ&マリーンズへの想いも強いのだけれど、でも「一番好きだったチームは?」と言われれば、
やっぱり「阪急ブレーブス」なんです。

それは恐らく、生きている限り変わらないと思います。

イメージ 2

イメージ 3

ブレーブス 4 ー 2 ライオンズ


東京在住の中学・高校生だったがゆえに、「西宮のブレーブス」の観戦歴は「ゼロ」。
「これからバイトして、どんどん遠征を・・」と思っていた矢先に、球団は姿を消してしまいました。

だから、私にとってのブレーブスは、いつも「青い勇者」。
そんなに格好良いユニフォームではないのだけれど、愛着だけはタップリ・・です。

ライオンズの超・黄金期ゆえ、上位には顔を出すけれど優勝には届かない。
けれど、その「強い強いライオンズ」を相手に、所沢ではいつも互角の「横綱勝負」。
そんなブレーブスが嬉しくて、誇らしくて、大好きでした。

実力では70年代の黄金時代には遠く及ばないけれど、個性派・職人肌の選手が多い、じゅうぶんに魅力的なチームでした。


「レールウェイ・シリーズ」

ブレーブスが勝った。
「強い」ライオンズに勝った。

やっぱり、嬉しいな。
少しだけ、童心に還りました。

ありがとう。
イメージ 1


「プロ野球ファミリースタジアム」という、大ヒットしたファミコンゲームがありました。
「ファミスタ」という愛称のほうが、はるかに有名かもしれません。

実在のプロ野球チームをモチーフにした、本格的な野球ゲーム。
なのに、球団数は「10球団」。

セ・リーグ球団と思しきものが、6つ。
販売元・ナムコのキャラクターをメンバーにしたチームが1つ。

あれ?「パ・リーグは・・?」

ライオンズと思しき球団が、1つ。
残るは、「2つ」のみ。

オリオンズ&ファイターズの”合併球団”・「フーズ・フーズ」
もうひとつは、ブレーブス・バファローズ・ホークスの”合併”で、「レール・ウェイズ」でした。

なるほど、そのネーミング・センス(?)には一応、一目は置くけれど。
当時の「パ・リーグの立ち位置」「世間のパ・リーグへの扱い」が少年心にも切ない、楽しくも悲しいゲームでした。

「関西レールウェイ・シリーズ」

どこかで、聞いたことがあるネーミングやな。
そう、思いました。

「近鉄VS南海」「阪急VS西武」
ゴールデン・ウィークの、特別企画。
4年ぶりに、参加しました。

イメージ 2

「南海の○○(背番号)って、誰でしたっけ??」
「近鉄の○○(背番号)、最後は誰だったかなぁ・・」

ゲーム中は、そんな話ばかりで盛り上がり。
「村田辰美さん、スラッガーになっちゃったんだ(笑)」とか。
「今宮君の”2”は、どう見ても”真逆”だよなぁ(笑)」とか。

「南海ホークスの”最後の3”って、誰だっけ??」だけが、どうしても出てこない。
定岡さんのあと・・。定岡さんのあと・・。
「ひょっとしたら、清原さんが背負っていたかもしれない背番号」・・。

「出て来なかった」のは、正解でした。

「いなかった」。
88年のドラフト、南海ホークスが最後に1位指名した選手は、「立浪和義さん」だったから・・です。
本人も、指名されれば行くつもりでした。
「だから、3は空いていた」・・んですね。

来て良かった。
こういう「復刻イベント」は、賛否両論。
でもとにも角にも、「みんな、また球場においでよ」なのです。
「近鉄vs阪急はないんかい!」は、とりあえずは・・いいのです。

○○回忌で親戚一同が集まって、故人の話で盛り上がる。
みんな疎遠になっていたけれど、故人が引き寄せてくれた。
会ったこともないおじいちゃん・お婆ちゃんのお話に、孫たちが耳を傾けたり、興味を示してくれたり。

そういうこと。
それでいいのだと、思います。

イメージ 3

イメージ 4

昭和63年10月19日。
野球ファンならばすぐにピンとくる、「あの日」です。

でも、同じ球場の「昭和63年10月20日」は、あまり語られません。
「南海ホークス・球団ラストゲームの日」でした。

この2つのユニフォームは、いろんな「悲しみ」も背負っている。

でも、格好良いな。ほんとにいいなぁ。
改めてやっぱり、そう思いました。

近鉄のユニフォームを「10・19ユニ」と書いている方をあちこちで見かけました。
なので私、「オリオンズ帽子」を被って、参加しました。

だれかわかってくれへんかな・・と思っていたら、数十秒間・じっと私を睨む「猛牛おばさん」が・・。

ありがとう。
「睨まれて」いるのだけれど・・(笑)。

企画してくださった球団の皆さん。
「昔のファンの方が懐かしいと思って楽しんでくだされば・・」と言ってくれた、バファローズの山岡泰輔投手。
そして、参加されたすべてのオールド&若い野球ファンの皆さん。

ありがとう。
ありがとうございました。

全46ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事