●ドラゴンズ 「1974年 巨人10連覇の偉業を阻むリーグ優勝のユニフォーム」 「ダサいダサい」とよく言われるけれど、実はそんなに嫌いじゃありませんでした。 ●ジャイアンツ 「1981年 原監督入団年リーグ優勝・日本一のユニフォーム」 「トロイカ体制」「後楽園シリーズ」。 ●タイガース 「1937年秋 球団初優勝・大阪タイガースのユニフォーム」 1964バージョンも観たかったけれど、これはこれで素晴らしいです。 ●スワローズ 「1978年 球団創設29年目のリーグ初優勝・日本一のユニフォーム」 「マニエルおじさん」「小さな大打者」。国鉄からの悲願。 ●カープ 「1975年 球団創設26年目のリーグ初優勝のユニフォーム(ビジター用)」 どうせ用意があったのなら、「阪急戦」でも着用してほしかった。 ●ベイスターズ 「1988年 38年ぶりリーグ優勝日本一のユニフォーム(ビジター用)」 「1960三原大洋」でないのが残念。 8月24日(金)25日(土)26日(日) 8月31日(金)9月1日(土)2日(日) 「レジェンドユニフォームシリーズ・2012」。 2年ぶりの開催。嬉しいです。 今年のテーマは、「優勝ユニフォーム」なのだそうです。 9月1日(土)2日(日)の神宮は、行ける♪ スワローズVSドラゴンズ。「胴上げ試合」(78年)。 なかなかに、「粋な演出」ですね。 ベイスターズは、出来ることなら「球団初優勝(60年)」を選択してほしかったけれど、やっぱり 「”横浜”レジェンド」が優先・・ですよね。 羨ましいな、セ・リーグ。 「”巨人サマサマ”で球団史が比較的安定していたから」とも言えるのでしょうけど、なにかと「しがらみ」(障壁)の多いパ・リーグは、なかなか「意思統一」がうまく出来ません。 (イーグルスに「歴史がない」ことも含む) いや、でも、しかし、「稲尾和久デー」(2試合)。 対ファイターズ&ホークス。 東映フライヤーズや南海ホークスを「用意」することくらいなら、そんなに「難しいこと」じゃないような気がするんだけど・・・な。 それこそが、「偉大なる故人」に対する、最大の敬意であるように思うのですが・・。 閑話休題。 ありがとう、セ・リーグ。 今年も、楽しみたいと思います。 「アレ?なんだかいつもとちょっと違うな」。 どんな「きっかけ」でも、いいんです。 いつも応援しているチームの「歴史」や、偉大なるOB選手の皆さんのことに興味を持ち、 もっともっとチームのことを好きになる。 そんな若い野球ファンの方が沢山生まれてくれたらいいなと、願っています。 |
懐かしのプロ野球
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34年の観戦歴と読書歴(?)を活かして、実際に観た・観ないに捉われずに、懐かしの球団・選手をリスペクトした記事を書いていきたいと思います。
体験談&アドヴァイスも、大歓迎です。よろしくお願いいたします。
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「阪急ブレーブスを偲ぶ旅」。 京都・西京極球場に行って来ました。 「わかさスタジアム京都」。 ネーミング・ライツ。「わかさ生活」。 最初聞いたときは、「福井県の新球場?」と思いました。 私は、「照明塔のある野球場」が、大好きです。 というより、「照明塔もない野球場なんて、野球場ではない」。 阪急電車・西京極駅から、徒歩3分。 鮮やかな緑の木々に囲まれた照明塔を目にした瞬間、なんとも嬉しい気持ちになりました。 スタンドの作りが、なんとなく大阪球場を思い起こさせてくれます。 外野席後方に、阪急電車。 最高・最強のロケーションです。 オーナーの前に立ったとき、目がしらが熱くなるのをどうしようもなかった。 金網越しに差し出されたオーナーの指、不自由な握手だったが、私の半生で、これほど胸に焼きついた感激の瞬間はなかった。 なにか口に出して言いたい・・・。 しかし言葉に出せばあふれる涙はもう止めようがないこともわかっていた。 だまって見つめた数十秒。 オーナーの目が「お前の言いたいことはすべてわかっている」と話しかけるように見えた。 「阪急ブレーブス・黄金の歴史」(ベースボールマガジン社・刊) 昭和42年10月1日。 この西京極球場で、阪急ブレーブスは悲願の初優勝を果たします。 西本幸雄さん&小林米三オーナーによる「歴史的ET(指握手)」は、このネット裏席で。 関西大学・近畿大学・立命館大学・同志社大学。 立命館大学・優勝。 関西学生リーグのゲーム、楽しませていただきました。 つい先日、神宮で観た六大学野球よりも、レヴェルが高いように感じる。 そりゃ、そうだ。 村山実さん&上田利治さん。「史上最速」山口高志さん。 有藤道世さんも無論だけれど、小瀬浩之も。忘れないよ。 吉田義男さんに、長谷川シゲさん&古田敦也さんの「最強バッテリー」。 そうそう、田尾安志さんに片岡篤史さん・宮本慎也さんも・・。 「OB」の方々の名前を挙げていったら、どの大学にも「伝説のヒト」がゴロゴロ・・です。 関西の野球少年の皆さん。 東京になんか、来ることないよ。 野球のメッカは、今も昔も関西です。 「天然芝のグラウンド」が、とっても嬉しい。 スタンド・設備含めて老朽化は否めないけれど、しかし不快に感じるほどのものでもない。 少なくとも、人工芝&ドームの球場なんかより、よほど好ましいように思いました。 「あ、それ、阪急・・・」。 ブレーブスのTシャツを着ていました。 球場からの帰路、初老のオジサンがお声掛けしてくださいました。 「それ、どこで買うたん・・?」 「阪急のファンやったんですか?」 「古いよ。米田のころからやから」 「米田さん! ヨネ・カジ時代ですか!」 「そう。上田監督のずっとずっと前からやね。あの応援団長(今坂氏)、ワシ友だちやったもん」 「4番中田(昌弘)さんのころから・・ですね。凄い!」 「そのシャツ、ほしいな。どこで買えるん? 三宮にそういう店、あったよね・・」 一期一会。 広島市民球場でも、こんな「嬉しい嬉しい出会い」があったな。 最高の「おみやげ」(思い出)に、なりました。 これもきっと、西本幸雄さんのおかげです。 大阪球場・日生球場・西宮球場・藤井寺球場。 みんな、無くなってしまいました。 現存する、貴重な貴重な「文化財」。 大阪ドームなんて、クソ喰らえ。 頑張れ!西京極球場・・!です。 |
昭和42年 ブレーブス 2勝4敗 昭和43年 ブレーブス 2勝4敗 昭和44年 ブレーブス 2勝4敗 昭和46年 ブレーブス 1勝4敗 昭和47年 ブレーブス 1勝4敗 昭和51年 ブレーブス 4勝3敗 昭和52年 ブレーブス 4勝1敗 阪急VS巨人・「16勝24敗」。 少年時代、歴史本を読むたび、悔しい悔しい思いに。 「ONに負けただけだ。巨人に負けたんじゃない」。 虚しい、「強がり」。 親父が大事に保管していた、「阪急日本一・76年日本シリーズ」という本がありました。 「褒めても褒めても褒めても足りない足立」。 「パリーグOBとして、本当に嬉しい」。 稲尾和久さんの観戦記、何度も何度も読み、感涙しました。 「速い速い!山口特急!」 「最強助っ人マルカーノ! 阪急無敗でシリーズ王手!」 ボロボロになるまで読んだから、今でもフレーズを思い出せます。 「ここに西本さんがいてくれたら、どんなに喜んでくれたか」。 上田監督のコメント。 子供心には、「意味」がよくわからなかった。 いまはもちろん、よ〜〜くわかります。 生まれた時から、「●売」「巨人」を蛇蝎の如く嫌っておりました(永久継続)。 だから、タイガース・ファンだった時代でも、阪急ブレーブスは無条件に「尊敬の対象」でした。 「阪急ファン」になってからは、「もう一度必ず、巨人を倒してほしい」と願い続けました。 叶わなかった。 もう二度と、「機会」が訪れることはありません。 一度でいい。 「このユニフォーム」で、巨人と戦ってほしかった。倒してほしかった。 ほんの少しだけ、「夢」が叶った。 今夜は、なんとも言えない感慨に浸りました。 「いつものユニフォームよりも格好良い。諸先輩方のお力を頂きました」。 イ・デホ。 本当に、ありがとう。 4安打3打点。 火の出るような弾丸ライナー。 ブーマーさんが乗り移ったかのようでした。 「三冠王同士」だもの・・ね。 日高剛&後藤光尊。 「直系の後輩」も、頑張ってくれました。 寺原も平野も岸田も。ありがとう。 3戦3勝・勝率10割。 ずっと「このユニフォーム」で戦えばいいのに。 ありがとう。阪急ブレーブス。 |
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島野修さん。観てくれていますか。 星野伸之さん。 貴方がいてくれて、本当に良かったです。 蓑田浩二さん・福良淳一さん。 後藤光尊。 「ブレーブス」なら、許されていいように思います。 「鳥になれると信じた勇敢(Brave)なもぐら」。 絶対に鳥になれます。頑張ってください。 「D・ウイリアムズに見えると言えば、見えるかな」。 aoutさま。 見えますね、見えますよ。 「藤田(浩雅)さんというよりは、スペンサーのイメージですね」 「というよりも、高井(保弘)さんだな(笑)」 赤堀元之さん。 かなり違和感があるけれど(苦笑)、嬉しかったよ。 「このユニフォームが着られたのは光栄。いつもとは違う力を貰いました」。 熊野輝光さんのような、「鮮烈のルーキー・イヤー」。 川端崇義選手。ありがとう。 「ブレーブスの23番」は、優勝決定ホームラン男・矢野清さんの背番号。 とっても嬉しい、”運命のつながり”です。 金曜日のゲーム。 テレビを点けた瞬間に、「格好いいな。やっぱり格好いいな」と、思いました。 まだ、「現役選手」です。 「犯人」に、乾杯! いちども「ブレーブス」と言ってくれなかった、場内アナウンス。 「いつもどおりの近鉄応援」だった、スタンド。 レギュラー選手全員、ストッキングを見せてくれず。 ちょっぴり、寂しかった。 でも、「このユニフォームだけでじゅうぶん」。 そう、思います。 心のなかに、いつまでもブレーブス。 さようなら。ありがとう。 |
1.D・ウイリアムズ .242 10本 30点 2.福良淳一 .320 7本 33点 3.ブーマー・W .289 14本 46点 4.松永浩美 .326 16本 77点 5.石嶺和彦 .296 22本 76点 6.藤井康雄 .286 20本 62点 7.山森眞幸 .275 3本 24点 8.藤田浩雅 .175 5本 25点 9.弓岡敬二郎 .222 2本 11点 山越吉洋 .242 3本 19点 熊野輝光 .216 6本 19点 福本 豊 .253 1本 21点 中嶋 聡 .178 2本 14点 P.佐藤義則 13勝10敗 3.22 星野伸之 13勝 9敗 3.06 古溝克之 10勝10敗 4.52 山沖之彦 7勝12敗 4.98 山田久志 4勝10敗 4.88 山内嘉弘 4勝 3敗11S 2.27 原田賢治 3勝 2敗 4.29 森 浩二 2勝 1敗 3.64 監督・上田利治 1988年・阪急ブレーブス。 球団創設・52年目。 「昭和」最後の年は、パ・リーグ最古の球団のラスト・イヤーでも、ありました。 開幕10試合を、1勝9敗。最悪のスタート。 一度も巻き返すことが出来ぬまま、日本シリーズの「裏開催」で寂しく歴史に幕を引きました。 藤田浩雅さんのホームラン5本のうちの1本は、「東京ドーム・パリーグ第1号」でした。 故障でわずか88試合の出場に終わった、ブーマーさん。 来日以来最低の成績ながら、「史上最長距離ホームラン(162M)」で、しっかり年史に名を刻んでいます。 「阪急ブレーブス・最後の4番打者」は、藤井康雄さん。 「阪急ブレーブス・最後のホームラン」を放った「サメ」こと中嶋聡さんは、今も嬉しい「現役(!)選手」。 「11打席連続敬遠」。 この年の「ほんとう(正義)の首位打者」は、松永浩美さんです。 数字だけ見れば「期待外れ」だった、ウイリアムズ。 いやでも、宿敵・ライオンズ戦ではよく活躍してくれました。 「日本野球史上初めて、屋根に打球を当てた選手」(東京Dのファール)でも、ありました。 「こんなに細いんじゃ、4〜5年で一杯いっぱいかなぁ」。 プロ初勝利のときからずっと、星野伸之さんには「そういう印象」が付き纏いました。 ごめんなさいね。 たくさんの感動を、ありがとう。 「阪急ブレーブス・最後の勝利投手」は、大エース・山田久志さん。 10月の所沢でのゲームで、首都圏のファンへの「お別れ登板」をしました。 絶対に行くつもりでいたのに、急な発熱でダウン。 泣く泣くの、テレビ観戦となりました。 10月16日。 この所沢でのライオンズ戦は、関東でのブレーブス・88年ラストゲームでした。 まさか、このゲームが「阪急ブレーブス・首都圏最後の試合」になるなんて、夢にも思わなかった。 私だけじゃない。 ”関係者”以外誰ひとり、知るものなどいなかったでしょう。 「あの日の所沢」に行けなかったこと、いまもずっと「トラウマのまま」です。 南海ホークスのファンは、「余命」を知らせてもらえた。 覚悟を決める時間も、与えてもらった。 盛大な「お葬式」も、執り行ってもらえました。 東京在住のブレーブス信者、しかもまだ高校生だった私には、そんな時間も機会もまったく与えてもらえなかった。 「”お別れ”が言えていない」。 2012年5月26日。 24年も、経ってしまったけれど。 「よんじゅっさい」になってしまったけれど。 言いに行きます。 |








