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「実力のパ・人気のセ」。
「あの時代」にもし、交流戦があったなら。
オールド・パリーグファンの方なら、恐らく誰もが一度はそう思ったことがあるはず・・です。
「355度ジャイアンツ・ファン」の後楽園球場で、F-G戦。
「358度タイガース・ファン」の西宮球場で、B-T戦。
ひょっとしたら、「悔しさ、一層極れり」という寂しい結果になっていたのやも、しれません。
いや、でも、しかし。
そんな四面楚歌の状況下、それでも懸命に・必死にプレイする我らがパの選手の勇姿を、一度でいいから観てみたかった。
阪急ブレーブスや南海ホークス、「いつも閑古鳥」だった川崎球場のオリオンズが、「プロフェッショナルの誇り・意地」を披露する機会を、与えてあげてほしかった。
2005年。
多くの「悲しい血」を流し、「犠牲」を伴って、ようやく誕生した「交流戦」。
全国各地に根を張り・腰を据えて。
準備万端、満を持して、圧倒的な「クオリティの差」を見せつけた。
「なんでもっと早く始めてくれなかったか」。
いや、そうじゃない。
これで良かったんですよね。良かったんだ。
ダルビッシュ有・岩隈久志・和田毅。
「さらなる高み」へと、旅立っていきました。
そういえばどこ行った?杉内俊哉に、ホールトン。
田中マー君は故障に苦しみ、涌井秀章は出口の見えないトンネルに迷いこんでしまった。
「大丈夫か?パリーグ」。
ダイジョーブ。
パリーグはいつだって、いつの時代だって、「危機と友だち」だったんだから。
「パセ交流戦」。
カープとベイスターズだけは、「まぁエエよ。オッケー!」だけれど。
セ・「5」球団の健闘も、祈りつつ。
でも心静かに、今年も「頑張れ!パリーグ!」です。
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